【07】生物兵器たちとの戦闘。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
視界がほとんど効かない霧の森の中、ロバートはいきなり静止した。
手には軍用の大きなナイフが握られている。
足下の落ち葉がかさっと小さな音を立てた。
後方を歩いているシンシアは無言で頷くと銃を身構えた。
『どうしたの?』
『……声が聞こえた気がした』
『声?』
『気のせいかもしれない。
……ま、用心にこしたことはないが』
二人は常人には考えられないくらいの小さな物音で移動した。
特別の訓練を受けた軍人ならではの行動だった。
『ねえ、あれなにかしら?』
『あれか?』
少し先の地面になにかが転がっていた。
毛むくじゃらの固まりに見えた。
ロバートはナイフの先で用心深くそれを裏返す。
『タヌキかアナグマってとこだな』
『まだそれほど古くはないようね?』
シンシアがそれを細かく観察した。
それは見るも無惨な死骸で、内蔵はくりぬかれ辺りにぶちまけられている。
首には太い針でも刺したかのように丸い穴がふたつほど開いていた。
『ビンゴ……、ね』
『おい見ろよ?』
『どう言うこと?
一匹じゃない。たくさんいるってこと?』
『どうやらそうらしい……。話とは違ったな』
茂みの先に毛むくじゃらが更に十体ほど転がっていた。
『いっぺんに襲われたらまずいな……。
単独行動するって話じゃねえのか?』
『繁殖はできる訳ないわね……。
しかも定期的にメンテナンスをしなくちゃならない、ってことは……?』
『ペットたちの飼い主がいるってことだろう?
横流ししたやつは飼育セット一式を手渡したってことだ』
『でも日本でそんな大量のメスカリンを入手できるのかしら?』
『できるんだろう?
この間のニュース。裏はこれだな』
『あーあれね? そうね』
そこでシンシアは急に無言になった。
そのままの姿勢でゆっくりと立ち上がる。
気配と音を最大限に隠した動きであった。
『気づいたか?』
『ええ、木の上に一匹。
まったく気配を感じなかったわ』
『知恵でもついたのか……。それとも新種か?』
『おびき寄せるわ。とどめはよろしくね』
『ああナイフで心臓を一刺しだ』
パス、パス、パス……と、なんの前触れもなくシンシアが梢に向けて拳銃をぶっ放した。
照準をわずかにずらして弾幕を張った射撃だった。
着弾した枝が飛び、葉が舞い上がる。だがそのすべてが命中しなかったのである。
『どこ? くっ! どこに消えたのっ!?』
『いたぞ! あそこだ!』
『どこよ?』
『あっちの木だ! 違う! その向こうだ!』
シンシアは動揺していた。
過去、相手にここまで愚弄されたことなんて一度もなかった。
黒いなにかが木々を自由に飛び回っている。
そしてその速さは圧倒的だ。狙いを定めることがまったくできない。
発射された弾丸はむなしく標的のいない幹に穴を開けるだけである。
『冗談じゃない、俺たちだけじゃ無理だ。
特殊部隊がワンチーム必要だぜ!』
そのときだった。聞き慣れた声が聞こえてきたのだ。
「――シンシア! 待ってそれは敵じゃないのよっ!
……『風の民』なの!」
「沙由理っ……! 沙由理なの?」
「ええ、そうよ。今行くから撃たないでね」
シンシアとロバートは顔を見合わせた。
□ □
ガサガサと派手な音をたてて藪を抜けると、立ちつくして僕たちを見るロバートさんとシンシアさんが見えた。 沙由理さんが僕を見て言う。
「なるほどね……。私が見た天狗って響ちゃんだったんだ」
「天狗の正体って、響みたいな人たちのことかと思いました……」
僕たちが茂みからすっかり姿を現すとシンシアさんが銃を降ろした。
やはりシンシアさんが持っていたのはホンモノの拳銃だったのだ。
「どうして沙由理たちがいるの?
