第3章 第4節:「鬼婆」
環は手を重ねたまま話しかけてきた。
「人間の生への執着は、とどまるところを知りません。その昔、“病弱な姫を助けるには、胎児の生き肝を与えよ”との宣託を受けた乳母が、胎児の生き胆を捜し求めて安達ヶ原まで来たのです。そして、母である自分を捜し歩いている身重の我が娘とは気づかず腹を割き、胎児の生き肝を取ってしまいました。殺した女の持っていた見覚えのある御守りで、乳母は自分の娘だったことに気づき、悲しみの余り気が狂って鬼婆になってしまったのです」
しばらくの静寂の後に再び環が口を開いた。
「現在では、医学が進歩し臓器移植で人を生かし続ける技術を誇っています。でも、貧しい人から臓器を買って移植することは、この鬼婆の行為とどれほど違うというのでしょう」
環の眼は悲しみにあふれていた。
「私も、そう思います。全ての生命が自然死を受け入れてこその生態系なのです。何故人間だけが自然死を拒否しようとするのか私には理解できません。
もし“不老不死”が実現したら、その時が人類滅亡の時なのです。誰も死ななければ、誰も生まれてくることはできません。死があるからこそ世代交代し、種属としての若さを永遠に保つことができるです。死ななければ、その種属は年老いたまま、じっと天罰で滅亡するのを待つだけなのです」
未来を喰い尽してまで生に執着する人類に、私は辟易していたのだ。
「また、雑草や害虫といった区別は、人間が勝手に押し付けた価値基準に過ぎません。白蟻がいなければ、倒木は土に還ることができません。白蟻は、ただ倒木と家の柱の区別がつかないだけなのです。ですから、雑草や害虫と言われる生き物も、地球の生態系に不可欠なものであることに何ら変わりはないのです」
環はこの言葉を聴いて何かを確信したのか、重ねた手に力を込めてきた。