第4章 第2節:「追試験」
「この前言っていた“世間が煩悩に満ちている”って、どういうことなんですか?」
車に乗り込むと、挨拶もそこそこに環は質問してきた。
「最近は“できることは当然の権利だ”という風潮があります。例えば“代理出産”や“遺伝子操作”がいい例です。
自然界ではあり得ないことが“科学の成果”として堂々と罷り通っているのです。
ですが、“できること”は必ずしも“していいこと”なのではないのです。
人を殺したくても殺してはいけません。
このように“できること”を“してはいけない”と決めるのが倫理なのです。
倫理が働かなければ、この世は欲望剥き出しの無法地帯と化してしまうのです」
「医学の進歩は善ではないのですか?」
答えを知っていながら環は訊いてきた。
まるで、追試験の試験官ようだ。
「知識を追求することはいいことだと思います。
しかし、その成果を実行の移すには倫理が必要となるのです。原爆の原理を知ることはいいでしょうが、実行に移すことは避けなければならないことなのです。
もし、できることが全て権利なのであれば、どの国の核兵器開発をも止めることはできません。
医学も同様に、人間の欲望の赴くままに生命を操作すれば、自然界が崩壊し生態系そのものが壊滅してしまうのです。
本来ならば“危険なこと”と世間が抑制するはずなのに、物質文明のこの世の中では、望むべくもないことなのです。
煩悩に満ちたこの世は、制御装置を失った車のようなものです。暴走の果てに自爆するしかないのです」
環は、満足気に頷いた。