公爵令嬢、犬を拾う。
「なろう」では、はじめまして、です!よろしくお願いします。
咲き乱れる花々、爽やかに茂る緑の木々に、有名な芸術家の手掛けた噴水は水飛沫とともに小さな虹を描き出している。
全てが計算され尽くした、見事な庭園。
ここはこの国で、最も権勢のある、由緒ある公爵家の中庭。
その中に設えられた、豪華なテーブルセットに腰掛ける、美しい一組の男女。
男の方は、すらりとした体躯に整った顔立ち、豪華な礼装を着こなす、この国の王子。
そしてもう一人は、青味がかった艶めく銀髪を滑らかな白い背中に流し、輝く宝石よりも美しいロイヤルブルーの瞳の、ビスクドールの様に整った顔立ちの少女。
俺は従者として、離れた所から二人を見守る。
今日は、二人の婚約を決める、喜ばしい大事な日なのだ。
その優雅な空間に似合わない、冷淡な声が響く。
「気安く私に触らないで下さる?」
バシャーーーーッ。
席に腰掛けたまま、頭から紅茶を浴びせられ、呆然自失としている王子。
紅茶をぶっかけるしぐさまで美しい少女は、この公爵家の一人娘。俺の仕えるお嬢様。唯一無二の絶対的な俺の主。
尊大な態度と高慢な言葉、凍り付くほど冷たい視線。
「婚約なんて願い下げよ。何度来たってお断り。
サヨウナラ、王子サマ。」
彼女はそう言って、踵を返し庭園を立ち去り際、流す眼差しでこちらを見た。
――――――俺を、見た。
視線が合う。
彼女の、薄く形の良い唇が弧を描く。
その唇から、音を出さず口パクで俺へと告げられた言葉。
“ざ”
“ま”
“ぁ”
そして最後に、殊更酷薄な笑みを浮かべて去って行った。
俺はその場に縫い付けられたように動けない。足元から凍りついてしまったかの様だ。
どうして…どうしてこうなった。
「イ、イヤーーーーーーーー、お嬢様が、ご乱心ーーーーーーーー!?」
呆然としていたメイドの一人が、我に返り叫びを上げる。次々に金縛りが解けたように、全員が一斉に動き出す。
「殿下、殿下ぁー、申し訳ありません!お召し物が!お顔が!今、拭くものを…!」
「お嬢様!?何故こんなことを!?どうかお戻りくださいませ!」
「着替えを!誰か殿下の着替えをーーーー!」
後に残ったのは阿鼻叫喚の絵図。
それでも、俺はその場から一歩も動くことが出来ずにいた。
☆☆☆
俺が、お嬢様に拾われたのは、俺が15、彼女がまだ9つの頃だ。
路端に行き倒れていた俺の前に、やたら豪華な馬車が停まった。
馬車の主は、年端も行かない、なのにまるで人形の様に綺麗な顔をした少女だった。
彼女は馬車を降りることもなく、車窓から見下ろしながら傲慢に指示を与えていた。
「ハァ?そんなこと知らないわよ。とにかく、私はコレを拾って帰るって決めたの。
それとも、なに?アンタ達、この私のすることに文句でもあんの?
別に犬猫を拾うのとたいして違いないんだから構わないでしょ。ほら、さっさとしなさい。」
俺は野垂れ死に寸前で、その後そのまま意識を失ったらしい。
気が付いたら、立派な屋敷に連れてこられていて、訳もわからずメシを食わされ風呂に入れられ、新しい服を着せられて、髪を整えられていた。
そして、あの少女のもとに連れて行かれた。
「あら、多少は見られる様になったじゃない。私の見る目に間違いなかったわね。フフン。」
少女は俺の前に仁王立ちになり、変わらず高慢な物言いで、俺を値踏みするように見つめた。
「良い?よく聞きなさい?
ニホン、コンビニ、スマホ、テレビ、ジョシコーセー?」
異国の言葉か、それともなにかの呪文だろうか?
俺にはわからない言葉をアレコレ言い放ち、じっと俺を見つめる。
「あれ?それなら、えーと…
ニーハオ、アニョハセヨ、ハロー、サワディカ?」
またわからない言葉だ。
俺はどう反応して良いかわからず、じっと黙っていた。そのまま沈黙が続く。
「………。」
「………。」
「…ハァーーーー。やっぱ違うか。そりゃそーよね。あーあ、期待して損したぁー。」
それまでの高慢な口調から、突然砕けた口調になった彼女は、そのままドサッとソファに倒れ込んだ。
そばに控えていた執事らしい壮年の男が口を開く。
「お嬢様、この男これから如何様に致しましょう?