……それにあれは、なに?」
シンシアさんが、空を指で指して尋ねてくる。
もちろんどこかの木の上にいる響のことだろう。
「あれは俺たちの敵だ、と、言ってるわ。
ま、無理もないわね」
沙由理さんがロバートさんの言葉を訳して説明してくれる。
「ひどいわね……。私、生肉なんて食べないわ」
霧の中からボウッと小柄な姿が浮かび上がる。
響だった。
そして地に膝をつけた。
なにをしているのかと僕は思ったが、すぐにわかった。
地面に転がっている毛むくじゃらの塊をかがんで見ていていたのだ。
よく見るとそれはタヌキくらいの大きさの動物の死骸だった。
「この子は? なに? 何者なの?」
シンシアさんが尋ねた。
銃こそ向けてないが明らかに響のことを警戒している。
さっき自分が銃を向けた相手がこの響だとわかったようだ。
「『風の民』です。あなたと同じ『異形たちの森』の仲間です。
だいぶ不思議な力を持ってますが敵ではありません」
僕が言うとシンシアさんはハッとなにかに気がついたようだった。
「そうなの……?
私てっきり『風の民』は男だと思ってた」
「それは僕も同じです。
僕のことはもうわかりますね? 僕だってシンシアは日本人だと思ってました」
「オーケー、オーケー。君はタツノコね。
最初はわからなかったわ」
そう言いながらシンシアさんは、ポケットからなにかを取り出すと銃のグリップに差し込む。
どうやら予備の弾倉に交換しているようだった。
「それにしてもこの死骸たちはなんだい?
まさかこれも天狗の仕業って言うんじゃないだろうな?」
悟郎さんが足下の毛むくじゃらを靴でひっくり返す。
すると強い力で無理矢理こじ開けられたあばら骨と、ぺしゃんこの腹部が見える。
中身がすっかり喰われている。思わず目を背けたくなるような光景だ。
視線を上げるとシンシアさんとロバートさんは互いに小声でなにか話し合っていた。
そしてシンシアさんが命令するような口調でなにかひとことふたこと話すとロバートさんは両手を広げて降参のポーズを取る。
風がわずかに吹いて濃い霧のかたまりが僕たちを包んで通り過ぎた。
「仕方ないから話すわ……。
軍務に関することだから、本当だったらあなたたちを亡き者にしても秘密を守りたいんだけど……。
ま、そのスーパーガールがいるんじゃ逆に私たちが死体になりそうだしね」
「ずいぶん物騒ですね……」
背筋にぞっと悪寒が走る。
僕はごくりとつばを飲んだ。
この二人の軍人たちはたぶん本気だ。
口調こそ軽いが目元には冷静で強い意志が感じられるからだ。
人気の全くない山奥なのだから、僕たちを誰にも見つからないように処分するなんて、きっと簡単なことに違いない。
響がいてホントに助かったと思った。
「話せば長くなるからはしょるわよ。
――私たちは極秘任務で極東に派遣されたの」
「この死骸がなんか関係あるのか?」
悟郎さんが足下の毛むくじゃらを指さして言う。
「大ありよ。
これは私たちが追っている実験体が襲ったの。
私たちは実験体の隠滅……、できれば回収が目的なの」
「その実験体ってなに? 獣のようなもの?」
沙由理さんが話の核心を突いた。
シンシアさんが一瞬なにかを口にして言いよどんだ。
できれば言いたくないのがありありとわかった。
「……チュパカブラ!」
ロバートさんが言った。
覚悟を決めかねているシンシアさんに助け船を出した感じだった。
「……チュパカブラだってっ!?」
……まさか!
