第4章 第15節:「決意」
それから、環はほとんど喋らなかった。
私は、昨夜のことを後悔をしているのではないかと心配をしたが、環は何かの達成感を漂わせ、含羞みながら微笑んでいるだけだった。
帰りの車の中でも、私のシフトレバーを掴んだ左腕を抱え、私の肩に頭を乗せ安心しきって眠っていた。
私はその安らかな寝顔に時々横目で見ながら、これからやらなければならない事に思い巡らしていた。
環自身が未婚の母から生まれたからか、何も気にかけてもいないようだったが、環には未婚の母になって欲しくなかったのだ。
今でこそ、シングルマザーはそんなに珍しいことではなくなったが、まだ、婚外子を育てることを礼賛するような世間ではないからだ。
私は、環との愛が真実の愛であることに微塵の疑いも持っていなかったし、この愛が色褪せたとしても、真実の愛には変わりはないのだ。
登った山は降りなければならない。
それは、愛が無くなったことではなく、安定したということなのだと私は思った。
環がどんなに拒もうとも、今の生活を清算して環と一緒に暮らすことを決意していたのだ。
環のアパートに着くなり、意思を伝えようと環に向き直ると、私の顔色で何を言おうとしているのか察知したのだろう。
「キャンプ、本当にありがとうございました。オムレツは本当に美味しかったです。昨夜は緊張しどおしで、心身とも疲れ切っています。ですから、今日はゆっくり休ませてください。私は、いつまでもあなたの妻なのですから、心配しなくて大丈夫です」
とやんわりと拒絶してきた。
環は本当に疲れているようだったし、私も昨夜は環のことばかりが気掛かりで、まんじりともしていなかった。
私は、疲れきった状態で話し合うことをやめ、環の言葉に素直に従うことにした。