電波の影に沈む影8「稲穂の陰」
第八章「稲穂の陰」
「——ごめんください。長野総合通信局です。無線設備に関してお話を伺いたいのですが」
午後一時。農場の東端にある仮設トレーラーのドアが、戸隠のノックでゆっくりと開いた。中から出てきたのは、30代半ばほどの男。タブレットを片手に、白い作業着姿。胸元の名札には「稲穂ソリューションズ テクニカルディレクター 吉田周平」と書かれていた。
「え、電監局の方が……なんですか?」
「昨日の午前、こちらで動かしていた無線設備について、いくつか確認させていただきたいことがあります。関係法令に基づく立ち入りです」
「ええっ、いやちょっと、今は代表がいなくて——」
「そちらが免許を受けている無線設備について、代表の有無は関係ありません。技術責任者であれば構いませんよ」
やんわりと、しかし一歩も引かぬ戸隠の口調に、吉田は観念したようにドアを開けた。中にはラックマウントされた送信機が二基。無線LANルーターに見せかけたデジタル変調装置、さらには衛星通信のバックホールまで設置されていた。だが、それらのうち正式に免許を得た機器は一つもなかった。
「うち、某国の研究所と共同でドローン用の遠隔センシングやってるんです。帯域が必要で……。この出力じゃ日本の制度だと厳しいから、まあ、今だけ仮に——」
「“仮”でも違法です。しかもここは農水省系の実証事業が行われている場所。混信を起こせば、重大な行政障害になりますよ」
「そんなつもりは——」
「では、あなたが“そんなつもりではなかった”その時間帯に、TAD-3000が墜落した事実と、あなた方の設備がピンポイントで方位測定されたことについて、どう説明します?」
戸隠の背後では、名立と飯島が証拠写真を撮り、設備の型式番号を記録していた。押収令状の準備もすでに進められており、あとは法執行手続きの調整だけだった。
そしてその夕方。
戸隠たちは、新津課長に報告を行った際に、この設備の出資元にトリアクトの元社員、黒部慎一の名前があることを知らされる。
「黒部……あの黒部か」
「おそらく間違いありません。彼が創業に関与し、今は表向き役職に就いていませんが、実質的な技術支援を行っているようです。しかも、この設備構成、明らかにTAD-3000の制御プロトコルを熟知している」
「逆恨み、か……」
戸隠は疲れたように天井を見上げた。
だが、その目はすぐに鋭さを取り戻していた。
「よし。あとはこの“証拠”を、しかるべき形で仕上げよう」