僕は思わず叫んでいた。
「しっ、声が大きい。
やつは耳がいいの気をつけて……。タツノコはわかるわね。その意味も?」
シンシアさんが低い声で言う。
僕は頷いた。
ここにいる全員の視線が僕に注がれた。
その無言の圧力は、それを説明しろと言っている。
僕は記憶をたどりながら口を開いた。
「チュパカブラ……。
この信じがたい化け物が登場したのは、……確か、プエルトリコ島が最初です」
「プエルトリコ? カリブ海ね?」
沙由理さんが念を押す。
「ええ、そうです。
――そして今では中米だけでなく南米大陸、そしてアメリカのフロリダまで目撃証言があるんです。
一九九○年代の中頃に現れたそれは惨殺された家畜の死骸の状態からスペイン語で『ヤギの血を吸うもの』と言う意味であるチュパカブラと呼ばれたそうです」
「妙な名前だな」
悟郎さんが僕を見る。
「はい。
チュパカブラがもっとも好んだのがたぶんヤギだからです。
襲われた獲物は首から血液や体液を吸われた跡があるんです。
まるで吸血鬼みたいなんです。
その他にもウサギ、ニワトリ、アヒル、イヌ、ネコと獲物は幅広くて、ときには人をも襲うことがあるといいます」
「人も襲うの?」
沙由理さんが驚いた顔になる。
「ええ。そう言う報告もあったようです。
……そして体長は九○センチから一八○センチくらいと証言はばらばらなんですが、人よりも小さかったとの情報が多いようです。
体型は人間型……。
二足歩行で胴体はイヌで顔は牙をむいたサルみたいだと言われています。
性格は残忍で、恐ろしく動きが早く、力も強いと聞きます。
手がとても長いのも特徴です。もっとも怖いのは牙、そして長い爪です」
「まるで絵に描いたようなモンスターね」
「はい。もちろんまだ捕獲なんかされてません。
目撃談や写真は多いのですが……、ちょっと……」
「ちょっと?」
沙由理さんが尋ねる。
そしてシンシアさんが微笑むのが見えた。
「ええ、ちょっと胡散臭いんです」
「UMAってのは、みんなそうだろ?」
悟郎さんがあきれ顔で言う。
「はい。……それに関しては否定しません。
でも悟郎さんと違ってこの手の話が好きな僕でさえ、首を傾げたくなるような証言ばかりなんです」
「それは興味津々だな。いったいどんな証言なんだ?」
「はい。……そもそも話の発端となった地域が問題なんです。
中南米はご存じの通り決して豊かではありません。だから生きるための方便が強いと言うか、なんと言うか……」
「あ、だんだん見えてきた。
要するに、貧しさから来る取材料目当ての与太話っぽいのも多いってことね?」
沙由理さんが得意顔になる。
「はい。まさにそれなんです。
出現したとき近くでUFOが目撃されたとか、宇宙人といっしょだったとか」
「おいおい、まさか正体が宇宙人なんて言うんじゃないだろな?
ずいぶん頭悪そうな怪物なんだろう?」
「はい。知能は低いと思います。
だから宇宙人のペットって言う説も出てるんです」
「なんだかすごい飛躍した話ね。
ま、確かに宇宙人そのものってのはなさそうだけどUFOとセットなんて胡散臭さ倍増って感じね」
「ええ、中にはUFOに逃げるように飛び込んだと言う証言もあります」
「……おいおい。それじゃまるで三流SF映画だな」
悟郎さんがやれやれと言った表情になる。
「他にもあるんです」
「まだ、あるの?」
「はい。背中にひれみたいなものがあるらしいんですが、それを使って空を飛んだって証言まであります」
「……まるでマンガのレベルだな……」
悟郎さんがため息をついた。
こうして僕は、かいつまんでその特徴の説明を終えた。
みんなはいちおう真剣に聞いていたが、悟郎さんは予想通りにやにや顔である。
ツッコミみたくて仕方がないと言った表情だ。
「おいおい。そんなほら話の主人公が中米から北米、そしてそれが今度は日本に現れたってのか?
どうやって海を越えて来たってんだ? ファーストクラスのフライトを楽しんだのか?
それにここまではどうするんだ? 新幹線の切符はどうやって買ったんだい?」
「確かに胡散臭いと思います。
証言のすべてが嘘とは思いませんが、見間違い、薬物などの幻覚症状、そして売名行為みたいなのも含まれると思います。
それとですが……目撃情報が多数あったのは90年代で二百件以上あったと思うのですが、今世紀に入ってからは減っていて、ここ十年くらいは、まともな報告がないようなのです。
……なんらかの理由で絶滅したのか知れませんし、実はすでにとある組織が秘密裏にすべて捕獲しているのかも知れません。
なので、すべて謎なんです。
でも……、これ、あなたのお国が得意な常套手段じゃないんですか?」
僕はそこで話を止めてシンシアさんを見た。
悟郎さん、沙由理さん、響の視線も集まった。
「あー、そうね。否定はしないわ。続けて」
シンシアさんはにやりと笑った。
「悟郎さん、沙由理さん。
お二人は宇宙人がUFOに乗って地球にやって来てる、って話を信じますか?」
「え、それが関係あるの?」
沙由理さんが、驚き顔で僕を見る。
「はい。あるんです」
「うーん。そうね。私はないと思うわ。信じたい気持ちはあるけど」
「そうですか。悟郎さんはどうです?」
「俺は宇宙人の存在は認める――」
「……意外ね。そう言う話は信じないんじゃない?」
沙由理さんがホントに意外そうな顔で悟郎さんを見た。
「――ああ。宇宙人の存在は信じる。
この宇宙に地球型の星がたったひとつしかないなんて、ありえない。
存在そのものを否定する方が非科学的だ。
だがね、それと宇宙人が地球にUFOに乗ってやって来ると言うのは別だ。
記憶している訳じゃないが、いちばん近い地球型と思われる惑星との距離は十光年以上もあるらしいじゃないか?
