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第39話 目玉と触手と豚と三人

ここから二部「悪魔ダンジョン脱出編」の開始です。

わりと重苦しい感じとか群集劇っぽい感じのシーンが続いたりもしますが、最後はスカッと気持ちよくまとまってます。

結構長尺です。

なので、ちょっときついなと思われても斜め読みとかで目を通していただけると嬉しいです。

それでは二部、よろしくお願いします!

 目を覚ますと、真ん前にルゥの顔があった。


 微かなタレ目。

 柔らかそうなほっぺた。

 ゆるやかに波打った緑色の髪。

 細くなだらかに垂れた眉。

 エメラルドグリーンの瞳。


 どうやら膝枕をされていて、顔を覗き込まれているようだ。


 ぷにっ。


 なんとなく、思わずほっぺたをつまむ。


「ふぁ……? フィードひゃん……?」


 ぷにぷにぷにぷに。


「あ、ごめん、目の前にあったから」


「はひ……そうれふか……」


 ほっぺたを(つま)まれながら、ルゥは、はにかみ顔で、ふにふにと答える。




「フィード! 大丈夫!?」


 リサの声が聞こえる。


「ああ、どうにか大丈夫みた……いっ!?」



 ドサッ!



 飛びついてきたリサの体で視界が覆われる。


「ぶはっ!」


「フィード! フィード! 生きててよかった!」


 ギュッと顔に胸が押し付けられる。


「ちょ……リ、リサ、苦しいから……」


「やだっ! 離さないっ!」


「いや、マジで……本気で死ぬ……」


「ぶぅ~……」


 リサは頬を膨らましながら、ゆっくりとオレから体を離す。

 その顔を眺める。


 金髪灼眼。

 それは人間になっても変わらない。

 変わったことといえば、死体のように冷たかった肌が温かくなったこと。

 それと、柔らかくなったことだ。


 ツンっ。


 と、リサのふくれたほっぺを指で押すと、元のシュッとした輪郭が現れる。

 小ぶりでシャープな鼻筋。

 引き締まった端正(たんせい)なアゴ。

 意志の強そうな眉と目は、ルゥと対象的だ。


「な、なに人の顔ジロジロ見てんのよ……!」


「あ、ごめん、つい見惚(みと)れてた」


 檻の中の頃の習慣で、つい軽口を叩いてしまう。


「み、みとれ……!? ちょっ! あんた、なに言って……! 馬鹿っ! もうっ! 馬鹿ッ!」


 顔を赤くしたリサが、そっぽを向いて離れていく。



(ふぅ……ひとまず、二人が無事でよかった。守ると決めたからな。二人が平穏無事に暮らせるようになるまで、オレは死ぬわけにはいかない。あと……なにか夢を見ていたような……? まぁ、いい。今は夢よりも現状の把握だ)



