第4章 第5節:「はっとう」
「そういえばもうお昼ですね。少し早いけど食べますか?」と、訊くと、環は「日の暮れるのが早いので、食べちゃいましょう」と即答した。
環も朝食が早かったらしく、もうお腹がすいているようだ。
ちょうど食べ終えた客がいたので、待たずに車を停めることが出来た。
中に入るとやはり満席に近かったが、さっきの客がいた席をちょうど片付け終えたようで、『こちらにどうぞ』とすぐに案内してくれた。
環は、しばらく品書きを見ていたが、注文を取りに来ると「はっとうをお願いします」と注文をした。
品書きの説明によると、「はっとう」とは、この地域の名物で、蕎麦粉と米粉を混ぜて茹でたものらしい。
米の取れないこの地域では、米を使うのは「お祝い」の時だけであり、それ以外に米を食べるのは「ご法度」だったので、「はっとう」と言うとのことだった。
環は、この説明書きをずっと読んでいたのだ。
読んでいて、どんなものなのか食べたくなったらしい。
「私は、盛り二枚お願いします」と私は、いつもどおりの注文をした。
蕎麦粉だけの繋ぎ無しでは硬いのではないかと心配したが、思ったほどではなく、蕎麦の香りが一段と高く、蕎麦好きには堪らないものだった。
はっとうは、蕎麦粉で作った菱餅のようなもので、何か胡麻だれのようなものが掛かっていた。
聞くと胡麻ではなく荏胡麻であり、この辺では食べると十年長生きできるからジュウネンと言うらしい。
「はっとうは初めてですけど、香りが良くてすごくおいしい!」
環は、ほんのり甘い「はっとう」を、殊の外気に入ったようだった。
「この辺は、温泉で有名でしょ。今夜は、お風呂に入れないから、どこかで入って行きましょう」
最後のはっとうを食べ終えて、環が提案してきた。
「途中に日帰り温泉があるみたいですが、そこでもいいですか」
「他の人と混浴でなければ、どこでもいいです」と、環は言った。
私たちは蕎麦を食べ終えると、日の暮れないうちにとすぐに日帰り温泉に向かった。