第4章「蜉蝣」 第1節:「睡魔」
それから、私は全てに上の空だった。
私は、キャンプをどうすればいいのか、そのことばかり考えていた。
それ以前に、キャンプに行くこと自体をも迷っていたのだ。
時折話しかける環にも、私は生返事を繰り返すだけだった。
そのうち、環は何も言わなくなり、怪訝そうに私を見つめていた。
新蕎麦の季節の今は、もう充分過ぎるほど山は冷え込んでいる。
そのことも気掛かりだったが、信頼し切っている環を裏切ってしまうかも知れないことの方が、私には何よりも恐ろしかったのだ。
心の奥底で沸っている環との同化願望が、私にはどうしても押し殺すことができなかった。
悶々としたまま、ただ時間だけが過ぎていった。
断わる機会を逸したまま、金曜の夜を迎え、取り敢えず、私はビーフシチューを作り、そして、シチューをフリージングパックに小分けして冷凍した。
夜の十時には、全ての準備を終え床についたが、明日の様々なシーンが次々と頭に浮かび、まんじりともせずに朝を迎えてしまったのだった。
シャワーを浴びて朝食を取ったが、まだ、私は迷っていた。
優柔不断の謗りを受けても、電話一つで断ることはできる。
だが、その踏ん切りがつかないまま、準備だけは着実に進んで行った。
私は、クーラーバッグの保冷剤として冷凍したシチューを入れ、その中に生クリームとバターを入れた。
あとは新鮮な玉子をどこかで手に入れれば、キャンプの目的となった「オムレツ」は作ることができる。
昂ぶっているためなのか、私は全く眠気を感じていなかった。
その時、この分なら耐え切れない睡魔が今夜襲ってくることに、私は気づいたのだ。
『睡眠不足で間違いなく環を裏切らないで済む』
この二日分の睡魔が、環への同化願望を粉々に砕いてくれると確信し、やっと迷いが消えた。
今までの胸のつかえが取れ、ようやく明るい気分で車を走らせることができるようになったのだった。