【02】風の民の里にて。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
私の別作品「空から来たりて杖を振る」も、どうぞよろしくお願いいたします。
N県M市。
街の中央に城を持つ古い城下町だが駅前はビルが建ち並ぶ典型的な中堅都市だった。
夏の朝、午前九時。
気温がみるみる上がっている。
白い制服姿の女子高生が歩いていた。響だった。
夜逃げ少女さながらに両手ともにぱんぱんにふくらんだボストンバッグを抱えている。
だが響は汗一つかいてない。
アスファルトの照り返しでうだるような暑さの中を涼しい顔で口笛なぞ吹いている。
メインストリートを貫く国道沿い並ぶ高層マンションに到着した響は管理人室の窓を叩く。
「こんにちは、おじさん」
「やあ、誰かと思ったら神通さん家のお嬢さんじゃないか?」
初老の人の良さそうな管理人だった。
すでに顔なじみだ。
「もう夏休みでしょ?」
「そうか、それでお祖父ちゃんの家に泊まりに来たのかい?」
頷いた響は土産を管理人に渡す。
いつもすまないねえ、といいながら管理人は嬉しそうだった。
「お祖父ちゃんたち、いるの?」
「ああ、いるさ。でも……」
「でも?」
「うん、なんだか気が重そうなんだ。
今朝挨拶しても上の空だったから、よっぽどのなにかがあったんじゃないかな?」
響はやがてエレベーターに乗り込んだ。
このマンションは二十階建てなのだがエレベーターは十五階までしか登らない。
ボタン自体はちゃんと二十まである。
だが十五階より上はすべて神通一族の持ち物なので、そう言う設定がされているのだ。
十五階に到着するとドアが開いた。
そこには別世界が広がっていた。
コンクリートの天井が頭上遙か上にある。縦に五階分ある窓から陽光が差し込む。
ここは五階分のスペースがまるまるひとつの空間になっているのだ。
広大な床には土があり、根を下ろした草原が広がり川まで流れている。
そして木々に囲まれた茅葺きの古い家々があちこちに点在している。
ここは再現されたひとつの古い集落だった。
元々はプールもある体育館として設計された場所なので、こう言う風に使用しても強度とかには問題がないらしい。
だが、どう言う訳か辺りに人の姿がなかった。
「……!」
悪い予感がした。響は走った。
百メートルを五秒とかからない俊足だ。
家々を結ぶ土の道を駆け出した響がいちばん奥にある一際大きい屋敷に到着したのはあっと言う間だった。
そこが曾祖父の家だった。
「大祖父様っ、大祖父様っ!」
靴を脱ぎ散らかし長い廊下を響は一息で走破した。
そして奥の間をがらりと開けると思わず立ち止まった。
大勢の視線が一斉に響に向けられたからだ。
広い畳敷きの部屋にこの里の一族がすべて集まっていた。
その数は五十人以上。
そしていちばん奥の上座には響の曾祖父、神通白露の姿があった。
白髪の総髪、和服姿だ。
「響か?」
両手を組み、静かに目を閉じたままの白露の声がする。
姿は三十メートルほど奥にいるままなのだが、直接耳元でささやかれたように聞こえてくる。
距離などおかまいなしに声を飛ばすのは白露の特技。
この一族にはこう言う不思議な力がある。
「……はい」
自分の粗忽さで真っ赤になりながら響は手招く曾祖父の元へと行く。
つまり部屋のいちばん奥だ。
古い伝統が残っているこの里では宗家の威光は絶対だ。
まず家柄そして年齢で席順が決まる。
響は宗家当主である白露の直系の曾孫であることから必然的に上座へと近い席になる。
静かであった。
一族の者は着衣こそ楽な私服だが私語ひとつない沈黙と思い詰めた表情から、この場の雰囲気はまるでお通夜を思わせた。
「今日は朝露さまの命日なんです」
曾祖父の脇の座布団に腰を降ろすと従姉妹に当たる年上の女性が話しかけてきた。
「朝露さま?」
「白露お祖父さまの弟です。昔の戦争で命を落とされました」
部屋には歴代の先祖の遺影が並んでいる。
その数は百を軽く超える。
明治時代以降の物は写真だが、それ以前はもちろん絵の具で描かれた肖像画である。
