電波の影に沈む影3「湿原に潜むノイズ」
第三章「湿原に潜むノイズ」
高速道路を東へ。五月末の夕暮れ、日本海に沈む太陽が米山を紅く染める。
車両は総務省仕様のDEURAS-M6。外見こそ大型の白いハイエースだが、内部には各種測定機器と、折りたたみ式のモニタラックが組み込まれており、移動型の電波監視ステーションと言って差し支えない。
運転席には係員・名立達彦、助手席には飯島晴臣。そして後部座席、端末と地図を交互に見ながら静かに座るのが、我らが電波監視官、戸隠弘明である。
「……戸隠さん、ちょっと確認いいですか」
名立がバックミラー越しに声をかける。
「どうぞ」
「今回、ドローン側が受けてた補正信号って、MSS信号ですか? GNSSじゃなく」
「MSSっぽいな。ただ、TAD-3000が独自仕様で暗号化された補正信号を受信してるっていう話だから、トリアクト社の実験用基地局からの送信かもしれん。GPSだけじゃ制度が足りないって言ってたから、RTKか、あるいはDGPS」
飯島がつぶやいた。
「そうなると、攻撃側はその補正信号の周波数とフォーマットを把握していたってことになりますよね」
「そうなる。もしくは、単に近い周波数で強電界をぶつけたか。今回はドローンが墜落してるから、受信系が完全に麻痺したか、誤った信号に乗っ取られたかのどちらかだ」
戸隠は、地図に赤ペンで丸をつける。
「このあたりが、高森プロジェクトの実験農場。センサ設置地点は……ここだな、新潟北と新発田。秋葉と燕三条のセンサも一応エリアには入るか」
「スタンドアロンで動かします?」
「いや、まずは現地でトリアクトの澤井社長と話をする。どういう電波を使って、どのくらいの強度だったのか。それを把握しないとセンサの設定も無駄になる」
飯島が頷いた。
「了解です」
車内に静寂が戻る。窓の外、田んぼの水面が夕焼けを映して波打っていた。
2時間後、彼らは新潟市北区の高森実験農場へと到着した。
農場の周囲には、低い防風林と砂利道。あたりは既に暗くなりかけていたが、トリアクトの作業車と仮設の照明が残っている。
「……お疲れさまです。お待ちしてました」
出迎えたのは、トリアクトCEOの澤井剛志。TAD-3000の開発責任者でもある。
「早速ですが、当時の無線環境と、ドローンのログデータ、それから墜落現場の記録をお願いします」
澤井は頷くと、準備していたタブレットを差し出した。
「ログは一部破損していますが、補正信号の受信状況や座標の異常が確認できます。あと、周辺で強力なノイズ源が出た形跡もあります。これが……おそらく、原因かと」
戸隠はタブレットを受け取ると、モニタリング用PCに接続し、ログを確認した。
「うーん……やはり急激に位置情報が10メートル以上ずれ込んでる。そして、その直後にロール・ピッチが暴走。緊急着陸制御が入るが、応答が取れていない」
名立と飯島が機材を降ろし、DEURAS補完センサを立てはじめる。
「三日あれば足りる。あとは、この農場に紛れ込んでる“意図的な電波”が何か、それを見つければいい」
夜の田んぼは、カエルの声が不気味だった。だが、その中に紛れる何かがある——その確信だけが、彼の背中を僅かに震わせた。