第1章 第13節:「遺書」
「わかりました、実を言うと心身ともクタクタなので、ほんの少しだけ休ませてください」
女の縋るような眼差しに耐え切れず、私は泥だらけの服を気にしながら女の後から部屋に入った。
部屋に入っても、私にはまだ後ろめたさが残っていて、決して落ち着くことなどできなかった。
「本当にいいのですか、世間から変な目で見られませんか。ご迷惑なら帰ります」
「いいのです。私が必要としているのは世間ではなく、あなたなのですから」
こう言いながら、女はガスレンジに薬缶を乗せ火を点けた。
そして、女は、汚れた服を着替えるので、そこに座って待っているように私に言って、部屋から出て行った。
しばらくして隣の部屋から衣擦れが微かに聞こえてきた。
私は、悪戯をした子供のように視線が定まらず、来るべきでなかったと後悔したが、いまさらどうすることもできなかった。
空ろにさまよっていた視線が、偶然、テーブルの上に小さな封筒があるのを捉えた。
何もないテーブルの上にこれ見よがしに置かれている封筒、これはきっと「遺書」なのだろう。
今さらながら、女の決意の固さを感じ、私のような意気地無しには到底できることではないと痛感したのだった。
Tシャツとジーンズに着替えた女が出てくると、私の視線に気づいたのか、「もう要らないので、すぐに処分します」と言いながら封筒を取り上げた。
しかし、すぐにその手を止め、「よかったら読んでくださいませんか」と、突然私に差し出したのだった。