第3章 第17節:「青い空」
「どうして、分裂症になったのでしょう。そのきっかけは、最愛の父の死や生家の破産なのでしょうか。それとも、小さい頃から病気がちだったため、気持ちが滅入っていたからなのでしょうか」
環は車に乗ってすぐに私に意見を求めてきた。
「智恵子が病弱だったこともあり、家族が最後の心の拠り所だったのではないでしょうか。それは、羊水に護られた胎児に戻ることができる時間であり、何ものにも代え難い絶対の安らぎなのです。
病弱で感受性の強かった智恵子は、その最後の拠り所を失った時、心が粉々に砕け散ってしまったのではないしょうか。
“山麓の二人”は、時折、正気に戻った時の智恵子の様子が描かれています。
私もあなたと出会う前は、心の底では死を望み、地獄に引き込まれそうになっていたので、智恵子の気持ちがわかるのです」
環は小さく頷き、「それにしても綺麗な紙絵でしたよ」と、抜けるような青い空を見ながら独り言のように呟いた。
智恵子からの余韻のためか、それからは二人とも言葉少なだった。
何か言おうとしても、智恵子の生き様に圧倒されて、とても言葉にはならなかったのだ。
二人ともまっすぐに帰ら気にはどうしてもなれず、一般道を当て処なく戻ることにした。