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それからさらに半日ほど、馬車に揺られている。
はじめは閉じ切っていた荷台の窓を少し開けてもらって、隙間から外の景色を眺めていた。
住んでいた町の景色とはまるで異なる、一面緑の草原を突っ切るのは爽快だ。
思ったよりも馬車の駆けるスピードが速く、目めぐるしく景色の移り変わる様は見ていて気持ちがいい。
…
道中、何度か狩りをした。
小さな野兎から、とんでもなく大きな体に角まで生えた猪まで、さまざまな動物がいた。
特に印象的だったのは、森の中を進んでいる途中のこと。
段々、流れていく木々に目が追いついてきたかと思ったら、ついに馬車は停止してしまった。
「ちょっとでけえのがいるな…。迂回するか?」
「倒せなさそう?」
「時間はかかるが…。…待てよネコちゃん、それは、俺に対する挑戦か?」
「やっちゃいなよ」
「よっしゃあ、やってやるよ!」
荷台から降りて進行方向の方を見てみると、少し開けたところに鎮座する、熊の魔獣が視界に入る。
一見するとただの熊だが、縄張りを主張するかのように周囲の木々にはこの場にそぐわず霜が降りており、その中心に居座る"奴"の仕業であることは一目瞭然。
「魔法の痕跡……。あの熊、魔獣ですね。私もお手伝いしましょうか?」
「いいや嬢ちゃん、そこで見てな。」
狼さんはそう言ってにやけて見せ、軽く関節の準備運動をしたかと思うと、疾風の如く駆けていった。
熊の魔獣も、灰色の毛を靡かせながら接近してくる存在に気づき、威嚇の体制を取って咆哮する。
狼さんは怯むことなく、熊の喉笛めがけて飛び掛かり、一直線に短剣を閃かせる。
だが、魔獣もそう簡単にはやられない。氷の魔法を使って、首全体を防御して見せる。
氷に阻まれ、一瞬動きを止めた狼さんに凍てついた鋭い爪が襲い掛かるが……。それを紙一重で回避する。
…いや、もしかしたら余裕を持った回避だったのかもしれない。魔法を用いて、文字通り風を纏った狼さんの戦闘のスピードは速すぎて、目が追いつかない。
そんな思いを裏付けるかのように、彼は笑っているようにも見える。
熊の巨体から繰り出される、鈍重ながらも素早い攻撃を躱しながら、防御の薄い手首や足首などの間接に着実にダメージを蓄積させていく。
そして、攻防の末ついに、唸り声と共に熊の魔獣は膝を屈し……
「とどめだ!」
狼さんが、熊の首元の動脈を掻っ切る。
「どうよ!」
猫さんは、少々黙祷したのち、仰々しく拍手して狼さんの帰りを歓迎する。
「うむ、よくやった」
毛皮などの素材も、ちゃっかり回収していった。
…
野兎や猪など、狩った草食獣の肉を使い、料理もした。
家でも料理を手伝っていたが、捌くところからするのは初めてのことだった。
グロテスクで、はじめはかなり抵抗があったが、二人の手伝いをしながら段々と慣れていった。
そこで、小さなナイフ一本で肉を捌いているうち、ふと思いついて、魔法で氷の包丁を作ってみる。
すると、私の魔法の精度とアイデアに感心して、二人が褒めてくれた。
「いつも使っているやつより、きれい」
今まではただ教養としてだけ学んできた魔法が役に立つのを実感して、それが認めてもらえるというのは、たまらなく嬉しかった。
…
夜には、野宿もした。
洞窟の中やテントの中で、風の音を聞きながら一夜を明かすのは、自然に触れる素晴らしい経験だった。
野生の緊張感のある中だったが、殊の外、寝心地は良かった。
…
そんな旅路は、まさに本で読んだ冒険そのもの…。
二人からしてみれば、これが日常なのかもしれない。
だが、生まれた国のことしか知らなかった私からしてみれば、この日々は冒険に他ならなかった。