とてもじゃないが現実的な距離じゃない。
それにひどいのが体験談だ。
自分や地球の未来を聞いたとか、宇宙人と性行為をしたとか、彼らの星まで案内されて歓待を受けたみたいな話だって聞いた気がする。
……やれやれだ。お前は浦島太郎かと、思わずツッコミたくなるさ。
だから……、俺はそう言う話を素直に信じる気にはならないな」
「そうなんです。
悟郎さんがとてもいい話をしてくれました」
僕がそう言うと悟郎さんは目を丸くした。
「おいおい、どう言うことだい? 俺は否定派なんだぜ?」
「そこなんです。
この手の話は、否定派がいかにも否定しそうな信じがたいエピソードが必ず増えていくんです」
「どう言うこと?」
沙由理さんが僕に尋ねた。
「えーと、例えばUFOが着陸したのを目撃したって言う証言があったとしますよね?
その目撃者が誰もが認める善良な人で、決して嘘つきではなかったとします。
だとしたら信じる人は少なくとも何人かはいますよね?」
「ああ、例えば俺なんかがそうだな。
俺は正直者で通っているから、俺が見たのならみんな信じるだろう」
「嘘ばっかり。
悟郎くんがそんなこといい出したら女の子をくどくためのネタかと思うわよ」
「……二人とも静かにして。
タツノコの質問の真意はまだよ」
響が発言した。
「ああ、すまない」「そうね、ごめんなさい」と、二人は黙った。
「……でもどうでしょう?
その善良な人のUFO話に便乗するように、明らかに作り物だとわかる幼稚なトリック写真とか、その宇宙人を家に招いて徹夜でゲームをプレイしたとかの証言が現れたら、どう思いますか?」
悟郎さん、沙由理さんは考え込んだ。
シンシアさんはにやにや笑い、ロバートさんは黙って目をつむっている。
響は考え顔で僕たちのやり取りを見つめている。
「信じないでしょうね。
すべて作り話だと思ってしまうわ。きっと」
「――そうか! 龍児、お前が言いたいのがわかった。
胡散臭い証言が現れると、いちばん最初の善良な人の目撃証言まで、ほら話と思われてしまう。
そう言いたいんだな?」
「はい。そうなんです。
アメリカでのUFO話には、必ずその手の嘘っぽい話が加わるらしいんです」
「それ、本当なの?」
「わかりません。ただ一部の作家や評論家、研究家の間では結構有名な話です。
僕も本でそれを知りました」
「するとほら話をわざと流す連中がいるってことだな……だとすると、まさか、おい……」
「どうしたの?」
「その話を流して得する連中ってのは……。
つまり……、そう言うことか」
悟郎さんは低い声で唸るように言う。
その様子は、なにかに気がついたようだった。
「はい。その話を否定したがっている連中、つまり政府、もしくは政府の息がかかった機関となるらしいんです」
「どう言うこと?」
「秘密はどうやっても漏れます。
だから漏れてしまった秘密を否定するのではなく、冗談めいた話を混ぜてしまうのです」
「なるほどなあ……、だとするとその話自体を誰もが信じなくなる。ああ、またか……、って感じに……。
つまりはそう言うことか。
……ま、だとしても宇宙人が地球に来ているって話は、俺は信じないが、その仕組みは納得が言った」
「はい。そう言うことなんですよね?
……シンシアさん? あなたは僕に意味がわかる? 、って訊きました?
