52/81
第3章 第13節:「岩屋」
「思っていたより狭い岩屋ですね。やはり、鬼婆伝説は、戒めとしての宗教上の創作なのでしょうか」
言い伝えと違っていたことがうれしかったのか、今まで黙りこくっていた環が、岩屋の前でやっと口を開いてくれた。
確かに、岩屋は雨宿りがせいぜいな広さだった。
「多分、そうだと思います。でも、どちらにしても、山賊の類がこの辺りにいたことは間違いないみたいですね」
環は、あちこち見回っていたが、満足したのか、時計を見ながら「そろそろ、智恵子の生家に行って見ませんか」と言って私を促がした。
「あの鬼婆の名前、知っていますか」
駐車場に戻りながら、幟に描いてあるコミカルな鬼婆のキャラクターを指して環が言った。
「お寺の由来では“岩手”という名前でしたよね」
「“バッピー"って言うんですって。さっき、すれ違った親子が話していました。
この辺ではお婆さんを“ばっぱ"と言うようですから、多分、それを捩ったものなのでしょう。
鬼婆も、人々から愛されるようになってうれしいでしょうね」
環の微笑みに鬼婆への思いやりを感じ、私をほのぼのとさせてくれた。