第3章 第8節:「自己愛」
私はしばらく躊躇していたが、思い切って自分の考えを環に告げた。
「愛はいろんな形があるように見えますが、切り口が違うだけで、突き詰めれば全て自己愛に行き着くのではないでしょうか」
「結局は、全てが自分のためって言うんですか!?」
環は、明らかに不満そうだった。
「うまく言えませんが、私があなたと結婚したいって困らせたことがありましたよね。
あの時、私は“安らぎが欲しい"と言いましたが、それは、あなたの安らぎではなく、私の安らぎだったのです。このように目的は常に“私の幸せ”なのです。
こんな言い方は、好きではないのですが、自己保存の本能がそうさせているのではないでしょうか」
「“自分を犠牲にしてでも、あなたを幸せにします"という愛は、存在しないのでしょうか?」
環は、納得できない様子で言い返して来た。
「もし、本当に自分を犠牲にできるのであれば、結婚などという条件を付けないのではないでしょうか。無償の愛として、じっと見守っていさえすればいいのですから。私も“全てを捨る"と言いましたが、自分のためには、どんな犠牲も厭わないということであり、本当に自分を捨てる訳ではないのです。
三大欲のうち“食欲"と“睡眠欲"は生きている自分のため、“性欲"は死後の自分のためなのですから、愛の根底にも自己保存の本能があるのだと思います」
環は口を開きかけ、何か言おうとしたが、結局、何も言わずに、うつむいて考え込んでしまった。