いくらお嬢様の気まぐれでも、こんな得体の知れない男、このまま屋敷に置いておくつもりですか?」
「えーー?そうねぇ。うーん、アテがはずれちゃったからなぁ〜どうしよっかしら。
ねぇ、あなた、家族はいるの?」
それまで高慢な貴族然としていた彼女だが、髪を、その細い指にくるくると絡ませ、年相応の子どもの様に足をパタパタさせながら、俺に訪ねる。
「…家族は、居ない。」
「じゃあ、彼女とかは?一緒に住んでる人とか。」
「居ない。」
「仕事は?」
「…冒険者だ。」
「そう。じゃあ、うちに来る?」
「お嬢様!?」
執事が慌てる。
「私の従者にすれば良いじゃん?お父様も、そろそろ誰か選ばなきゃって言ってたもの。」
「それはそうですが、こんなどこの馬の骨ともわからぬ輩…」
「良いじゃない、別に、もう拾っちゃったんだから!拾った動物は死ぬまで面倒みないといけないってゆーじゃない。私、我儘だから、誰も私の従者なんてやりたがらないでしょ?それに冒険者だったんなら、別で護衛を雇わなくても良いし、人件費削減になるわ。
ほら、アンタも。今にも死にそうだったんだから、うちで働いたって別に構わないでしょ?」
「…はい。」
「はーい、決定。
今から私がご主人様。ちゃんと言うこと聞くのよ?」
☆☆☆
それから、俺は本当に由緒ある公爵家の一人娘、エレオノーラ·フリーデベルクお嬢様の従者となった。
「あなた、名前は?」
凛としたお嬢様の声。美しい瞳が俺を映す。ゴミのように捨てられた俺に、この方は新しい世界を与えてくれた。
「名前…。俺は今までの自分は全て捨て去ります。新しく生まれ変わって、身命をとして貴女にお仕え致します。許されるならば、どうか俺に、名を授けて頂けますか?」
「えーー重いわぁー。引くわー。」
「そ、それは…申し訳ありません…。」
「まぁ、良いわ。あんなとこで行き倒れてたんだから、イロイロ事情もあるでしょ。
そうねー、従者から執事を目指すなら、やっぱりセバスチャンかしら?」
「セバスチャン…それが俺の、新しい名前…!」
「ちょまっ!そこはツッコむとこよ?もう、これだからこの世界って!
その顔でセバスチャンは無いわー、無い!」
「ダメですか?」
「えー、名前なんて凄く大事なものだから、簡単には決められないわよ~。」
「お嬢様がつけて下さるなら、どんな名前でも構いません。」
こんな路端の石ころみたいな俺に、そんなに真剣に考えてくれなくても良いのに。
「だから、そういうわけにはいかないでしょ?うーん、うーん…
うぅーーーー、あ~~~…じゃあ…、ハヤト。」
「ハヤト。はい、俺の名前はハヤト。」
お嬢様が考えて下さった名前。
なんだか薄汚れた俺にも、真っ当な生きる意味があるかのようだ。
「ハヤト…ハヤト……」
俺は新しい名前を噛み締める。
「あーもー、ハヤト、今からあなたは私の従者なんだから、誰にも舐められないようになさい。」
☆☆☆
俺はそれから、懸命に学んだ。
お嬢様の従者に相応しくあるよう、マナーや言葉遣い、立ち居振る舞いを必死に身につけた。
お嬢様が、俺が居れば護衛はいらないと仰ったので、腕が鈍らないように鍛錬も欠かさなかった。
「ハヤトはもう、従者として完璧ね。どこに出しても恥ずかしくない、自慢の従者だわ。路端に行き倒れていたのが嘘みたい。
スマートで、強くて、そのうえイケメン。私の従者が完璧過ぎるわ!」
お嬢様がご機嫌で、誇らしげに笑うのは、俺も嬉しいが、内心は微妙な気持ちだ。
イケメンとは、お嬢様独特の言葉で、男前と言う意味だが、そんなことを言うのはお嬢様くらいだ。
実際には、あからさまに異人の血が混ざった俺の風体は、一般的に言えばイケメンには程遠い。それに、華やかな色彩が一切無い、黒髪黒目の地味な顔立ち。全く美しくない。
しかし、
「何言ってるの?こんな完璧な塩顔イケメン、他に居ないわよ!
