第94話 頂上神ゼウスの倦怠
「女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 誰か女はおらんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頂上神ゼウスの声が、天界の最奥に位置する天霄神殿アストラルにビンビンに響く。
し~ん。
返事なし。
そらそうだ。
ゼウスの女癖の悪さは、もう女神たちの間に知れ渡ってしまっている。
だから、今さら誰もホイホイやって来なんかしやしない。
それと……この冷めた反応に思い当たる理由が、ゼウスにはもうひとつあった。
それは──。
老い。
「ハァ~……」
世界を統べし神の中の神、頂上たる存在のゼウスは自分のたるんだ腹肉を、むにっと掴む。
しょんぼり。
そう、神だって年をとる。
この概念世界に不変なものなど何もない。
どれだけ偉大な力を持っていても、老いからは逃げられない。
「うぅ……」
全能の神ゼウス、天上雲の枕に顔を埋め足をバタバタ。
昔は良かった。
放っといても向こうから女どもが寄ってきた。
マジで◯◯◯が乾く暇がなかったぜ。
でも、今は……。
「ふんっ!」
全身に力を入れてみる。
ガッチムチーン!
「わっはっはっ! どうだ! 見よ! この筋肉美を! 今でもワシは……!」
グキッ……。
「あいたたたた……」
たる~ん。
再びダルダルな肉体に逆戻り。
おまけに腰痛のおまけ付き。
「はぁぁぁぁ……昔はよかったなぁ……」
ああ、そういえば。
ゲーム、やってたんだっけ、今。
ったく……マンネリだな、これも。
たしかに昔は、楽しかったこともあった。
けど、結局「どんだけ先に鑑定士見つけるか」のゲームになってからクソつまらん。
ランダム性がないっつーかさぁ。
各国の職業鑑定を行う冒険者ギルドの『水見の間』に何人監視員を送り込むかってだけのゲームになってんじゃん。
なにがおもしろいの、それ?
しかも……ここ千年、ずっとサタン側に鑑定士を攫われ続けてるし。
ツマンネ。
ツマンネツマンネツマンネ。
こっちはさぁ~、そんなに人員割けないんだよ。
ったく、馬鹿みたいにポンポン魔物産みやがって、あのクソサタンが。
「はぁ……あの子に会いたいなぁ……」
ワシが一番モテモテだった時。
女神だろうが人間だろうが、なかには有機物や無機物さえもワシに抱かれたがっていた、あの輝いてた頃。
唯一、ワシに興味を示さず拒絶した女。
たしか、職業は……。
アイドル。
とかいう超レア職業だったような……。
百年に一度生まれる鑑定士よりもレアな職業。
無限に近い年月を生きてきたワシの、やっと見つけたお姫様。
好き好き大好き、やっぱ好き。
あの時に神を辞めてでも、あの子と一緒に人生歩めばよかったなぁ……。
もう、名前も忘れてしまった。
けど、その姿形だけはハッキリと覚えている。
黒髪ボブで、ふっくらとしたほっぺた。
あぁ……どんな美を司る女神よりも美しかった、あの子。
あの時は思ってたんだよ。
しょせん相手は人間だ。
どうせそのうち、似たようなのが出てくる。
って。
出てこなかったんだよな~~~!
その間にワシは老いてもうヨボヨボ。
もう一度、あの子に会えたら、ワシは全てをなげうってでも……。
…………。
なんだ、うるさいのぅ……。
ああ、【啓示】持ちの神官か。
なになに……?
(お母さん……どうか先立つ不幸を許してください……。故郷のミファニスちゃん、好きだったなぁ……。こんなことになるなら神になんか仕えず、田舎で農夫でもやってれば……)
あぁ?
背信か?
ったく、【啓示】で素直に動くようなのは毎回意志薄弱な神官って決まってるんだが、こうしてたまに、こいつらの心の声までが耳に入ってくるのが鬱陶しい。
……って、あれ?
もしかして、一緒にいるの……鑑定士?
あらら、魔界に連れ去られたから今回のゲーム終わったとばかり思ってた。
諦め半分で、神官に穴でも掘らせて奪い返しに行かせるつもりが、どういうわけか鑑定士を回収してるじゃん。
あ~……えいっ、と。
【天啓】
ドンピカゴロドーン!
『鑑定士アベル一行をもてなし、数日足止めせよ』
はいっ、これでこの神官の役目終わりっと。
後は、この鑑定士をこっちで確保して~……っと。
あら、うふふ……あれ? なんか、もしかしたら。
ちょっと楽しくなってきたかもしれん。
どれだけぶりだ? 鑑定士をこっちで確保できるの。
おぅおぅ……なにやらせる? なにやらせよっかな~。
人間の女でも調達させるか?
まぁ、いい。
とりあえず確保してから考えよう。
いや~、神の側からは魔界の様子とか一切見えないからな~。
運良くこっちに戻ってきてくれて助かった。
さ~て、確保すると言っても、確保するのは体だけでいいんだよな。
精神とか邪魔。
ってことで、鑑定士の精神は、なにか別のものにでも移すとしよ~。
精神は肉体が死なないと消滅しないからな~。
別のものに移してからプツッと肉体ごと潰すのが一番。
ってことで……おっ、あの蜘蛛でいいか。
【勧善懲悪】
はい、あの鑑定士の精神移譲の予約完了。
善は勝つ!
うん、当然の道理ね、これ。
ってことでぇ~!
あの鑑定士は、明日朝起きたら蜘蛛に精神が乗り移ってるはず!
鑑定士がほんとの虫けらになっちゃう!
ぎゃっはははははっ!
あ~……久々に笑った。
うむ、まだまだワシも若いな!
むんっ!
ゴキッ……。
あいててて……。
ったく……衰えたもんだから、人間の精神を移す程度のことすら抵抗力の弱まる深夜にしか行えないとは……。
トホホだよ、トホホ……。
老神ゼウスは横になる。
突然訪れた思いもよらぬ『鑑定士』というプレゼントに胸踊らせながら。
そして、頂上神はまだ知らない。
己が長年恋い焦がれた相手。
黒髪ボブの麗しのアイドルに──。
もうすぐ出会えることを。




