第2章 第20節:「本流」
「私は、世間から離れて生きていけるような強い人間ではありません。
あなたは、私を買い被っています。私は、ただ、世間の流れて行く方向に疑問を持っただけなのです。世間を敵に回して渡り合おうとは思ったことなどありませんし、これからもそんな勇気はありません」
「川は、場所によっては淀んでいたり、逆流しているようにさえ見えます。でも、本流は確実に海に向かって流れているのです。
今の世の中は欲望に塗れてしまい、その本流を見失っているのです。
でも聡さんには、朧げにでも本流が見えているのですから、勇気を出して生まれ変わるのです」
環の言葉には、逆らうことのできない響きがあった。
私は力なく頷き、よろよろと立ち上がった。
「聡さんが、“世間は間違った方向に流れている”と気づいていることだけでも、私はうれしいのです」
ドアを開けて外に出ようとしている私の背中に、環が言った。
「きっと、私は世間を裏切れない忠実な飼い犬なんです」
振り向きもせず、自嘲気味に私は言った。
「その言い方って“無法者の掟”みたいな矛盾がありますね」
と、環が楽しげな口調で切り替えしてきた。
誤った方向に流れている世間に忠実だなんて、確かに矛盾に違いなかった。
自分の愚かしさに思わず声を上げて笑った時、心の中から何かが消えていった。
この時以来、私は大きく変化し始めた。
家族や世間に一切煩わされなくなったばかりか、かえって相手にやさしくなれることが不思議だった。
今の爽快さは、今まで見えなかった敵が認識できた時の戦闘前の束の間の安堵感なのだと、私は思った。
突然、歯車が噛み合い、全てが順調に回り始めたように私は思えた。
私の心の中から、世間への諂いはもう消えていた。