従姉妹が指さす遺影に響は目を留めた。
昔の陸軍の制服に身を包み胸元には勲章がいくつも飾られていた。
仰々しい髭は時代を感じさせるが、そのまなざしはどこか響に似ていた。
「南方戦線です」
響は頷く。
あまりにも多い先祖たちを響はいちいち記憶はしていないが、このご先祖は第二次世界大戦中、赤道に近い南太平洋の小さな島でアメリカ軍と戦って全滅した部隊の隊長だったはずだ。
「ちょうどよいことに響も帰って来た」
よく通る白露の声が一同を注目させた。
そして咳払いをひとつする。
「実は……、困ったことがひとつ起こった。
霧島が戻らない」
数十人いる一族たちが一斉にざわつく。
だがささやくような声だ。
「霧島叔父さん……」
響は小声で呟く。
霧島は響の叔父にあたり、現在、響はその家で暮らしている。
しかし数日前から行方不明であった。
その霧島は響の父の弟で四十代半ばなのだが未だ独身であった。
小さいときから響はよくかわいがってもらい野遊びだけでなく一族に伝わる力の先生役もしてくれた親しい親類だった。
「うむ……。
ここのところ何事か調べ物をしていたようだが、先日、里に行ってみると言ったきり戻らないのだ」
「里?」
「うむ……。
双主の里だ。霧島の生まれ故郷だ」
響は小さく頷いた。
やはり霧島は双主の里に向かったのだ。
彼らの一族は全国各地に散っている。
遙か昔から人知れない山奥の里にひとりふたりと里人に混じって暮らしてきたのだった。
「深い霧に囲まれた里だからな。落ちて怪我でもしたのかもしれない」
ひとりの長老の老人が呟く。
「あの霧島が? まさか?」
「だが、まさかもあり得る」
一同に深いため息が浸透した。
普通なら警察に通報して捜索してもらうことの提案も出そうなものなのだが、彼らに限ってそれはない。
一族のことは一族で決めるのが昔からの決まりだからだ。
「なにか事件にでも巻き込まれたのかもしれないわ」
響が言う。
「我ら『風の民』が?
誰に後れを取ると言うのだ?」
白露が心外だとばかりに返答した。
「……」
『風の民』、もしくは天狗の民と呼ばれている。
それが彼らの一族だった。
先天的に人並み外れた身体能力を持ち、風の神、山の神と長い間畏怖され続けた伝説の存在であった。
桁外れの視力、聴力、嗅覚……。それらは皆「神通力」と呼ばれている。
だが彼らも見た目も行動も人のそれと同じだ。
その力は極力封印してふだん人目につくのを避けている。
「……助けに行かないの?」
響のそんな当たり前の素朴な疑問が口を出た。
大広間に集った大勢は無言だった。
そしてその顔はみな苦渋に満ちていた。
「忌み日だ……」
白露がやがてぽつりと答えた。
忌み日とは先祖の霊を祭る日。
一族としての行動は差し控えなければならない日だった。
やがて一族は去った。
大広間には響と白露だけが残った。
響は口を真一文字に結び腕組みしている白露をじっと見つめていた。
「……どうしたのだ?」
白露がその視線に気がついた。
「……大祖父様。霧島叔父さんは……」
「霧島のやつ。絶えたな」
曾祖父のその態度を見て、響は突然こみ上げてくる感情があった。
それは悲しみだ。
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝った。
一族の間には自分が死ぬとき親しい者に気配のようななにかを伝える。そ
れは虫の知らせでもあり、テレパシーのような物でもあった。
未熟な響にはまだそれがわからないが目の前の曾祖父にはそれが感じられたのは間違いない。
「大祖父様……」
「……なにが起こったかは私にもわからん。
忌み日が終われば若い者を向かわせよう」
響は曾祖父の胸に飛び込んだ。
白露はそんな曾孫の頭をやさしくなでていた。
□ □
昼下がり。
響は自分用に与えられた個室でPCに向かっていた。
画面に表示されているのはインターネット。
『異形たちの森』である。
エリーやリーフたちが天狗と大亀の伝説を取材にオフ会で双主の里に訪問した。