 体を起こして、周りを見る。


 一面の赤黒い壁。

 天井。

 床。

 そのすべてが、生きているかのように、ドクンドクンと脈打っている。


 手の触れている床は生暖かく、まるでなにかの体内に飲み込まれているかのようだ。


 しかも──壁は、脈打つごとに形を変える。


 悪魔のような邪悪な笑みを浮かべた顔。

 苦悶の表情を浮かべる人間の顔。

 憤怒の表情を見せる鬼の顔。


 脈動に合わせ、そんな模様が壁や床に映し出される。

 はたして……これは、ただの模様なのか。

 それとも……過去に実際に存在した者の顔なのか。


「めちゃくちゃ気持ち悪いな、この壁……」


 あまりの(おぞ)ましさと、不快さ。

 オレは、思わずそう(こぼ)さずには、いられなかった。


 おまけにこの匂い──。


 ああ、そうだ。

 大悪魔が顔を近づけてきた、あの時の匂いだ。


 嫌な情景を思い出して顔をしかめていると、背後から声をかけられた。



「オイ……お前のせいで、こうなってんだからな……」



 豚人間のオーク。

 床に座り込み、片膝を立て、鋭い目つきでこちらを睨んでる。


「お前も無事だったのか、オルク!」


「チッ!」


 学校では、オレに突っかかってきたこともあったオークのオルク。

 だけど、こいつもさっきの投票では「◯」を入れて、オレの命を繋ごうとしてくれたんだよな。 


「悪かった」


 オレは、素直に謝る。


「謝って済むもんじゃねーよ。お前が先生を殺したからこうなったんだ。ちゃんと責任取れよ」


「ああ、そのつもりだ」


 オレにとっての大悪魔は、極悪人だ。

 けど、こいつらにとっては、ただの先生。


 そこの距離感を見誤らないようにしなければ。

 でないと、いつオレが、こいつらからの復讐の対象になるかもわからないのだ。


 投票で「◯」に入れてくれたからといって、別にこいつらは今後もオレの味方ってわけじゃない。

 オレだって、投票が行われるまでこいつらを全員殺そうとしてたんだ。


 人の心は、わからない。

 もちろん、それは魔物も同じだ。



「三人だけか? 他のみんなは……」



 にょろっ。



 ルゥの背中から触手が伸びてくる。


 触手──!


 オレたちをここに引きずり込んできたのも、大悪魔の体の中から発生した触手だったはずだ!


「ルゥ! 離れろっ!」


 オレは飛び退()きながら、魔鋭刀を短剣(ダガー)状に変化させる。



 ふるっ。



 触手は、微妙に可愛らしく揺れると──。



(ん? なんか見覚えあるな、この触手。大悪魔の体から出てきたやつじゃない──?)



 ふるふるふるっ!



 ルゥの背中に隠れていたローパーが、ヒョコッと姿を見せた。



「パル! お前もいたのか!」



 気がつくと、オレはクラスメイトのローパーに抱きついていた。



 ローパーのパル。

 体長一メートル二十センチほどの紫色の塊。

 体は少し粘着性があってモチッとしている。

 意外と無臭。

 以前、初めてトイレに行くことが出来た時、オレの体を一番一生懸命洗ってくれたのもローパーだった。

 もしかすると、実はきれい好きだったりするのかもしれない。

 触手用の穴がいっぱい空いたチアガールの服を着ていて、そこから伸びた金色の触手が、オレの体をさわさわと触っている。

 その手触り──いや、触手触り? が、妙に気持ちいい。


 あ、いや……そういえば女の子なんだよな、この子。

 あんまり性別を感じさせないフォルムなうえに、なんか愛着湧いてきてたから忘れてたけど。


 それに……オークのオルクと、ローパーのパル。

 オレは、すでに二人のスキルを奪ってしまっている。

 恨まれて当然な立場なんだ。


(しかも、今は状況もわかってない。気を引き締めなきゃだな)


 オレがパルから手を離すと、パルの触手が物悲しそうに、ふるふると宙を彷徨(さまよ)った。




「ここにいるのは、私達五人だけみたいね。さっき軽く見て回ったんだけど、私達が落ちてきた穴は、もう塞がれてたわ。これ──」


 と言って、リサは黒のローファーで地面をガンッ! と蹴る。


「常に形を変え続けてるみたい」


「おまけに、殴ってもなんの手応えもありゃしねぇ。っていうか、お前…………オレたちのスキルを奪った……ってのは本当なのか?」


 オルクが、目で威圧しながら尋ねてくる。


「ああ……」


 口で説明するよりも、実際にやってみせるのが早いかな。



 【怪力(ストレングス)



 効果:使用する魔力量に応じて、並みはずれた力を発揮することが出来る。



 オルクから奪ったスキルを発動させると、魔鋭刀をグローブに変化させ、地面を──ぶん殴る。



 ドッグワァァァァァン!



「うわわ、揺れ、揺れる!」


「きゃあ!」


 バランスを崩して倒れそうになったリサとルゥを、サッと抱きかかえる。


(よし、魔力も少しは回復してるようだな……)


 なら、こっちも見せておくか……。



 【投触手(ピッチ・テンタクル)



 効果:体に生えた触手を投げることが出来る。投げた触手は回収することによって、再び体に戻る。



(え? 体に生えた触手?)


