電波の影に沈む影5「風の向こうに」
第五章「風の向こうに」
午前七時半、新潟市北区高森。
陽が昇るとともに、空気は湿り気を帯び、空の青さがすこし霞んで見えた。
周囲に人影はなく、ただ広がる田んぼが静かに風を受けて波打っていた。農業実験法人「トリアクト・アグリテック」の看板が掲げられた敷地の西端に、白いワンボックス車がゆっくりと滑り込んでいく。
DEURAS-M6──不法無線探査のために改装された高性能車両。乗車しているのは、信越総合通信局の戸隠弘明、不法無線係係長。運転席には係員の名立、助手席に飯島が座っていた。
「新潟北・燕三条・長岡、補完の四点リンク完了。方位線出ます」
名立が声を上げる。戸隠は頷き、モニターに目を凝らした。車内の大型ディスプレイに、田園地帯の地図と、各センサーが記録した過去の方位データが重ねられていく。
「墜落の直前五分。……GPSログがぶれてるな。特に高度が下がる直前、方向が90度近く逸れてる。これ、誤補正じゃなくて意図的に誘導されたな」
「ジャミングですか?」
飯島が言う。
「いや、ジャミングじゃない。むしろその逆。信号を“乗っ取る”タイプの妨害だ。RTK補正の偽信号で、ドローンを意図した座標に動かしてる」
「ドローンの補正信号って、L1帯で1Wくらい出すんですよね?」
「そう。で、その信号を模倣して、近距離からもっと強い電波をぶつければ、ドローンは“そっちが正しい”と思い込む。合法局と同じ周波数帯での“電波偽装”。今回はそれをやられてる」
戸隠は手元のキーボードを打ち、3点のセンサーから得た方位データを重ね合わせた。瞬間的に表示された交点は、農場の西側、林沿いの農道付近を指していた。
「ちょうど、風上。稲が倒れるリスクを避けて風下には作業エリアを置いてない。だから、この“操作”は明らかに外部からの意図的行為だ」
名立が苦い顔をした。
「うちのDEURAS、リアルタイム連携はないですけど、スタンドアロンでもここまで分かるんですね……」
「今回は補正信号の強度に波があったからな。移動しながら出してたか、出力を変えてたか。いずれにせよ、素人じゃない」
戸隠は腕時計に目をやった。午前八時五分。
「出よう。交点周辺、歩いてみる。名立、虫よけスプレー持ってこい。農道脇は藪もある」
現場は草の生い茂った未舗装の農道。電柱もなければ、監視カメラもない。ドローンの航跡ログにあった急旋回の直下に、小さく踏みつけられた草の跡が残っていた。
「人が……ここでしばらく動いてたな」
名立が地面を見つめる。そばの空き地には、焦げ跡のような地面の変色がある。
「ポータブルバッテリーか何かを置いて、送信器を稼働させてた形跡だな。セメントブロックで囲って、簡易遮蔽にしてた可能性もある。……手慣れてる」
さらに草むらを分け入った飯島が、小さな黒い破片を拾い上げた。
「……カーボンパネル?」
「ドローン用の筐体だな。……TAD-3000のじゃない。つまり、別のドローンがここで使われていた。電波の発信器を積んでた“犯人側の”機体かもしれない」
戸隠はゆっくりとため息をついた。
「なるほど……。補正信号を模倣してドローンを墜落させ、証拠となる機材はすぐに回収する。でも、すべては隠しきれていない」
風が、稲を揺らした。
戸隠の目に、かすかに笑みが浮かぶ。
「追い風が吹いてきたな」




