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空と線路が鳴いている1『静かな異変』

新エピソードはしなの鉄道北長野駅と長野電鉄信濃吉田駅という直線で300mという実在する駅で…という話。

ただ、事件や周波数はフィクションです。

【プロローグ】

――電波は嘘をつかないが、人は嘘をつく。

そんなことを考えていたのは、今朝のことだった。

16時を少し回ったばかり。

窓の外には、ぶ厚く垂れ込めた雲。

雨が降り出す寸前の、いやに重たい空気が、長野総合通信局の古い庁舎の隅々にまで染み込んでいた。

「……さて、今日は何をツマミにしようかね」

電波監視課の席で、戸隠弘明は引き出しの中から干からびたスルメを取り出しては、渋い顔をした。

「昨日は冷奴とニラのおひたしだったからな。今夜は何か、こう、もうちょっと“濃い”のが食べたいな……」

明日も出勤とはいえ、退庁後のひとときは、彼にとって唯一無二の自由時間。

庭の七輪に炭を起こし、近所のスーパーで仕入れたクサヤをじっくり焼いて、あったか苑の湯の余韻を感じながら、缶ビールを1本だけ開ける。

そんな小さな楽しみを励みに、今日も定時まで、あと一時間。

そのはずだった。

突然、電話が立て続けに鳴り響いた。

「電波監視課、島見です――えっ、しなの鉄道北長野駅で、通信にノイズが……?」


島見杏果の声が急に硬くなり、室内に緊張が走る。


また、同じ時間帯に入った電話を取った松本主任電波監視官は

「こっちは長電ながでん信濃吉田駅付近でノイズだと…さ…。」

溜息混じりに言った。


戸隠は溜息をつきつつ立ち上がった。

「やれやれ……今日はクサヤじゃなくて、ノイズ焼きか」

冗談を呟きながら、ジャケットを羽織ると、彼は一歩、にじむ雨空の下へと歩き出した。

これが、梅雨のある日。

戸隠弘明が再び、“見えない敵”と対峙するきっかけとなった一報だった。


【第1章】静かな異変


「現場はしなの鉄道北しなの線・北長野駅、それと長野電鉄の信濃吉田駅周辺……?」

戸隠弘明は、DEURASの前に立つ名立達彦の肩越しに、信号波形モニターを覗き込んだ。表示されているのは、しなの鉄道と長野電鉄の運行管理無線。それぞれ帯域は全く異なり、一般的には混信など起こりえないはずだった。

「混信じゃねえんだよなあ……ノイズの質が違う。狙ったみてえな周波数なんだが、共通性がない」

「今のところ、DEURASでの方向測定では特定できていません。時間帯もバラバラで、断続的。朝7時前後と夕方4時以降が多いですね」

応じたのは、若き総務事務官・島見杏果。新潟市内の女子高を卒業し、そして国家一般職で通信局に配属された、いわば真面目な“電波官僚の卵”だ。

現場仕事にはまだ不慣れだが、観察力は鋭く、地味な作業にも粘り強く向き合う。

「朝と夕方に集中、ねえ……通勤ラッシュと重なるか」

「ええ。ただ、しなの鉄道側は共用するJR飯山線内の人身事故の影響で運行数は少なめだったはずです。なのに、同じノイズが出たと」

「ノイズの強度は?」

「やや強めです。可聴域に近いザーッという破裂音。運行指令室では音声通信が困難になっています」

データログを指さしながら名立が補足する。通信機器の経年劣化か、はたまた故意の電波妨害か。現場ではまだ判断がついていない。

そもそも、両社の周波数は250MHz以上離れている。仮に干渉源があるとしても、相互に影響するなどという話は、常識的にあり得ない。

「ま、現場を見るしかないか。出るぞ」

戸隠が肩を鳴らして言うと、名立と島見も慌てて立ち上がった。

「えっ、今日は現地確認だけですか?」

「んなわけない。とりあえず目と耳で確かめて、あとはDEURAS-M6に詰め込んで精密測定だ。ノイズの種類を確定しなきゃ始まらん」

「……また、クサヤが遠のきますね」

「お、杏果ちゃん、ようやく現場の空気が読めるようになってきたな」

ニヤリと笑う戸隠を横目に、島見は軽く眉をひそめた。

駐車場に出ると、局用車のハイブリッドワゴンに三人が乗り込む。

車内には、湿った空気と夕立の気配が入り込んできていた。


「で、向こうの担当は誰だ?」

「しなの鉄道は戸倉通信指令室長、長野電鉄は上条無線通信課長です。お二人とも無線のベテランですが、原因に見当がついていないとのことです」

『ふむ…』

長野の町並みが、しっとりと濡れていく――その空の向こうから、何かが近づいてきているような、そんな気がした。


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