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第1話 モンテス家の出涸らし

 


「見て、モンテス家の出涸らしよ」


 精霊魔法学校の廊下を歩いていると、女性達の嘲笑の声が耳に入った。

 モンテス家の出涸らし、それはミランダ・モンテスのこと。


 つまり、私のことだ。


「ずっと下級クラスにいるのよ」

「一回も中級クラスに上がってないんでしょ? 信じられないわ」

「どうやったらそんなに弱いままなのかしらね」


 クスクスという笑い声が私のもとまで聞こえてくるが、聞こえてない振りをしながら歩く。


 このくらいの嘲笑は、もう慣れたものだ。

 むしろ学校に通って三年間、ずっと嘲笑し続けてくる人達に感心するわ。


 この精霊魔法学校は三つのクラスに分かれている。

 下から下級クラス、中級クラス、上級クラスとなっていて、実力によって分かれている。


 あの女性達が言っていた通り、私は下級クラスに三年間いる。


 そもそも、精霊魔法は練習などで実力が大きく上がるものではない。

 契約する精霊の位階によって、使用できる魔法の威力や効果が大きく変わる。


 学校のクラス分けは、主に精霊の位階で分かれている感じだ。


 稀に下級精霊と契約していても、中級精霊の威力や効果を発揮できることもあるけど。


 私はもちろん、その稀には含まれていない。


「あっ、オレリアさんよ!」


 私のことを遠巻きに嘲笑していた子達が、遠くにいる女性を見てその名を口にした。


 光り輝くような金色の髪を靡かせ、いろんな男性や女性に囲まれながら楽しそうに話して歩いている様子。


 顔立ちも綺麗で目尻が下がっていて可愛らしくもあり、美しい雰囲気もある。


 私は彼女よりも逆に目尻が上がっていて、双子にしてはあまり似ていないと言われることが多い。

 そう、オレリア・モルテスは私の妹だ。


「オレリアさんは三年間、ずっと上級クラスでその中でもトップの成績なんでしょ?」

「本当にすごいわよね」

「容姿もとても綺麗で美しいですし。特にあの金色の髪……ふふっ、どこかの出涸らしさんは美しさも薄くなってしまったのかしらね」


 私が出涸らしと呼ばれている理由は、オレリアが優秀で美しい容姿だからだ。

 上級精霊よりも位が上の最上位精霊と契約し、精霊魔法学校でもトップの成績を修め続けている。


 容姿は男女ともに惹かれるようで、彼女の周りにはずっと人が集まっている。

 その点、私は顔立ちは似ているかもしれないが、髪色はくすんだような茶色に近いオレンジ色。


 オレリアの髪色を薄めたような色、と言われている。


 容姿や才能が薄まっているという意味で、私はモンテス家の出涸らしと呼ばれていた。


 まあ、もう慣れたものだ。

 十二歳の頃から言われ続けているし。


「オレリアさんの隣を歩いているのは、婚約者のクラウス様だわ」

「お二人ともずっと精霊魔法学校でトップの成績ですごいわよね。とてもお似合いだわ」


 オレリアの隣にいるのは、クラウス・カポネ。

 彼女の婚約者で、カポネ伯爵家の次期当主だ。


 金色の髪は耳にかかるくらいまで伸ばしていて、前髪を軽く分けている。


 顔立ちは整っていて、雰囲気もあって優しいイケメンという感じだ。


 伯爵家の次期当主ということもあって、学校では人気者らしい。


 オレリアとクラウス様が並んで歩いているけど、絵になるわね。


「確か、クラウス様は最初は姉のミランダさんと婚約しようとしていたんでしょ?」

「本当に代えてよかったわよね。危うく外れを引くところだったんだから」


 クスクスと笑っている女生徒がそんなことを最後に言ってから、私の視界から消えた。


 今の情報は少し間違えている。

 婚約しようとしていた、ではなく、一度は婚約したのだ。


 十二歳の頃、モンテス男爵家とカポネ伯爵家で婚約話が出た。

 爵位が結構違うが、何かの拍子でモンテス男爵がカポネ伯爵を助けたらしい。


 それでそのお礼で、婚約話が出たのだ。


 そしてその婚約は、最初は私が長女だから婚約したのだ。

 でも数カ月後、オレリアが最上級精霊と契約して、私は契約できなかった。


 だから私とは婚約破棄をして、オレリアと婚約をし直したのだ。


『君のような落ちこぼれと婚約していたなんて、周りにバラさないでくれよ。僕の価値が落ちるだろう?』


 確か、クラウス様にそんなことを言われたのを覚えている。


 子供の頃の話だから、別に全く気にしていないけど。

 そんなことを考えていると、前からオレリアとクラウス様がやってきた。


 オレリアと目が合う。

 瞬間、彼女は目を細めて口角を上げる。


 何も言わずともわかっている、あれは嘲笑の眼差しだ。


 双子でずっと比較され続けてきて、両親も私のことは「失敗作だ」と言い続けている。


 オレリアの性格が歪むのも無理はない。


「あら、お姉様。こんなところで何を?」


 オレリアは私の前で立ち止まって、人当たりの良さそうな笑みで問いかける。

 他の人が見たら普通の笑顔なんだけど、私の目からは歪んだ笑みに見えるわね。


「別に、ただ会堂へと移動していただけよ」

「そうなのね。私達と同じ場所に行くのだから、一緒に行かない?」

「遠慮しておくわ。あなたと一緒だと息が詰まりそうだから」


 オレリアと一緒にいたら、絶対に悪目立ちをしてしまう。

 私は注目を浴びたくないのだ。


 ただでさえ秘密事を抱えているというのに。


「ミランダ、君はオレリアの好意を断るのか?」


 オレリアの隣にいるクラウス様が、私のことを睨みながらそんなことを言ってくる。


 今の誘いは好意なの? むしろ私を悪目立ちさせたいという悪意じゃない?