そしてエリーたちはその途中で連絡を絶った。
その後の報告がまったくアップされていないのだ。
響は書き込みを行った。
『双主の里に行ってみます』
短い一文だった。
だがそれは自分がその地に赴く宣言であり、行方不明のまま命を落とした叔父の捜索への決意でもあった。
双主の里になにかある。
天狗と呼ばれるのは自分たち一族であって、決して撮影された生物が叔父ではないことはわかっていた。
だがそこに正体不明のなにかがいて、叔父の死もそれに関係しているのではないかと確信していたのである。
地図で詳細な位置を確認し、響は荷造りを始めた。
本格的な登山装備など持ち合わせていないが吹雪の冬山でもない限り響の一族にはどんな格好でも関係ない。
持参した衣類の中から動きやすさと夜間や森での目立ちにくさを考慮して暗色系のシャツと黒いジーンズ姿を選択した。
バッグは肩に背負えるタイプを選び靴はスニーカーを履くつもりだった。
「……響、行くのか?」
部屋を出て廊下を歩き曾祖父の部屋の前を通過したときだった。
足音はなく気配も消したつもりだがまだまだ曾祖父を欺くには未熟だと悟った。
「はい」
立ち止まったまま響は答えた。
やがて障子がするりと開いて白い装束の白露が姿を現した。
「……一族の手前、私が表立ってお前を応援することはできない」
そう言った白露は響の手になにかを握らせた。
開いてみるとそれは……、短冊に切った白い紙束だった。
「殺し紙……」
響は小さく呟いた。
「一枚一枚先祖に祈願したものだ。
よく飛び、よく切れる。きっとお前を守ってくれるだろう」
「……大祖父様」
開け放たれた障子の向こうに意外な物が見えた。
ノートPCだ。それも最新機種だった。
「……大祖父様。あれは?」
「うむ……なに、私も最近PCを覚えたのでな。
いろいろと新しい時代に合わせなければならないこともある」
「へえ、ハイテクね。
里もマンションに越したくらいだからね」
白露は頷く。
レジャー施設の建設が進み白露が暮らす里があった村がその売却に応じたことがあった。
その里は過疎化が急速に進んでいたこともあり、白露は里ごと引っ越しすることを決断した。
それが今のこのマンションだった。
部屋に入った響は表示されている画面を見て言葉を失った。
それは『異形たちの森』だった。
「……知ってたのね?」
「うむ」
白露は破顔した。
「勝手に我ら一族の名を名乗ったのはけしからんが、ま、お陰で楽しい思いをさせてもらった」
そして楽しそうに笑う。
響のハンドルネームは『風の民』……。
一族を表す名だった。
「ところでこのタツノコって名前のやつを知ってるか?」
白露が突然質問をする。
不意打ちを喰らった響は一瞬うろたえる。
……もちろんタツノコのことは知っている。先日、高校で実際に会ったばかりである。
だが響は素知らぬ振りを突き通す。
「え? このページの常連の人よ。
会ったことはないけど男の人だと思うわ。
でも……、どうして?」
隠した動揺がひょっとしてばれたかもしれない。
だが響はなにごともなかったかのように平然とした表情を作った。
「お前が書き込んだ後、すぐに返答があった」
響は猛然とマウスを操作した。
スクロールすると確かに『風の民』の後にタツノコの書き込みがある。
「ホントだ……」
そこには『明日、僕たちも取材で訪れます。もしかしたらお会いできるかもしれませんね』と書かれてあった。
「楽しみじゃないのか? 男の子なんだろう?」
「いじわるね」
響は曾祖父をにらむ。
だが響の心は白露が言った通りだった。
エリーたちの失踪、そして叔父の死。
重いテーマが今度の旅の目的であることには違いないのだが、ひとつだけ楽しみが生まれたのを理解した。
タツノコとは以前から掲示板の書き込みだけでなくメールでのやり取りも行ったこともある間柄だった。
響はうつむいた。
もしかしたらほんの少し赤くなっていたかも知れない。
■
「悪いな。だいぶ待ったかい?」
悟郎さんがドアを開けるなり言った。
その背後には女性の姿が見えた。