だいたい、この世界の男ってばなんて言うか…私の好みに合わないのよね。私、洋画とかあんまり見ない派だったし、ガイジン顔ってそんなにときめかないのよ。」
お嬢様はたまに、よくわからないことを言う。
「何故、あの時、俺を拾われたのですか?」
「…別に。ちょっと懐かしくなっちゃっただけよ。」
☆☆☆
お嬢様は確かに我儘だ。
「全っ然、ダメーーー。
こんなんチョコレートじゃないわ。こんなもの食べられない。やり直して!」
お嬢様が市場で見付けてきた、カカオと言う苦い豆を使って、ずっと以前から厨房で何か新しい甘味を作らせているが、お嬢様の納得の行くものは作れず、せっかくシェフが苦労して作った試作品は今日も突き返されていた。
肉類も、貴重な香辛料をふんだんに使って、臭味を完璧に消したものしか召し上がらない。
「桃が食べたいの!林檎じゃなくて、洋梨じゃなくて、桃が食べたいって言ってるのー!」
なかなか手に入らない、高価で珍しい東の国の果実などを、食べたがって聞かないこともあった。
ドレスや靴の好みも、強いこだわりがある。
「ダメ、ダサい。こんなゴテゴテしたドレス着れる訳無い。こんなデザインが流行ってるなんて、センスを疑うわ。
靴も。歩きにくいし、すぐに足が痛くなりそう。もっと肌当たりの柔らかい素材にして。」
これだけ聞くと、本当にただの我儘な貴族の娘だと思われるが…。
お嬢様は、斬新なメニューや、新しい食材を取り入れることが好きで、厨房に自ら赴いて、シェフとアレコレ共同で料理の研究をしたりする。厨房の使用人達とはすっかり顔馴染みで、皆、お嬢様のアイデアを楽しみにしてさえいる。
お嬢様が考案したレシピを使って、公爵家が経営する料亭や洋菓子店は、驚異の売上を記録している。
チョコレートと言う物は未だに完成しないが、その過程で出来たコーヒーと言う飲み物は王都で大流行している。
ドレスだって、デザインにこだわりがあるようで気に入った物しかお召しにならない。
しかし、着ないドレスを無駄に購入したりしないし、お気に入りの服は大切に着ている。
「私は、私が好きなものしか着たくないの!可愛いと思うものしか着たくない!」
お嬢様が考案した、細かなプリーツのシフォンスカートや、前身頃はハイネックでキッチリ隠しているのに大胆に背中が開いたハリウッドセレブ風ドレス(ハリウッドセレブとは何のことなのかはわからない。)は、社交界で大人気になり、公爵家が経営する洋品店は3年先まで予約でいっぱいだ。
もちろん、ハリウッドセレブ風ドレスは、お嬢様にはお早いと禁じられて、ご自身がお召しになったことはない。
お嬢様は山程の我儘を言うけれど、それ以上に公爵家を潤している。
また厨房の使用人達も、衣服を管理するメイド達も、そんなお嬢様のことを嫌っていない。
それは、お嬢様が誰にでも普通に話しかけるからだ。
たいていの貴族は、平民だから庶民だから、と無意識に蔑む感情が透けて見えるものだ。お嬢様も当然の様に上から目線で、我らを顎で使うが、それは自分が貴族だからとか、相手が平民だからと言うものでなく、自分達の間には雇用関係があるからこそ、上下関係が成立すると考えているのだ。
そんな彼女を、使用人一同はどうにも嫌いになれないのだ。
「恐れながら、お嬢様。もう少し柔らかい口調をお使いになれば、世間から我儘令嬢などと呼ばれることもなくなりますのに。」
「えー、オジョウサマコトバで話そうとすると、つい高飛車な感じになっちゃうのよねー。オホホホーごめん遊ばせ?
それに私が我儘なのは、まぎれもない事実じゃない?
まぁ、ちゃんと他所では上手くやるわよ。」
お嬢様は悪びれない笑顔で答える。
☆☆☆
お嬢様は天才だ。
6つの頃には既に因数分解も理解したと言う。
「そんなの、こちとらジョシコーセーだったんだから、そのくらい出来ないと逆にヤバいって言うか…。
それよりハヤト、魔法のこともっと教えて!」
それどころか、貴族には必要無い魔法学までも意欲的に学ぼうとする。
俺は前職で、風の魔法を得意として使っていた。お嬢様は水の魔法に適性がある。系統が違うので、教えられないこともあるが、基本だけなら教えることが出来る。
それに簡単な護身術も教えてほしいと言われ、少しだけご指導させて頂いている。
こんな俺でも、お嬢様にお教えできることがあるという事実が、この上なく幸せだ。
☆☆☆
「ハヤト、秘密ね?
私、この世界とは違う世界で生きていた記憶があるの。」
俺が朝の身仕度の時間に、お嬢様の美しい髪を結う間だけ、時折り彼女が話してくれる、御伽話のような取り留めのない不思議な話を聞くのが俺は好きだ。
お嬢様の他愛無い作り話だが、その世界は、とにかく平和で、話を聞くだけで夢のようで。語る彼女の瞳も声も、懐かしむように柔らかく、その時間は俺の何よりも代えがたい宝物だ。
斬新なアイデアは、その世界で見聞きした事なのだと言う。
旦那様は実の娘のお嬢様を、金の卵を産む鶏だと思っており、お嬢様が語る、儲けになりそうなネタは全て報告するように命令されているが、
この話は俺とお嬢様だけの秘密である。
「それでね、私、コーヒーは苦くてあんまり飲めないけれど、キャラメルフラペチーノだけは好きで…」
「バレンタインって言う日があって、その日は女の子が好きな人にチョコレートを贈るのよ、それで私…」
「うちって結構田舎でね、すごく芋で、高校生になって、初めて制服のスカートを短くしたの。もうドキドキ、高校生デビュー!みたいな。
それにしても、ミニスカ、この世界で全然流行んなかったねぇー…可愛いのに…。」
「あのね、怒らないで聞いてくれる?
