第3章 第7節:「安達ヶ原」
私は、蕎麦が美味しかったので、黙々と食べてしまい、大盛りにも拘わらず先に食べ終えてしまった。
蕎麦湯を飲んでいると、箸を置きながら環が口を開いた。
「もし、これからの予定が決まっていなければ安達ヶ原まで行きませんか。私、鬼婆のことをもっとよく知りたいのです。そして、智恵子の生家が近くにあるので、そこにも行きたいのです。私は、智恵子が大好きですし、そこには、別の形の愛があると思うのです」
「私も、智恵子の生家には一度行ってみたいと思っていたのでちょうどいい機会です。ぜひ両方とも行きましょう」
私は二つ返事で店を後にして、一路、安達が原を目指した。
「どうして、そんなに鬼婆のことを知りたいのですか」
「小さい時、母から鬼婆の話を聞かされました。でも、幼心にはただの恐ろしい話としか思えませんでした。
後になって、偶然、図書館の能の書架で“安達原”を見つけ、その詳しい内容を知ったです。
それが、先ほど話した安達ヶ原の鬼婆の伝説だったのです。
でも、その時、愛とは一体何なのかわからなくなってしまいました。
なぜ、人は愛に溺れてしまうと我を忘れてしまうのか、そして、愛の本来の姿とは何なのかをどうしても知りたくなったのです」
「智恵子の生家に行くのも、そのためなのですか」
「そうです、強さと同時に弱さが垣間見える愛を、智恵子に感じたからです。そこには愛の多面性があるように思えるのです」
思いつめた顔で、環は言った。
環の若さから来る純粋さなのか、環は愛に過大な期待を抱いているように私には思えたのだった。