ここは都内の大きな出版社の中にある『PCライフマガジン』の編集部である。
二十人くらいのスタッフが雑然と仕事をしているオフィスの隅に設けられた小会議室の中で、僕は待たされていた。
「ちょっと悟郎くん、お茶も出さずに待ってもらってたの?」
一度会議室に入りかけた女性がくるりと反転してやがて紙コップを三つ持ってきた。
眼鏡をかけて、長い髪を後ろでまとめた二十代半ばと思えるきれいな女性で、てきぱきと仕事ができそうなタイプだった。
背丈は女性にしては高くて身長一七五センチの僕と同じくらいに思える。
差し出された名刺には『PCライフマガジン編集部 片瀬沙由理』とある。
小会議室は小さな丸テーブルと椅子が三つあり、僕のとなりには悟郎さん、向かいには沙由理さんが座った。
「いちおう紹介しておこう。
沙由理くんは俺の元同僚で今はご覧の通り『PCライフマガジン』で仕事をしている。
先日別件でこのビルに来た俺と廊下でばったり再会して立ち話をしてたんだが、そのときに今から話す企画が持ち上がったんだ」
「悟郎くんとは『月刊ナチュラルインテリア』って雑誌を担当してたときのパートナーなの。
またいっしょに仕事をしたいと思ってたら偶然に再会したので今回の取材をやろうってことになったのよ」
悟郎さんは僕の叔父で佐々木悟郎と言う。
母の末の弟で僕とは十歳も離れてないことから兄貴みたいな存在である。
身長は僕よりもずっと大きくて一八○センチは軽く超えている。
全体的にやせ形だがアウトドア派なので真っ黒に日焼けしている。
悟郎さんは大学を卒業したあとこの会社の編集部に就職して、そのあとはフリーのライター兼カメラマンになったのだが、今でも仕事のメインはこの会社である。
「まずはこのページ見てくれる?」
沙由理さんが慣れた手つきでPCを操作し、あるブログを表示させた。
「これって……『異形たちの森』じゃないですかっ……!!」
僕は驚いて言った。
「知ってるの?」
「はい。知ってるもなにも僕はこのブログの常連です。
昨日も投稿してました……」
僕はそこで慎重に言葉を切った。
実はこのサイトの管理人が僕だと言うことは黙っていようと思ったからだ。
いったいどう言う話が繰り広げられるのかわからないので様子をうかがおうとしたのである。
悟郎さんを見るとその表情はにやにやした笑顔だった。
「だから言っただろう? たぶん龍児は知っているって。
こいつはシーサーペントとかビッグフットとかその手のオカルトに目がないんだ」
「じゃあ最適ね。やっぱりお願いしましょうよ」
「と、言う訳だ。お前はもう夏休みだろう?
どうせ彼女もいないんだ。観念して俺たちにつき合え」
「……ちょ、ちょっと待ってください。意味がわからなんですけど……。
だって『PCライフマガジン』ってPC雑誌じゃないですか?」
悟郎さんからアルバイトを紹介してやるから編集部に来い、って電話があったのが昨夜だった。
高校は夏休み中。
そして僕は附属の大学への進学が内定しているので確かに暇ではあることから断る理由はなかったのだ。
だがPC雑誌と言うのが気にかかっていた。
僕はPCはただ操作できるだけであって、後輩の松田のようにそれほど詳しくはない。
「あ、ごめんなさいね。
悟郎くんの甥っ子って言うから他人のような気がしなくてついつい説明をはしょっちゃったわ」
沙由理さんがマガジンラックから雑誌を一冊取り出した。
今発売中の『PCライフマガジン』だった。
後輩の松田が持ち込むので部室にいつも置いてあるから僕もよく読む一冊だ。
カラーの特集記事が終わり白黒になった後半のページが開かれた。
「この『電脳外通信』ってのが私が担当してるページなの。
PCとは直接関係ない世の中のトレンドとか街の話題とかを載せているの」
「知ってます。僕よく読んでます」
「まあ、ありがと。読者さまなのね」
沙由理さんは冗談めかしてウインクした。
「なら話が早いわ。
このページはご覧の通り息抜きのページなの。
ほら、PC雑誌ってどうしても数値とかが並ぶガチガチの理数系世界じゃない?