実は…ハヤトって、うちで飼ってた犬の名前なの。
ごめんねごめんね?ゴメンナサイ!でもあなたの名前を適当に付けた訳じゃないの!
犬だけど、家族だったんだもの。本当に凄く可愛がってて、大好きだったのよ?
なんだかちょっと似てるような気がして…。」
怒るわけがない。お嬢様がつけて下さった俺だけの名前だ。
事実、俺はお嬢様の犬だ。
「ハヤトだけに教えるね。
私の、前の名前、モモカって言うの。秘密ね?」
☆☆☆
信じられない位、幸せな時間が過ぎ、もうすぐお嬢様も13歳だ。貴族令嬢の嗜みとして、孤児院の慰労を行うことになった。
「ハヤトも、その孤児院で育ったのでしょう?ハヤトが、どんな所で育ったのか見るのが、凄く楽しみだわ!」
申し訳ありません。
それは嘘です。
俺は孤児院の出身だと言うことにしてあるが、本当の所は違う。
碌でもない犯罪組織で、殺しをさせられていた。
物心ついた頃から、毎日血反吐を吐くような特訓をさせられて、命じられれば誰でも殺した。異人の血の混じった孤児なんてそんなものだ。
そしてヘマをして使い捨てられ、あの日、路端に行き倒れていた所を、お嬢様に拾われた。
お嬢様の訪問する孤児院は、王都の中でも最も清潔で治安も良く困窮していない、恵まれた施設を選んでいる。あらかじめ口裏を合わせて、俺がそこの出身だということにしてもらった。
それでも、孤児院を訪問後、お嬢様は大変なショックを受けていた。
しまった、俺の落ち度だ。もっと裏で工作しておくべきだった。
帰り道、馬車に揺られながら彼女は語った。
「こんな世界なんだから仕方ないって言うかも知れないけど…じゃあ前の時に何かしてたのかって聞かれたら、たまに募金するくらいしかしてなかったけど…。でも、あんな子どもなのに、辛い思いをしてるのが当たり前なんて…。
この世界では普通のことかも知れないけれど、私にとっての常識では違うのよ。」
☆☆☆
それから、お嬢様は旦那様に直談判して、とんでもなく大規模な計画を始められた。
「ポーションを、工業化して生産するわ。」
大規模な薬草園を作り、孤児院の子どもや、無職の者を雇って大量に薬草を栽培する。
南方から仕入れなければならない高価な薬草は、温室を建て、そこで栽培する。
ポーション工場という、大規模な薬草加工施設を建設し大量生産する。
専門知識を持つものを育成する為の、職業訓練校を設立する。
「原料は自社農園でまかない、中間マージンを全てカット。大量生産でコスト削減。絶対に需要が無くならない安定した商品。就労支援と福祉事業を絡めて、国に納める所得税を大幅に控除。
莫大な先行投資が必要だけど、公爵家の財力なら可能だわ。
それにしても、怪我も軽い病気も治せるなんて、この世界、ポーションが万能過ぎてマジ草生えるわ。」
…ポーションの主な原料は、数種類の薬草だ。生えるに越したことはない。
数年後、この壮大な計画は成功し、公爵領の孤児や失業者は激減し、公爵家は莫大な資産を築くこととなる。
表向き、旦那様の功績とされているが、信じられないことに計画立案·実行者は全てお嬢様と、お嬢様が助力を頼んだ熱意ある者達である。
お嬢様は利益の一部を受け取れる契約になっており、それで得た利益の殆どを、孤児院や領地の治安維持にあてている。
「ごめんなさい。今更、ハヤトの辛い過去を変えることはできないけれど、
せめてその代わりに、今、辛い思いをしている子ども達を、もっと豊かに苦労を少なくしてあげたいと思ったの。」
彼女のその言葉だけで、お嬢様に拾われてからの俺だけでなく、
拾われる前の、泥だらけで傷だらけのいつも腹を空かせていた惨めなガキだった俺まで救われたのだ。
お嬢様は、神様だ。
彼女こそが神。
☆☆☆
時間は少し遡って。
ポーションの工業化が軌道に乗るまでは、いろいろなことがあった。
14歳、まだ薬草栽培事業さえ手探りな頃。
お嬢様は時間が空けば、孤児院を訪れる様になった。
子ども達の薬草栽培を手伝い、絵本を読み聞かせ、時には孤児院の厨房で簡単なお菓子を作ったりする。貴族なら考えられない事だが、お嬢様は楽しそうにしていた。
孤児院の手伝いをするうちに、お嬢様は貴族には必要無い生活魔法を教えて欲しいと言い出した。飲み水を綺麗にしたり、竈門に火をつけたりする簡単な生活魔法だ。専門の教師を雇わず、俺に教えを請うたのは、子どもの頃に俺が魔法の基礎をお教えしたからだろう。
