第54話 笑気ガス
【二十五階層】
オレが石化し、封じていた扉を破って突如現れたローパー。
鬱血したかのような青黒い色。パルよりも三回りほど大きい。地中を掘ってきたからか、太い触手は土だらけ。そのローパーがオレを見つけ(ローパーに目はないんだけど、明らかに「見つけた!」って感じだった)、こちらに体を向けた──次の瞬間。
くねくねくねくね。
と全身をくねらせて地面を転げ回り始めた。
「…………は? なに、このユーモラスなローパー……クス」
「え、ローパーさん、パルさんのお知り合いでしょうか? ……クスクス」
「っていうか、外から来たのよね!? ここ通って行けば外に出られるんじゃないの!? ……クスクスクス」
「あらぁ? みんな、なんか様子が……って、キャハハハ!」
「あ……これ、笑気ガス……ケラケラ」
「ああ……っ! このローパーが罠発動させやがった……ふへへへ!」
「ぶるるる……!」
ヤバい、みんなに笑いが伝染していっている。
このまま笑い死ぬなんてことはないだろうけど、いったん避難したほうがよさそうだ。
でも、ここはダンジョン。密室。
避難って、どこへ?
「下だっ! ふへへへへっ!」
ラミアが含み笑い混じりに叫ぶ。
「ああっ! ガスは上に流れるからっ! クスクスクス!」
笑いが止まらない。
腹筋が痛くなってきた。
さっき、笑い死ぬことはないって言ったけど訂正する。
このまま笑い続けたら、息ができなくなって死ぬかも。
「ぎゃははははっ!」
「えへへへ」
「うふふふふ!」
「おーっほっほっほっ!」
「ぶひひ! ぶひひ~ん!」
それぞれ笑い転げてるみんなの背中を押して階段の方へと押しやっていく。
みんなを、どうにかあらかた階下に押しやって、残ったのは最後尾にいたパルと扉から飛び出てきたローパーだけ。
床に転がって触手を光らせながら、もぞもぞと体を左右させているパルに近づく。
「クスクスクス! パル、さぁ、背中を押すから……クス!」
と、体に触れようとした瞬間。
ドバッシャーン!
「うおっ! なに、クスクス!?」
青黒いローパーが急に倒れかかってきた。
激しく身をくねらせる青黒ローパー。
笑気ガスの影響を一番多く受けたから症状が激しいのか?
早くパルを下に連れて行ってから、この人も助けないと。
そう思って再びパルを押そうと思って近づいた瞬間。
ドバッシャーン!
「クスクス! またっ!? ったく、どんだけガスの影響クスクス受けてんだよクスクスクス! ちょっとジッとしといて、クス、くれ、クスクス、よ……っと!」
【怪力】
オルクがサッカーで見せた時のように足にスキルを込めて、青黒ローパを蹴り飛ばす。
ゴッ!
ゴロゴロゴロ……。
無常にも通路の端へと転がっていく青黒ローパー。
(非常時なんだ、すまん! クスクス!)
と、思わず心の中でまで笑いながら、パルのもちもちな感触の背中(? たぶん背中)を押しながら、優しく階下まで転がしていく。
(さぁ、後は、あの青黒ローパーだけだ! クス!)
気力と腹筋を振り絞って床でうねっている青黒ローパーの元へ向かうが、激しく動いていて押せそうにない。
(クスクス! そんなに症状が悪化してるのか……。なら、仕方がない。この触手を出して、クスクス! それで縛っていこう。クス)
【投触手】
パルがいなくなったので薄暗くなった通路の中、出した触手五本を結び合わせて八メートルほどの長さの触手を完成させる。
バタバタバタバタ!
縛り上げるべくオレが触手を持って近づくと、青黒ローパーは一段と激しく暴れだす。
(クスクス、なんだ? もしかしてクス、嫌がってクスる? クスクス? あ、なんかクスクス。心の中までクスクス笑いにクスクスクス侵食されてきたクスクスクスクス!)
これはもう一刻の猶予もないと、青黒ローパーに【邪眼】を食らわせ痺れさせると、【軌道予測】で視た完璧な軌道をトレースし、一瞬で触手を青黒ローパーの体に巻き付けてから【身体強化】を使い、全身を強化した後。
【高速飛行】
ズルズルズルズル、ズガガガガガガガガッ!
青黒ローパーを引きずりながら低空飛行し、どうにか階下へと避難することが出来た。
「ハァハァ……クスクス……これでどうにか全員、無事……? クス」
床に崩れ落ちてゼイゼイと肩を上下してる一同。
「ぶるるる……ぶるるる……」
半馬半魚のケプは、横になってお腹をスーハーさせている。
「ええ……どうにかね……。それにしても思ったよりヤバかったわね、笑気ガス……。ネーミングに難アリよ……うふふ……」
「おほほほほ! 全くですわぁ! 吸ってみたいなんて言ったことを取り消しますわぁ! お~っほっほっ!」
笑気ガスのせいなのかどうかわからないセレアナの笑い声。
いつも声が大きいからなのか、それとも性格のせいなのか。あまりダメージは受けてなさそうだ。
「っていうか、なんだよ、その不健康そうなデカいローパーは。うへへ。そいつのせいで、うへへ、私達は危険を被ったんだぞ」
「ああ、彼……クスクス。彼はパルの知り合い、クスクス、なのかな? クス」
なんとなく男だと思ったので、彼、と呼んだけど……。
なんて思いながら、すぐに別のあることに気がついた。
「あれ? テスいる? クス、テス・メザリア。クスクス、大悪魔」
──ハッ!
とした顔で全員が顔を上げる。
あたりを見回す。
いない。
どこにも。
「フィードさん、うふふ、あそこ!」
ルゥの指さした薄暗い曲がり角。
その隅に、テス・メザリアを縛っていた触手が落ちていた。
「にげ……られた……? クスクス」
あたりの空気がズンッと重くなる。
「ぶひひん…………ぶるる……」
テスを乗せていたケルピーのケプの寂しそうな鳴き声が、あたりに虚しく響く。
「くすくす……」
「うふふ……」
「うへへへへ……」
ヤバい状況に陥った。
そう思いながらも、オレたちは笑気ガスによって込み上げてくる笑いを抑えることが出来ずに「クスクス」「うふふ」と、しばらく笑い続けていた。
【タイムリミット 二日二十二時間二十六分】
【現在の生存人数 五十四人】