だから読者をほっとさせたり、いやしたりする休憩場所みたいな感じで作ってるの」
僕は根っからの文系なので確かに根詰めて読んでると頭が痛くなる。
だから僕は『電脳外通信』はよく読んでいた。
いや……、むしろここばかり読んでいた。
「夏だし……なにか涼しい企画はない、って沙由理くんが訊くからオカルトはどうだ?
って話したんだ」
「タイムリーだったのよね。
ほらウチって出版社でしょ?
社員って根っからのオタクが多くて幽霊とかUFOとかネッシーとか伝説とかそう言うオカルト方面が好きなやつが多いの。
だからそう言う記事を書きたいって雰囲気がいつもあるのよ。
そんなもんだから編集長も部長もすんなりオッケーしてくれたわ」
「PC雑誌なのにですか?」
「だからいいのよ。
年中PCしてるやつって根が暗いって言うかオタクって言うか、オカルト支持層と一致するのよ」
……まさに僕のことをいっている気がした。
「まあ、どうせいっしょに行くなら気心が知れたやつでオカルトに興味があるやつがいいだろうってことで龍児を推薦したんだ」
悟郎さんは僕の肩を手加減なくばんばん叩く。
僕は思わずむせ返る。
「話を戻すけど……」
沙由理さんがスムーズにマウスを操作して画面をスクロールさせる。
そして表示させたのは『双主の里』の記事だった。
「常連だったら当然知ってるわよね?」
「はい。今『異形たちの森』では双主の里の話題がいちばん人気ありますね。
僕もいくつか投稿してます」
「ん? どれが龍児なんだ?」
「えと、このタツノコってのが僕のハンドルネームです」
「どれどれ?」
△ △
件名 Re:天狗の撮影に成功!?
投稿者 タツノコ
投稿日時 20××年7月×日 17:45
エリーさん、リーフさん、ホントに行ったんですね。
大亀池の写真は……よくわかりません。この島がホントに動くんならそれって大発見ですね。
天狗の写真……すごいですね。これ大きさはどれくらいだったんですか? 何人もいたんですか? 言葉は話すんですか? 興味津々です。
『風の民』さんではありませんが続報待ってます!
△ △
悟郎さんが大声を出して読み上げた。
僕はまるで作文を人前で読まれた小学生のように真っ赤になってしまった。
悟郎さんはこう言うところにデリカシーがない人物である。
「龍児だからタツノコか……。芸がないな」
「ほっといてください」
悟郎さんがにやにやするものだからついムキになってしまった。
「いいんじゃないかしら?
わかる人だけにはわかる言葉遊びが入ってて」
沙由理さんがフォローしてくれる。
「話を戻すけど……。
ネタがオリジナルじゃないのが残念だが、まあ時間がないってことでこれを取材しようと思ったんだ」
「調べたらN県でしょ?
取材にもそれほど日数はいらないし手始めはちょうどいいかなって思ったの」
「この取材に僕も行っていいんですか?」
「ええ。なにかあるの?」
「いや……、実はこの記事、気になっていたんです」
「どう言う意味だ?」
「ええ。
このエリーさんとリーフさんてのは一年くらい前からの常連で、オフ会がてら実際に会いましょうって書き込みがあったんです。
それでそれが実現して先日二人で双主の里まで行ったみたいなんですが……、そのあと記事がアップされてないんです」
「どう言うこと?」
沙由理さんが僕を見る。
「この二枚の写真……。
大亀池の写真と天狗らしきものの写真がアップされたあと、続報がないんですよ」
「いい写真が撮れなかったから帰っちゃったんじゃないのか?