俺は、お嬢様に頼られることが嬉し過ぎて、請われるままに様々な魔法をご指導させて頂いた。
もともと凝り性の俺が独学で創作した、地味だけど便利な魔法まで、つい細かく解説してしまった。風魔法を利用して、遠くの声を聞き取る魔法、音を消して隠密行動を楽にする魔法、髪を乾かす温風の魔法など。
…舞い上がって浮かれ過ぎていた自覚はある。こんな魔法、公爵令嬢に必要なわけないのに。更に言えば、お嬢様は水魔法適性者なのに…。お嬢様が俺のマニアックな魔法理論の話なんかを、喜んで聞いて下さるから…。
そのせいで、お嬢様は風魔法こそ使えはしなかったものの、生活魔法の達人になってしまった。得意な水系統の氷魔法を駆使して、夏場でも涼しい空気を纏う生活魔法まで編み出してしまった…。
☆☆☆
15歳、お嬢様は学園に入学した。
「見て見て!これが制服。普通に可愛いのよ!?この世界で、まさかのブレザータイプなのっ!嬉しいーーー!」
俺は信じられないものを見た。スカートが膝丈だ。
貴族の通う名門学園が、何故こんな短いタイプのスカートを採用したのか理解に苦しむ。
「ミニスカに改造しても良い?」
「ダメです。絶対にです。」
☆☆☆
「お嬢様、お嬢様が学園で『粉雪の妖精姫』と呼ばれているとお聞きしました。」
「なっ!?何それ、恥っずかしー!」
彼女は学園で憧れの的になっている。さもありなん。
彼女を慕う生徒の中には、有力貴族の子息も含まれる。同学年の第2王子までも、だ。
「エドワード殿下って、親切なんだけど、ちょっと距離感が近いと思うのよね。王族なのに大丈夫なのかしら?
殿下には、『就労支援事業の税金を控除する法案』を通した時に、だいぶ応援して貰っているから、あんまり邪険にできないし…。」
☆☆☆
「ハヤト、バレンタインの話を覚えてる?なんと今日がその、バレンタインデーなのよ。
じゃじゃーん!ハイ、これあげる。」
この頃、お嬢様が長年追い求めてきたチョコレートが遂に完成した。
「覚えております。女性が、慕っている男性にチョコレートを渡す日のことですね。」
それなら何故、お嬢様が俺にチョコレートを…?
俺は必死に考える。
「そ、そうだけど…。か、勘違いしないでよね!好きな人以外でも、お世話になってる人に渡す義理チョコっていうのがあるんだからっ!」
なるほど、そういう事か。納得した。
食べるのが勿体無くて、食べずに取っておくか最後まで悩んだが、お嬢様に頂いたチョコレートは、脳髄が溶けるかと思うくらい甘美だった。毒だと言われても、食べてしまうだろう。
彼女が、長年完成を切望してきたのも納得だ。
☆☆☆
16歳になり、ポーション工場は軌道に乗り始めた。先行投資が巨額過ぎて、投資額を回収するまでには至っていないが、すぐに回収できるだろう。
そんな時、お嬢様に婚約の打診がやって来た。
遅いくらいだ。
それもそのはず、旦那様は自分の思惑以外の、全ての縁談を断ってきた。
相手はこの国の第2王子、エドワード殿下。
旦那様の目論見通り。
しかし、お嬢様はこれに猛反対した。
「お父様、お断りしてください!」
「馬鹿を言え、相手は王族だ。これ以上の相手が居るか?お前なら、今の王太子妃を蹴落として将来の王妃にだって十分なれる。まぁ、年齢的に第2王子で手を打つことにしたが。」
「嫌です!私はまだ、誰とも婚約なんてしたくありません!」
「我儘を言うな。貴族の娘に産まれた時から、家の為に嫁ぐ事は決まっているのだ。」
「そんな…っ!」
旦那様には取り付く島もない。
「この世界では普通のことかも知れないけれど、私にとっての常識では違うのよ…!結婚は好きな人とするものだわ。」
彼女は悔しそうに呟いた。
「お父様相手じゃ埒があかない。エドワード殿下本人に、直接言ってみるわ。」
☆☆☆
「殿下、お願いいたします、殿下からも、陛下にお伝え下さい。
『私達の婚約は不本意である』、と。」
「いいや、僕はこの婚約には乗り気なんだ。国を安定させるために必要でもある。
もうじき、日取りも決まる。来月あたり、正式に公爵家に赴き、君の父君に婚約を願い出て、婚約成立となる。形式的なものだから、そう緊張しなくても良いよ。」
「そうではなくて…殿下、私は…。」
「じゃあ楽しみにしていてね。」
「殿下…っ!」