 発動させちゃったものは仕方ない。

 疑問に思いながらも、とりあえず投球フォームを取ってみる。


 え~っと……あっ! あの辺でなんか動いた気配がするな……。

 壁が動いただけかもしれないけど、あそこ目掛けて投げてみるか。

 うん……オレ、触手生えてないけど……。



 【軌道予測(プレディクション)



 標的への正確な軌道を予測しながら、なるべくなぞるように腕を振る。

 すると、ななな、なんと。

 オレの手の中に──。


 ちょうど握れるくらいの太さの金色の触手が現れた。


(え、えぇ……?)


 戸惑いながらも軌道に沿って放り投げる。


 しゅるるるる。


 と回転しながら、触手は軌道通りに飛んでいき──。


 しゅたんっ!


 っと、()()を絡め取った。


(あ、やっぱりなんか居たんだ?)


 と思いながら、()()を回収するために歩いていく。

 横目でちらりと見たオルクは、怒りと怯えを同居させたような顔をしている。

 そして、パルは、急に現れた触手に戸惑っているようだった。


 うねうねと唸っている一メートル五十センチほどの長さ、拳くらいの太さの金色の触手に絡め取られている()()をつまみ上げると、オレは二人に向かって言った。



「と、こういうわけだ。お前たちのスキルは、オレが昨日奪った。弁明するつもりもない。これは、オレが生き伸びるために必要だったんだ。ただ──オレが生きられるように『◯』に投票してくれた、そんなお前たちのスキルを奪ってしまったことは……申し訳ないと思う。すまん」



 悔しさと苛立ちを()()ぜにしたような表情でオルクが吐き捨てる。



「ケッ……! オレも魔物の端くれだ。騙される方が悪いってのは魔界じゃ常識だ。弱いものが死ぬ。それが魔界の摂理だ。だからムカつく──ムカつくが、文句は言わねぇ。ヤラれたオレが悪いんだ。ああ、ムカつく! ムカつくがな! あああ~~~、そうだ! ムカつくんだよ、クソ野郎! たかが人間ごときに出し抜かれたのがっ! クソっ! クソっ! ムカつくぅぅぅぅぅぅ! がああああああああ! スキルがなかったら、オレはただのブタ野郎じゃねぇか!」



 叫び散らしながら、ドカバキと壁に当たるオルク。



「ハァハァ……。っつーかよ……さっきのは本当にオレのスキルか? いくらなんでも威力がおかしすぎじゃねーか?」


 ひとしきり暴れて落ち着いた様子のオルクが尋ねる。 


「ああ、今のは、お前の怪力(ストレングス)だ。使用する魔力量に応じて威力が変わるみたいだね。さっきのは、ちょっと多かったかも」


「魔力量に応じて……? そんなの初耳だぞ?」


「ああ、ほら、オレ鑑定士だから。奪ったスキルを一度使うと、その効果がわかるんだよ」


「効果がわかる? マジか? 魔力量に応じた威力だなんて、オレの一族の誰も一度も気づいたことなかったぞ?」


「マジだよ」


「マジかよ……じゃあ、オレ達が今まで魔力をなおざりにして、筋力ばっか鍛えてたのは間違いだったってのか……」


「う~ん、どうだろ? 間違いではないんじゃないかな。魔力の上げ方なんて種族によっても違うだろうし」


「マジか……。でも、それを知ったところで、スキルを奪われた間抜けなオレには、もう関係のない話なんだがな」


 自嘲気味(じちょうぎみ)に呟くオルク。



「関係なくなんかないわよ!」


 凛とした声、リサだ。


「いい? 私とルゥなんか、自分からフィードにスキルを上げたの! しかも人間になったのよ、私達! それと比べたら、あんたなんか、まだ魔物でしょ!? まだ、いくらでもやりようはあるでしょ! すぐ諦めるから、あんたはブタ野郎なのよ! スキルを奪われたから、もう終わりですって!? ハッ! フィードは無力で非力な人間なのに、たった三十日間でワイバーンすら倒すほどに強くなったのよ! あんたも、この学校に通えるくらいなんだから、一族のエリートなんでしょ!? だったら胸を張りなさいよ、胸を!」


