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 第1章 第9節:「執着」

今朝、あれほどたかぶって走った林道を、私は今朝とは裏腹に慎重に走っていた。

あの時の向こう見ずな気持ちは、もう私の中から完全に消え失せていたのだ。


ヘッドライトの灯りに、今にも崩れ落ちそうな断崖ぎりぎりの道が浮かび上がる度に、私の喉はカラカラに渇き、手には汗が滲んでいた。


この時、今までの死への願望が、いつの間にか生への執着に変わっていることに私は気づいたのだった。


どうにか谷沿いの林道を抜けたが、当分は未舗装であり舗装された国道までは、まだかなりの距離があった。


林道を抜けてしばらく行くと、鄙びた湯治場へと差しかかった。

ここは、一軒宿の秘湯として、それなりに名が通っていたが人里から離れていて未舗装であることが幸いして、まだ、俗化を免れていたのだった。


数百年近い歴史のある湯治場らしく、どうにか車がすれ違えるぐらいの幅で砂利道が造られており、道路際には未だに木の電柱が建てられていた。


すると、前方の電柱の灯りに、河原の露天風呂帰りと思われる浴衣姿の湯治客が浮かびあがった。


それを見てから、女は今までの静寂を破り急に私に話かけてきた。

「これからも相談に乗っていただけませんか」


「ほかの人を見て人間不信がよみがえり、やり直す自信がなくなってしまったのですか」

女の見せた初めての弱さに、私は思わず揶揄やゆを込めて答えた。


「そうかも知れません。でも、あなたがいれば、やり直せそうな気がするのです。同じ匂いのする人なんて、もうどこにもいない気がして、そちらの方が怖いのです」


今しがた形づくられた生への執着は、この女のためだったのだと、私はこの時はっきり確信したのだった。


そして、死への願望を抱いていた二人が出会い、逆に二人を死から救ったことに、私はただならぬ因縁を感じていた。

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