第2王子はすげなく行ってしまった。
当たり前だ。第2王子は明らかにお嬢様を好いているのだ。むしろ王子から言い出した婚約話かも知れない。
しかし、お嬢様は何故こんなに頑なに拒否するのだろう。
エドワード王子は悪い方ではない。彼女も言っていた通り親切だ。やや優柔不断な面はあるが、悪い噂も聞かないし、お嬢様のことを慕っている様子だ。何より、顔立ちが美しいと評判だ。
婚約相手としては、最優良物件である。
先程、「君のことが好きだからだ」と言わず、「国の安定のため」なんて言って誤魔化した所は、ハッキリしない男だ、と俺の中の評価は大幅減点されたとは言え…。
公爵家の跡継ぎも、遠縁から優秀な少年を連れてくる手筈が整っている。
☆☆☆
その夜、お嬢様が俺の部屋にやって来た。
「どうかされましたか?」
こんな時間に使用人の部屋を訪れるのも、そろそろ止めさせなくては。
「どうしよう…このままじゃ、本当にエドワード殿下と結婚させられちゃう!」
「エドワード殿下は良い方ですよ。今代の王室には、跡継ぎ争いや陰謀などもありません。きっとお嬢様を幸せにして下さいます。」
「…それも調べたの?」
バレている。
「…はい。」
「違うのよっ!エドワード殿下がどんな人でも関係無いの。私は、好きな人としか結婚したくないのよ!
…だって…私が好きなのは…。
あの…あのね、あのチョコレートだって、本当は義理チョコなんかじゃないの。
私は、ハヤトのことが」
「いけません。」
俺はお嬢様の唇に人差し指をあて、制した。
「それ以上は口に出してはいけません。
お嬢様。お嬢様位の年齢の女の子が、少し年上で身近な男に惹かれることは珍しいことではありません。しかし、それは熱病の様なものです。思春期を過ぎれば忘れてしまう、まやかしの様な物。
お嬢様は、お嬢様に相応しい相手と結婚してこそ幸せになれるのです。」
「………私の幸せを、ハヤトが決めないで。
それに、この気持ちが熱病の様なもの!?舐めないでよ!こっちは人生2回目だっての!
それにハヤトは…ハヤトは全然、私のことなんて何とも思わないの!?」
「お嬢様は、お嬢様でございます。
俺の忠誠と身命を捧げる、唯一無二の素晴らしいお方です。」
「〜〜〜〜〜〜っ!
ふっざけないでよ!私の気持ちが、ただの熱病かどうか、よく見てなさい!後悔させてあげるわ!」
彼女は俺を突き飛ばして、踵を返す。
「お嬢様、はやまってはいけません。お嬢様!」
「うるさい、ハヤトのバカ!」
☆☆☆
婚約式の日がやって来た。
天気は雲一つないような快晴。公爵邸は、普段よりも一層綺麗に整えられて準備は万全である。
お嬢様も、普段着ない豪華なドレスに身を包み、内側から輝かんばかりだ。
「とてもお綺麗ですよ、お嬢様。本日はどのような髪型に致しましょう?」
「ハヤトの好きにしてくれて良いわ。」
俺は少し考え、少しだけアレンジを加えたシンプルなハーフアップに纏めた。
複雑に編み込まれたアップスタイルより、お嬢様の美しい髪が引き立つし、彼女自身の美しさを邪魔しないからだ。
それに、彼女の髪が風になびくのを見るのが、俺は好きだ。
今日のスケジュールは、王子の訪問、2人でのお茶会で形式的なプロポーズ、旦那様への挨拶と婚約の許可、そして婚約式での正式な調印となる運びだ。
「今日のお茶会、とても楽しみね。
ね、ハヤト。よく見ていてね。」
あの夜の会話から、俺はひどく心配していたが、どうやらお嬢様は婚約に前向きになってくれた様だ。
☆☆☆
俺はお嬢様の専任従者として、普段は彼女のすぐ傍らに控えているが、今日は公爵家をあげての一大行事だ。今日ばかりは、公爵家の総執事がお嬢様の側に控え、俺は他の使用人とともに遠くからお二人を眺めるだけだ。
王子と2人の、お茶会が始まった。
俺は風魔法で、2人の会話に耳を澄ます。
「今日は、素晴らしい日だね。天気までもが僕達を祝福してくれているようだ。今日こそ君も、色好い返事を聞かせてくれるかな。」
「何度も申し上げました通り、私はこの婚約にはお応えできません。」
「何故?僕達はもうずいぶん親しくなっただろう?」
「それは…確かに、今まで友人として、殿下とは親しくさせて頂いておりましたが…。私なんかに、王子妃などとてもつとまりません。お考え直しください。もっと相応しい方が居るはずです。」
「君より相応しい相手が?
