第2章 第3節:「人間不信」
土曜の朝、環はバスケットを一つを持って車に乗り込んできた。
そして、「聡さん、おはようございます」と、当たり前のように名前を呼んでくれた。
そんな些細なことでも、初めて環と出かけようとしている私には、とてつもなく面映いものだった。
「聡さんは、人間をどう思っているのですか」
車が動き出すと、環は唐突に尋ねてきた。
全く不意打ちの質問だったため、私は戸惑い、答えに窮してしまった。
「そんなこと考えたこともありません」
この時、環の今日の目的が、おぼろげに見えた気がした。
本当に私が同じ匂いなのか、確かめようとしているのだろう。
なぜ環が私を買い被っているのか、私には全く判らなかった。
正直、私は環の期待を重荷と感じてその重さに押し潰されそうだったのだ。
実際、私は物事を深く突き詰めて考えたことはなく、まして、人間といった倫理的なことなど、爪の先ほども考えたことはなかった。
ただ、刹那刹那の功利に目が眩み、裏切りに満ちている世の中に嫌気が差しただけだったのだ。
また、その場その場で都合のいい正義を振りかざし、傍若無人に振舞う権力にも少なからぬ反感を抱いていた。
それなのに、世間に抗うことを諦め、餌を貰うために尻尾を振っている姑息な自分が嫌になっていた。
『狼として戦って死ぬか、飼い犬として尻尾を振って生きるのか』
世間に迎合し切れない中途半端な己を、このように責め苛む時があった。
それが環と出会う前に、嬉々として自殺行為を繰り返していた理由だったのだ。




