第4章 第9節:「サングリア」
シューシューと容赦ないランタンの音が、「自然を拒絶しないで」と言った環の心を踏みにじっているようで、私はいつまでも落ち着かなかった。
その上、さらに騒々しいストーブを点けることには躊躇いがあったが、温かい食事のためには是非もなかった。
コッヘルの大鍋に、ほとんど融けかかっている冷凍シチューを入れた時には、すっかり闇に覆われて、ランタンの灯りが、ここだけを際立たせていた。
「環さんのザックの中に、洗った生野菜がビニール袋に入っています。それと、紙袋にバゲットが入っているので出しておいてください」
そう言いながら、私のザックの中から、丸めた毛布の中に使い捨てカイロとともにくるんでおいた「サングリア」を取り出した。
「シチューができるまで、温まりませんか?」と緑の細長い壜を見せると、
「すごい!ワインまであるの!」と、環が大喜びしてくれた。
「じゃあ、寒いからテントに入りましょうか。中は電池のランタンを点けます。火を使って酸欠にでもなったら、それこそ心中になってしまいますからね」
こう言って、私はLEDの小さなランタンを天井から吊るした。
淡い青みがかった光が、二人の間の闇を円く切り取った。
「中はけっこう暖かですね」
環は、こう言って、シュラフの上に座った。
「風を防げば、体温が奪われないんです」
そう言いながら、環の差し出すカップに温かいサングリアを注いだ。
待ちかねたように環は受け取ると、おいしそうに甘口のホットワインを一口飲んだ。
「おいしい!温かくて本当に生き返ったみたい!でも、ここで生き返るのはこれで二度目だわ!」
環は屈託なく、ここで死のうとしたことを笑いながら言った。