たった数年で、預言者か錬金術師かと謳われる程、公爵家に莫大な富をもたらし、領地の失業者と犯罪率を激減させ領民の生活を飛躍的に豊かにさせた手腕を持つ君よりも?
学園で妖精姫と呼ばれ絶大な支持を集める君よりも、相応しい令嬢が居るとでも?」
「それは…私だけの力ではありませんし…。
あの、えーと、その…。…もう、正直にお話しします。
実は私には、ずっと心に決めた方が居るのです。だから殿下のお気持ちには、応えられません。」
「今はそうでも、僕と過ごすうちにすぐ忘れられるよ。僕より君を幸せに出来る男は居ないのだから。きっと君も、僕を愛するようになるさ。」
王子がそっと、お嬢様の肩を抱く。
「…………どいつもこいつも、私の幸せを勝手に決めないで。」
風魔法に乗って、彼女の小さな呟きまでもが耳に届く。
フワっと、お嬢様を中心に霜が降りる。彼女の魔力は常人の何倍も大きいのだ。
お嬢様は立ち上がり…
「気安く私に触らないで下さる?」
バシャーーーーッ。
王子に頭から紅茶を浴びせかけたのだ。
☆☆☆
そして話は冒頭に戻る。
目の前には公爵家使用人達にとって、阿鼻叫喚の地獄絵図。
「ででで、殿下!お、お嬢様はちょっと体調が優れなかっただけです!」
「きっと少しめまいがして、手元が狂ったのですわ!緊張されていらしたのですよ!」
王子は未だに呆然自失としている。
判断が遅いと罵りたいが、俺だって、この場所から一歩も動けないでいた。
(『ざまぁ』。あれは明らかに俺に向けた言葉。)
俺のせいだ。俺の失態だ。
☆☆☆
結局、王子との婚約は流れた。
俺は、今までほとんどの時間をお嬢様のお側に仕えさせて頂いていたが、最近は屋敷に置いて行かれることが増えた。
俺とお嬢様は、表面上は変わらぬ距離で過ごしているが、ふとした時に拒絶されていると感じる。
あれ以来、彼女は学園での振る舞いを豹変、我儘で高慢、冷酷非情な令嬢として振る舞っている。
王子との婚約が流れて以来、我こそはと婚約を申し出る家もあった。
その度に、
「あなたが、この私を幸せにできるとでも?
賢さも、強さも、美しさも、権力も財力も無い、何一つとして私に勝る物の無いあなたなんかが?思い上がりも甚だしいわ。無い無い尽くしの情けない男が、私に話しかけないで。笑わせないで欲しいものだわ。」
お嬢様は、全ての縁談を破り捨てた。
「お嬢様、優秀な婚約者候補の男性はもう数えるほどしか残っていません。」
「だから何?相手が気に入らないだけよ。」
「このまま断り続ければ、お嬢様を幸せに出来る人材が居なくなってしまいます。」
「ふーん。じゃあ、こういうのはどう?あなたが私を攫って、二人駆け落ちするの。」
彼女が挑むようにこちらを見上げて、綺麗な唇を釣り上げる。
冷たくも燃えるような、美しく輝く蒼い瞳。
こんなにしっかり視線が合うのは、一体いつ振りだろう。
彼女から目を逸らせない。
でも、駄目だ。
こんな、多少腕が立つ位で、身分もなく生まれも卑しく、外見だって少しも美しく無い俺が、お嬢様を幸せに出来るわけがない。
それにお嬢様は、俺の過去を知らないのだ。
俺の手は血で汚れている。女神の様な彼女に釣り合うわけがない。そんなこと考える余地もない。
「俺は、お嬢様に相応しくありません。」
だって、それが事実だ。
お嬢様が興味を無くしたように、ふいと俺から視線をはずす。
「意気地なし。」
☆☆☆
粉雪の妖精姫だった学園での通り名は、いつの間にか『氷絶の女王』になっていた。
それどころか、最近殿下と仲良くしている平民出の少女を、卑しい生まれだと虐げていると噂される様になった。
学園外では変わらず、孤児院で子ども達にあたたかい笑顔を向ける彼女が、出自を理由に態度を変えることは絶対に無いはずだ。
何より、ずっと前に、彼女の髪を結う特別な時間に話してくれたのだ。
「貴族とか平民とか、そんなもの無いのよ。
人間は生まれながらにみんな平等。たまたま、裕福な家に生まれたり、貧しい家に生まれる違いはあっても、命の重さは誰も変わらないわ。ちなみにコレ常識よ。」
☆☆☆
お嬢様は17歳になった。
お嬢様の美しさは更に磨きがかかったが、学園ではすっかり氷絶の女王として遠巻きにされ、優良な縁談もすっかり無くなった。
