第3章 第2節:「餓鬼道」
「世の中に認められるには、明確に比較できる肩書きや財産が必要なのです。
でも、それはさらなる欲望を生むのです。肩書きはさらなる権力を欲し、財産はさらなる利益を求めて止みません」
環の口調は、もう言い聞かせるような言い方ではなかった。
私は、環に同意し、さらに付け加えた。
「世間は、金や地位といった物質的なものだけしか評価し得ないのです。心の優しさや誠実さと言った精神的ものは、積み重ねる時間が必要なために、世の中の評価基準になり得ないのです。そのために、勝ち組になりたい人たちは際限のない物欲に囚われた餓鬼道に陥いってしまうです」
私の話に、環は大きく頷いたが、語りかけてくることはなかった。
「そればかりか、その餓鬼道から救うはずの宗教までも、自らの欲望を満たす手段になっているのです。真の宗教は、欲望を抑制することによる安らぎを説いています。
それが、欲に溺れ、餓鬼道に陥ることから救うことのできる唯一の方法だからです。
しかし邪教は、『貢がなければ地獄に堕ちる』と恫喝し、信者たちを食い物にして、己の飽く無き欲望を満たしているだけなのです」
いつしか、私は語気を強めていた。
「そればかりか、真の宗教なら、自然死を受け入れ、生命を弄ぶことなど厳然と禁じているはずなのです」
こう言う環の顔は、終焉を迎えてオレンジに色づいたカラマツ林を走っているためか、紅潮しているように見えた。