つまりはそう言う意味なんですよね? このチュパカブラの場合も、そう言う情報のからくりがあったってことですよね?」
シンシアさんは否定とも肯定ともとれる複雑な笑顔を見せた。
「そうね……、だいたいは合ってる。
どこが合ってるのかは、ご想像に任せるわ」
悟郎さんが死骸を改めた。
いっしょに見ていた沙由理さんは、ウッとむせかえる。
「……そんな怪物本当にいるの?
私、今の話を聞いてもまだ半信半疑なんだけど……」
ハンカチで口を押さえながら沙由理さんが言う。
「いるわよ……。わたし見たんだから。
それにこの転がっている喰われた死骸はどう説明するの?」
響が確信を込めて問う。
それだけではない。しとめた、と、言うからには実際に戦ったと言うことなのだろう。
「……まあ確かにこの死骸たちは異常だ。信じるとしよう」
「……そうね。響ちゃんが言うならきっといるんでしょう。
悟郎くんが言った飛行機や新幹線は冗談だとしても、人目を避けて日本に運ぶことは可能だし」
「どうやってだい?」
悟郎さんが沙由理さんを見た。
「学術目的で、書類上はサルとかオオカミとかって名目にしてしまえば、不可能ではないでしょ?
信頼できる政府や機関が後ろ盾ならなおさらだわ……」
そこまで言った沙由理さんがハッとなにかに気がついた。
小声で、……信頼できる政府、信頼できる機関、と自分の言葉を繰り返してる。
「……シンシア。あなたたちねっ!!」
沙由理さんがするどく問いただした。
悟郎さん、響、そして僕の視線がシンシアさんに集まった。
「ええ、そうよ。間違ってはない。
正確には、私たちが属する組織の一部が行った」
――アメリカ軍!!
それなら確かに可能だ。
米軍の輸送機や輸送船から日本国内に運び込まれた荷物の中身が、日本側に正確に報告されているはずなどあり得ない。
中身はすべて軍事機密扱いで極秘事項だろうし、今でも続く敗戦国日本と戦勝国アメリカとの力関係の差から、仮に日本側からの強い要請があっても間違いなく無視に違いない。
だから……、核兵器だって密かに持ち込まれているらしいって話だって聞いたことがある。
あ、そう言えばっ!!
思わず発言した。
「そう言えば僕は、もうひとつチュパカブラにまつわる噂を思い出しました」
「どんな噂なの?」
沙由理さんが僕を見る。
「……チュパカブラにはUFOがらみの話だけじゃなくて米軍が開発した生物兵器だと言う噂もあるんです」
――沈黙が訪れた。
みんなの視線は、最初は僕に集まり、やがてシンシアさんに注がれた。
「仕方ないわ……。もうあなたたちには隠そうにも隠せないしね。
いいわよね、ジョーンズ特務中尉?」
ロバートさんが肩をすくめた。
どうもこれはロバートさんの癖らしい。
「私たちアメリカ軍が本格的に参戦した二度の湾岸戦争。その戦争で学んだことがあるの?」
シンシアさんが両手を広げて話し始めた。
それはまるで演説しているみたいだった。
「超大国がエゴ丸出しで、なりふり構わず暴力を振るうってことかな?
圧倒的な物量に物を言わせて情け容赦なく弱い国を叩く。ったく恥を知れって言いたいね」
悟郎さんがロバートさんに向かって言った。
とたんロバートさんが気色ばむ。
とっさにシンシアさんが割ってその間に入る。
「……お願い、悟郎。今は茶化さないで」
「ああ、悪かった。それは君たちのせいじゃない。続けてくれ」
悟郎さんは意外にも素直に謝った。
「悟郎くん、わざとでしょ?
