電波の影に沈む影4「熱気と静寂」
第四章「熱気と静寂」
チェックインを終えたのは、21時を少し回った頃だった。
新潟駅南口からほど近い、いかにもビジネスホテルという外観の建物。宿泊客は一泊につき一回、併設の岩盤浴施設を無料で利用できるのが売りだ。松本主任の助言でそこを選んだのは、長期戦になりかねない調査に備えて、少しでも“静かな分析環境”を確保するためだった。
「ホントに仕事で来てるんですよね……俺たち」
係員の飯島がぼやいた。
「“業務に資する休養とリフレッシュ”ってやつだ。公務員も健全じゃなきゃ正義を守れん」
とぼけたように言う戸隠に、もう一人の係員・名立が乾いた笑いを漏らした。
岩盤浴室に入ると、空気の温度はすぐに肌にまとわりついた。だが、サウナほど息苦しくはない。低めの照明と静かな環境音、そして汗ばむ身体。宿泊客特典ということもあってか、客の姿はまばらで、数人が静かに横たわっているだけだった。
戸隠は奥の一角に腰を下ろし、タブレットをタオルの上に置いた。画面には高森実験農場で取得したスペクトラム解析ログが映し出されている。
「こいつは……やっぱり、ただのノイズじゃないな」
画面上、微弱な山形のピークが周期的に現れていた。ドローン墜落時刻の直前から、その“ノイズ”は現れ、数秒間にわたって一定のパターンで周波数帯を横切っていた。
「GPSのL1帯近辺……おまけに搬送波を重ねて干渉させてる。しかも、強引に」
唸るように言葉を漏らしながら、汗をぬぐう。
「こいつ、まるで補正局の電波を“演じてる”みたいだな」
「……違う、これは“偽装”**だ」
そのとき、彼の脳裏に十数年前の記憶がよぎった。長岡市での演習中、陸自が使っていた模擬搬送波。そのパターンと酷似している。
「もしこれが人為的な信号で、TAD-3000の自動航行系に干渉してるとしたら……“墜落”じゃなく、“ハイジャック”だ」
意図的に、誰かが墜落させた。
分析を終えた戸隠は、冷水機の前で一息ついた。タオルで汗を拭いながら、リクライニングルームのテレビから漏れ聞こえてくる音声に耳を傾ける。
『来週、農林水産省の稲森大臣は、スマート農業支援の一環として——』
ニュース映像には、にこやかに笑う稲森草太と、横に並ぶ新潟市長・上原九一の姿。そして、キャプションには「トリアクト社による農業用ドローン公開実験へ」の文字。
「その“お披露目”の前に、潰したい連中がいるってことか……」
何のために、誰の手で。
ぼんやりと天井を見上げながら、戸隠は静かに目を閉じた。
「この電波の“癖”をたどれば、犯人はきっと、隠れきれない」
そう確信しながら、彼はふたたびタブレットに指を走らせ、DEURASセンサからのログ収集準備に取り掛かった。