だって所詮素人だろう? よくある話じゃないか?」
悟郎さんがやれやれと言った顔になる。
「うーん。
……僕も実際に会ったことがある訳じゃないから絶対じゃないんですけど、この二人はこのブログではそんないい加減な人じゃないんです。
どんなつまらない記事でも必ず返事を書き込みする人たちなんです」
「つまり取材が空振りだったとしても、空振りだったなりの記事はアップするタイプってこと?」
「ええ、そうです。それなのにその後まったく音沙汰なしなんです」
「交通事故にあったとか?」
「二人いっぺんにですか?
僕はなんとなく気になってN県の地方新聞のサイトなんかもチェックしたんですがそう言う記事は見つかりませんでした」
沙由理さんが『異形たちの森』のページをチェックした。
「本当ね。
タツノコくん以外にも何人も書き込みがあるけど、この二人の続報の投稿はないわね……。
タツノコ、シンシア、『風の民』……。
ねえ、この『風の民』って人はなんなの?」
「あー、『風の民』さんですか?
たぶん男の人だと思うんですけど、だいぶ前からの熱心な常連のひとりです。
きまじめで堅い感じの文章を書く人ですけど?」
「その『風の民』がどうしたんだい?」
「たった今、書き込みがあったの。
リロードさせたんだから間違いないわ。
この『風の民』が双主の里に向かうって」
「えッ!?」
僕と悟郎さんは椅子を蹴って画面を見つめた。
画面には先ほど書き込まれた『風の民』からのメッセージがあった。
『双主の里に行ってみます』と言う短い一文だった。
「行こう。それもすぐにだ。明日の朝一に出発しよう」
「どうしたの? 急に?」
「なんかおもしろい記事が書けそうなんだよ。血が騒いできた」
「そうね。なんかおもしろくなってきたわ」
二人は気合いが入ってきたようだった。
僕はそのとき、ふとした好奇心がわいた。
そして管理用のパスワードを入力して管理画面にアクセスする。
「……驚いたわ。こんなことってあるのね。
……もしかして龍児くんはこのサイトの管理人だったの?」
沙由理さんの言葉に僕は頷いた。
「ええ、実はそうなんです。
……っていっても僕個人が運営しているんじゃなくて、高校の部活の裏活動なんですけどね」
「いよいよもって最適じゃないか。
それじゃ龍児にとってもこの取材は悪い条件じゃないってことだ」
悟郎さんが、どうだい? と誇らしげに沙由理さんを見た。
「……あれ? 変だな」
僕はログの解析画面でマウスの手を止めた。
「どうしたの?」
沙由理さんがノートPCの画面をのぞき込んだ。
そのほっそりとした横顔は僕のすぐ真横だった。
ふんわりといい匂いがする。
僕は思わず身を引いた。どきっとするような大人の女性の香りだった。
「……あ、いや、ちょ、ちょっと気になったんです。
『風の民』さんは、以前は東北地方からの書き込みだったんですが、最近は都内なんです。
だからちょっと気になったんで確認してみたんですが、今日はN県でした」
「……じゃあやっぱり明日会えるんじゃないか?」
「かも知れませんね」
僕は頷いた。
『風の民』さんとは超常現象について意見が合うことが多く、個人的もメールをたびたび交換したことがある仲だった。
その言葉の端々からたぶん僕と同世代だと思っている。
……今回の旅、ちょっと期待してもいいかも、と僕は密かにそう感じていた。
「これでよし」
僕は異形の森に明日から取材に行くと書き込んだ。
「あのー。連れて行ってもらえるのは嬉しいんですけど……。
そもそもどうして僕も参加できるんですか?」
僕はこの話が出たときから疑問に思っていることを口にした。
「あー、そのことか。そうか、それがいちばん大事な用件だった」
悟郎さんと沙由理さんがにやりと笑う。
「と、いいますと?」
「私、免許持ってないのよ」
「俺はスピード違反で免停中なんだ」
「……」
四月生まれの僕はこの春にすでに免許は取得している。
つまり……、運転手兼荷物持ちが僕のバイトのようだった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「空から来たりて杖を振る」連載中
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
もよろしくお願いいたします。