ロバートが日本語わかるのか試したんでしょ?」
「わかったか?」
沙由理さんが小声で悟郎さんに話す。
すると悟郎さんはいたずら小僧のように舌を出した。
……そうだったんだ。
僕は全然気がつかなかった。
「……で、学んだことはふたつあるの。
それは簡単に言えば、いかに米兵が死なないようにするのかの手段なの。
ま、すでにその前から開発は進んでいたんだけどね。
その回答のひとつがMUTTに代表されるロボット兵。
すでに実戦配備されているのは知ってるでしょう?」
「ああ、歩兵じゃ重くて取り扱えない重機関銃を装備したヤツだな。
ブローニングM2って言う機関銃、……機関砲とも言うんだが、第二次世界大戦ではグラマンとかマスタングなどの戦闘機に装備されていた強力な機関銃だ。
これをキャタピラで動くロボットに取り付けているんだから、ナリは小さいがちょっとした戦車だ。
歩兵の持つ小銃なんかじゃ相手にならない卑怯この上ない代物だ」
悟郎さんが言う。
いちいち皮肉が入るのでロバートさんが睨む。
確かに日本語はわかっているようだ。
「そしてもうひとつの回答が……」
「……チュパカブラですか?」
僕の回答にシンシアさんが静かに深く頷いた。
辺りの霧は濃くて、たった数メートル先の視界さえまったく効かない。
この白い闇の向こうにそんなものがいるとしたら……。
僕はごくりとつばを飲んだ。
「ええ、その通りよ。
背景と言うか、教訓と言うか、その考え自体はずっと昔からあったの。
……古くはあなたたち日本と戦った太平洋戦争の南方戦線、そしてベトナム戦争。
昼なお暗いジャングルで、私たちの先輩たちは恐怖に震えていたわ。
敵はとんでもなく優秀な戦士だった。
音もなく忍びより、ひとり、またひとりと殺されるの……。
この森のように圧倒的な大自然の中では、輸送、補給、整備、通信などが思うように出来ない上に、この狭さなので、大がかりなハイテク兵器なんかなんの役に立たない。
ただのガラクタよ。もちろんMUTTも……。
このような環境では、よりシンプルで、より身軽な力が有利なの。
つまり野生の力ってこと……」
突然、小鳥数羽がするどい囀りを上げて飛び立った。
シンシアさん、ロバートさん、そして響がはっと振り向く。
僕と悟郎さん、沙由理さんは、なにも気づかなかったけれど、軍人二人と響はなにかを感じたのかもしれない。
「……だから。視界が効かない密林にふさわしい兵器がどうしても必要だったの!!
こう言う場所で滅法強い兵器をねっ……!!」
その瞬間だった。
シンシアさんとロバートさんが散開した。
「あなたたちはそのまま動かないで!」
「悟郎! とくにお前だ。絶対に動くなっ! 大きな声も出すなっ!」
ロバートさんが今度は日本語で叫んだ。
やっぱり日本語がわかるらしい。
僕たちは言われるまでもなく身を寄せるようにして固まった。
ザザザ……と、なにかが近づいてくるのがようやく僕にもわかった。
いくつもの足音が近づいて来る。
茂みをかき分けまっすぐにやって来るのだ。
突然だった。
僕の目の前十メートルくらい茂みから、やつが顔を出したのだ。
(ひっ……!!)
僕は声にならない悲鳴をあげた。
――チュパカブラだった。
大きくむき出した牙が見えたのだ。
その身体は野犬のようだが顔の造りはサルに近い。
顔は体毛がなくて皮をざっくりはがしたような感じだ。
肌の色は灰色で、むき出しの筋肉に浮き出た血管が蠢いている。
思わず吐き気をもよおす顔だ。
そいつがこっちを見て笑った……、ような気がした。
来るっ……!!
牙をむき爪を立ててそいつは飛び上がった。
跳躍したチュパカブラの長い爪が僕たちに向けられる。
……やられるっ!!
僕は身動きひとつできないままに覚悟した。
が……、その瞬間そいつは血しぶきを上げて地に落ちた。
ロバートさんがその大きなナイフをそいつの胸元に突き刺したのだ。
僕にはその一瞬がストップモーションのように見えた。
ロバートさんは暴れ回るそいつに何度もナイフをブスブスと突き刺した。
ギャウーン……、とそいつは断末魔の悲鳴をあげて絶命した。
そして同じ茂みからもう一匹が顔を出した。
だがもう一匹は視線を巡らせ僕たちを見た瞬間、死角にいたシンシアさんの連射で顔をぐちゃぐちゃに粉砕された。
僕はなにもできずに、ただそれを見ていた。
……もしシンシアさんたちがいなかったら間違いなく餌食にされていただろう。
そこまで思ったとき僕は最悪の展開に気がついた。
だとしたら、エリーさんたちは……、もう……?