 リサが息を荒げる。


 リサ。

 無敵のバンパイアから人間になったってだけでも不安だろうに。

 こんなわけのわからない場所に飲み込まれて、荒くれ者のオルクを相手に、よくぞそこまで──。


 ただ、彼女が平気で(まく)し立ててるわけではないことが、足を見ると伝わってくる。

 微かに震えてるのだ。


「あ、ああ……当たり前だろ! オ、オレ様が、そんなことくらいで(くじ)けてたまるかよっ! すぐにこんなとこ脱出して、前より凄いスキルを身に着けてやるからなっ! えっ……っていうか、お前ら……? え? 人間……って、今……? えぇ!? 人間んんんんん!?」




 かくかくしかじか。




「なるほど……スキルを奪われた魔物は人間になる者もいる……か。にわかには信じがたいが、ゴンゴル……ルゥ、か? を見るに、本当……なんだよな? 目、見てもなんともないんだよな? 髪も蛇じゃなくなってるし、バンパイアのこいつが朝に出歩いてたのも納得できる」


 腰が引けながら怯えた様子でルゥとリサをチラリと見るオルク。

 ゴーゴンとバンパイアという存在に対する恐れは、簡単に拭いきれるものではないのだろう。

 そして、オルクは、こう続けた。



「──ってことは、あれか? 人間にスキルを付けたら、逆に魔物になったりするのか?」



 間。



 ん? その理屈だと、オレは、もう人間じゃなくて魔物ってことになるんだが……?



「い、いや、それは……不可逆性(ふかぎゃくせい)が、どうのこうのじゃないのかな? 卵は目玉焼きになれるけど、目玉焼きは卵に戻れない的な……よくわかんないけど……」



 しどろもどろな回答でお茶を濁そうとするオレ。


 人間、魔物、スキル。

 その三つに、なんらかの相関関係があることはあきらかだ。

 っていうか、スキルの影響で人間になったり魔物になったりするとしたらさ……。

 それって……。

 まるで……。



『人間と魔物って実は大差なくて、スキル自体が本体』



 みたいな感じ……ってこと?

 いやいや、そんな、いくらなんでも飛躍しすぎでしょ、あはは……。


 なんて思ってると、ローパーのパルがスススと近寄ってきて、オレの持っていた触手をにゅるんっと体内に吸収した。


「うおっ!? えっ!? それ吸収できるのっ!?」


 ふるふると、嬉しそうにパルは揺れてる。




「っていうか、フィードさん……」


 ルゥが声をかけてくる。


「さっきから持ってる()()、なんなんですか?」


 オレが手に持っている、さっき捕まえたものを指さして。


「ああ、()()ね。なんなんだろうね?」


 オレが親指と人差指でつまみ上げている、ちっちゃな生き物。

 目玉が一個。それが、ナメクジみたいな体から、にょろんと飛び出している。

 目玉は、ゆっくりと、ゆらりゆらりと、オレの指の間で(うごめ)いている。

 まるで──周りを観察でもしているかのように。


「絶妙にキモいわね。魔物? でも、こんな魔物見たことも聞いたこともないわよ。ねぇ、フィード。これ、あなたのスキルで調べれないの?」


 ああ、そうだ。

 オレは鑑定士。

 こんな未知の生物や物体を調べるために存在してると言っても過言ではない。

 調べてみるか。

 ここから脱出する手がかりになるかもしれないし。



 【鑑定眼(アプレイザル・アイズ)



 オレの右目に、オレにしか見えない赤い炎が宿る。




 名前:テス・メザリア

 種族:大悪魔

 レベル:1

 体力:2

 魔力:8

 スキル:【博識(エルダイト)0.0001%】




 ん?



 んんんんん?



 だだだだ、だいあくま……?



 え……っていうか、なに?

 名前? レベル? 体力……?

 こんなの前は見えてなかったんだが……?

 っていうか、見え方もなんか変わってるし……。 



「フィード? どうしたの?」



「あ~……いや、なんかこれ……大悪魔? っぽい……」




『へぇ~、だいあく……って、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?』




 テス・メザリア──。

 その目玉は、オレたちの声に驚いたのかビクッと震え、怯えたようにギュッと目を(つむ)った。

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