 この二人は私を見下しているから、こうして学校で私の平穏な生活を邪魔してくる。


「クラウス様、やめてください」

「オレリア、だけど……」

「私が無理を言っただけですから。お姉様は悪くありませんよ」

「……君がそう言うなら」


 うわぁ、クラウス様にめちゃくちゃ睨まれている。

 どれだけオレリアのことを慕っているのか。もはや洗脳でもされているのかしら。


「ではお姉様、ごきげんよう」


 そう言ってオレリアとクラウス様は私の前から去っていった。

 オレリアは私が断るのを悟っていながら誘ったのだろう。


 私に注目を集め、周りから「妹の好意を無下にした最低な人間」という評価をさせたいのだろう。


 別にそれくらいは前から言われているし、もうそんなことをしなくてもいいと思うけど。


 でもオレリアのあの顔、愉悦に浸っているような意地悪い顔。


 これからも自分が気持ちよくなるためだけにやるでしょうね。

 はぁ、面倒だわ。



 その後、私は会堂に移動した。

 ここは精霊魔法学校の校舎の中で一番広い場所で、全校生徒が用意された椅子に座れるくらいの広さだ。


 こんなに広い空間だが、あまり利用されることはない。

 今日はとても特別で、ある人が来て生徒全員の前でありがたい話をしてくれるということだ。


 そのある人というのが、精霊魔法学校に通っている生徒なら全員が憧れていて、国中の人々からも尊敬されているという人物だ。


「帰って眠りたい……」


 大人しく椅子に座りつつも、思わず独り言を呟いてしまった。

 私は精霊魔法学校に通っているけど、両親に強制されているから通っているだけだ。


 卒業したら絶対に一人暮らしを始めて、自由気ままに生活すると決めている。


『ミランダ、そういうこと言わないの。誰かに聞かれたらどうするのよ』

(……はーい、ごめんなさい)


 頭の中で響いた声に私は答えると、会堂で座っている生徒達が騒めき始める。


 壇上を見ると、校長ともう一人、男性が袖から出てきた。

 水に濡れたような艶やかさを持った漆黒の髪。

 スタイルも良く、校長も男性の中では平均身長のはずだが、頭一個分は大きい。


 それなのに校長よりも顔が小さいから、校長は引き立て役になっている。校長は泣いてもいい。


 顔立ちは中性的で目が大きく、絶世の美男という噂も納得できる。

 笑みを浮かべればどんな令嬢も落とせるのだろうが、彼の笑顔を見たことがある人などいないと言われている。


 表情筋が死んでいるのではないかと思うほどの無表情。

 笑みを見せないのもミステリアスでいい、と言われているようだけど。


 ルビーをはめ込んだかのような赤い瞳が会堂に待つ生徒達の方を向くと、女生徒からの黄色い歓声が上がる。


「ルカンディ様ぁ!」

「お美しいですわ!」


 ルカンディ・マクシミリオン。


 この国で唯一の、四大精霊王との契約者だ。


 精霊は下級から最上級までの四段階で分かれているが、その枠外に四大精霊王がいる。

 いわば、精霊王級というべきか。


 四大というから四体の精霊王がいるんだけど、精霊王が人間と契約することはまずない。

 国中を探しても、今はルカンディ様一人だけだ。


 ……公式では。


「ルカンディ・マクシミリオンだ」


 ルカンディ様が壇上で話し始めると、歓声が一瞬で止んで生徒達が傾聴し始める。


 すごい、本当にみんなルカンディ様のことが好きなのね。

 まあ顔はとてもいいと思う。


 綺麗なものは好きだから、ルカンディ様の顔はずっと見ていても飽きないだろう。


「――この精霊魔法学校で勉強し、精霊の守り人になりたいという者達はどれくらいいるのかわからないが。いつか一緒に仕事ができたら、嬉しく思う」


 精霊の守り人、いわゆる国の騎士団みたいなものだ。

 騎士団と違うのは精霊魔法を操るので、街や村などで出る悪霊退治が主な仕事内容となること。


 悪霊は精霊魔法でしか退治できないというのが常識だ。

 精霊の守り人はこの学校を卒業する生徒が全員目指すような憧れの職業だ。


 ルカンディ様は精霊の守り人で、しかも王都を担当する精霊の守り人の総指令だ。


 ここにいる全員が、彼と一緒に働きたいと思っているだろう。


 ……私は思っていないけど。


 ルカンディ様が話を終えると、会場中から拍手が鳴り響いた。

 私も欠伸をかみ殺しながら適当に拍手をする。


 すると、ルカンディ様とバッチリ目が合った……気がした。

 あっ、やばい。欠伸をしている時に見られてしまった。


 あなたの話はつまらなくて眠かった、と受け取られてしまったかも。


 いや、違うのよ。


 確かにつまらなかったけど、眠いのは話が始まる前からで。

 別につまらない話が原因じゃないから。


 そう思ってもルカンディ様にはもちろん伝わらず、彼は無表情のまま袖に去っていった。


 彼が去って行った後、周りの女生徒達がまた話し始める。


「はぁ、本当にルカンディ様は素敵だわ」

「まだ結婚していないんでしょ? 私にもチャンスがあればなぁ」

「あの噂って本当なのかしら? それならもしかして、オレリアさんなら結婚できるかも」

「でもオレリアさんはクラウス様がいるからね」


 オレリアだったら、ルカンディ様と結婚できる?

 この人達は何を言っているんだろう?


 噂っていうのもよくわからないし。


 まあ、私には関係ないからいいか。


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