「……どうやら群は去ったようね」
耳をすまして気配を探っていたシンシアさんが呟く。
そしてシンシアさんとロバートさんの二人は警戒態勢を解いて死骸を検分し始めた。
「駄目ね。あなたの獲物もわたしのも破損がひどいわ」
「そうでもないと死なないからな……。
どれくらい刺したと思う? とんでもない生命力だ」
「そうね……。それに群れを作って行動するなんて聞いてないし。
あなたが言う通り新種かも」
日本語で話してくれるのはありがたいのだが僕には逆効果で恐怖がいっそう強くなった。
「もともと恐怖心はないはずだが……。
それにしてもおかしくないか?」
「なにが?」
「相手との間合いを計らないって言うか……、攻撃が無謀すぎる。
まるでバンザイ突撃だ」
「そうね。それはいえるわね」
「薬が強すぎるんじゃないか……?」
「しっ……聞こえる」
……薬?
僕はその言葉が引っかかった。
ロバートさんとシンシアさんの二人が戻ってきた。
「怪我はないか?」
ロバートさんが声をかけてきた。
「ああ、ありがとうって言うんだろうな。この場合」
悟郎さんが苦笑混じりに礼を言う。
「ねえ龍児くん。響ちゃんは?」
「え……?」
沙由理さんにいわれて僕はあわてて辺りを見回した。
さっきまで……、正確には襲われる直前までは僕のそばにいたはずだった。
……まさか? 僕はあり得ない想像をした。
そのときだった。
カサッ……とわずかに足音がした。
シンシアさんとロバートさんが咄嗟に身構える。
「……私よ。撃たないで」
茂みをかき分けて現れたのは響だった。
「よかった無事だったのね……、……、……」
だが、沙由理さんの次の言葉は凍りついて出なかった。
響はまっすぐこちらに歩いて来た……。
小柄な響がずるずると三体のチュパカブラを引きずって来たのだ。
白目をむいたそれらは、そろって長い舌が口からはみ出して揺れていた。
つまり、完全に絶命しているのだ。
僕は声が出なかった。
いや、僕だけじゃない、悟郎さんもシンシアさんもロバートさんも……、ただ黙って見つめていた。
チュパカブラは三体とも体長は、およそ九○センチ程。
イヌの胴体にサルの顔と言った僕の表現はだいたい当たっていた。
ほぼ全身が灰色の毛むくじゃらで背中には突き出した鱗のようなヒレがある。
手は恐ろしく長くて立たせると地面につきそうな程だった。
そして指にはすべてするどくて長い爪が生えている。
「ちょっとそれ、見せてくれないか?」
ロバートさんが響に言った。
響が引きずっていたチュパカブラから白くて薄いなにかを外したときである。
「おどろいたな、ただの紙切れだったのか」
ロバートさんが手に取って言う。
「さっきの監視カメラもこれで壊したの?」
僕が尋ねると響は頷いた。
……信じられなかった。
それは単なる紙切れだった。短冊状に切られた付箋紙程度の大きさだ。
「これは俺を襲ったやつと同じだな」
ロバートさんが自分の腕の傷口に紙を当てた。
確かにぴったり一致した。
「あのときはごめんなさい。
あなたがタツノコの敵だと思ったの」
「いや、あれは俺が悪いんだ。気にしなくていい。
それよりもこのポストイットでどうやってチュパカブラを殺したんだ?」
「私たちはこれをポストイットとは呼んでない。
殺し紙と呼んでいるの」
僕はその『殺し紙』 と言う即物的な名前に、ぞくりとした。
「三匹とも首の血管を切っただけ……。
あなたたちがコレを欲しそうだったから」
ロバートさんもシンシアさんも信じられない、って顔をした。
この二人は訓練を受けた軍人だ。
しかもチュパカブラの回収が目的で任命されたのだから、そうとう腕はいいはずだ。
だからこそ事前に物音に気づき、また襲われても怪我もなく任務を行えるのだ。
それでも一対一でしか戦ってない。
だが響はたった一度の戦闘で三匹もしとめている。
……いったい、響は何者なんだ?
僕は改めてそのことを考えてみた。
『風の民』とか言う一族であると言う響の一言が回答だと思うのだが、やっぱりわからない。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」連載中
「空から来たりて杖を振る」連載中
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
もよろしくお願いいたします。




