第3章「解脱」 第1節:「常識の檻」
それから私は気持ちが安定し、何事にも煩わされずに平穏に過ごすことができた。
私は、今まで否定したものさえも受け入れられる自分を見い出していたのだ。
もう、迷惑をかけることはないと確信し、休日に環をドライブに誘った。
「今までの私の生き方は、世間を否定しながらも、常に世間の顔色を伺っていたのです。
否定とは、その存在を認めているからこそ起きることに気づきました。
私は生贄にされるのが恐ろしくて、常識という安全な檻の中で吠え立てる飼い犬でしかなかったのです。しかも、卑劣にも、心の底では勝ち組になることさえ望んでいたのです。
しかし、中途半端な良心が禍して思うような結果が出せず、焦燥感だけが私の心を支配していきました。現実から逃避するために、山奥に逃げ場を求めた時にあなたと出会ったのです」
高速道路を走りながら、私は環に懺悔した。
しかし、環は何も答えなかった。
何か言いたそうに唇が微かに動いたが、言葉にはならなかった。
だが、それはどんな言葉よりも環の気持ちを良く表わしていた。
「あなたと出会わなければ、一生過ちに気づくことなく、常識の檻の中で、些細な勝ち負けに拘泥した人生を送っていたでしょう。それは、私の人生ではなく、世間に認められるための人生に過ぎないのです。
私は、自分の中に本当の敵を、やっと見つけ出すことができたのです」