そんな時に、小国を挟んで更に北に位置する、軍事大国の皇帝から縁談が舞い込んだ。
皇帝は齢四十を超え、側妃や妾も大量に抱える好色漢だ。
彼女の美しさや叡智ではなく、膨大な魔力を見込んでの縁談だ。彼女との子どもならば、きっと大魔法を操る魔法士や、強靭な魔法騎士に育てることができる。
「お受けするわ。」
そんな馬鹿な。
「お嬢様、いけません。みすみす不幸になりに行く様なものです!」
「ハヤトには関係無いでしょ。口出ししないで。」
「俺の勘違いでなければ…お嬢様は俺へのあてつけに、不幸になろうとしているようにしか見えません。」
「自意識過剰なんじゃない?でも、そうね。それならアンタはそこで、不幸になる私を手をこまねいて見てるが良いわ。」
18歳を迎えたら帝国へ嫁ぐことに決まってしまった。
☆☆☆
お嬢様が嫁ぐことが決まって、俺の仕事は減ってしまった。
婚姻に際して帝国へ連れて行く予定の女性使用人達が、今から彼女の身の回りの世話をすることになったのだ。
もちろん、俺は連れて行かれない。
そんなある日、お嬢様が御髪をバッサリと切ってしまわれたのだ。
「何故…何故あんなに美しい髪を…。」
あの髪を結う、夢のような時間が、俺の宝物が、全て消えてしまったようで辛い。
「ただのヘア·ドネーションよ。だいぶ伸びてたから、カツラの1つくらいできるでしょ。
髪くらい伸びるんだから、グチグチ言わないで。」
短くした彼女も美しいが、貴族の女性は長く美しい髪を自慢するものだ。婚姻を前に伸ばす女性の方が多いのに…。
「それに好きな人に触ってもらえないなら、もう伸ばす意味なんてないもの。」
彼女がぽつりと呟いた声は小さく、俺には届かなかった。
☆☆☆
遂にこの日が来てしまった。
明日、お嬢様は帝国へ旅立つ。
俺は一人、黒尽くめの服で、闇に紛れて公爵家の屋根に立っている。おあつらえ向きの新月の夜。
この格好をするのも、ずいぶんと久しぶりだ。
すっかり従者服の方が馴染んでしまった。
お嬢様の部屋のバルコニーに降りる。
風魔法で音を遮断し、針金で窓の鍵を開ける。
そっと中に入る。
彼女はまだ侵入した俺に気付いていない。寝衣のままこちらに背を向けて、行儀悪くベッドに脚を組んで腰掛け、頬杖をつき、胡乱な目付きで部屋のドアをじとーーっと睨みつけながら座っていた。
「―――お嬢様。」
「え?ぅえーーー!?びびびびっくりしたぁ…心臓に悪いわよ!
まさか、窓からとか!?お、思わないじゃない!」
俺の方こそ、まさか待っていてくれるとは思わなかった。
「申し訳ありません。」
そこで、態とらしく彼女は咳払いし、気を取り直して取り澄ました様に綺麗な姿勢でこちらに向き直った。
「…それで、一体何の用よ?」
変わらない。あの日と同じ、高飛車な物言いと高慢な態度。
「お嬢様…いいえ、モモカ様。」
俺は、出来得る限り精一杯丁寧に、なるだけ優雅に見えるように礼をとる。
少しでも、お嬢様に相応しく見えるように。
「愛しています。あなたを、攫いに来ました。」
彼女に跪いて、頭を垂れる。
身分もなく、手は血で薄汚れ、満足に贅沢もさせてやれない。
それでも。
――――どうか、どうか俺と共に。
神に祈る。
いや、本当は神なんて一度も信じたことがない。俺が信じる唯一無二の存在は彼女唯一人。
一瞬とも、永遠とも思える時間が過ぎる。
「おっそいわよ!どんだけ待ったと思ってるの?」
☆☆☆
「もう!前日まで待たされるなんて思わなかったわ!」
背後から、彼女がゴソゴソと着替える音がする。
俺は緊張しながら、(生まれてこの方、こんなに緊張を強いられたこと等ない!俺のすぐ後ろで、お嬢様が着替えている!)反対方向を向いて直立不動で立っている。
「じゃ、じゃーーん。見てコレ。可愛いでしょ?」
動悸がおかしい心臓を押さえて、振り向くと。
そこにはまるで冒険者の様な、質素で身軽、しかし丈夫そうな服装をした彼女が居た。
「エレオノーラお嬢様、冒険者バージョンよっ!」
彼女はどんな格好でも可愛らしい。…些か足を見せ過ぎでは無いか?
それにしても、服まで揃えて居たのか…。
「これだけじゃないわ、もう荷物も纏めてあるの。
テテレテッテレ〜〜♪非常用持ち出しリュック〜〜駆け落ちバージョン〜〜〜!」
不思議な効果音と共に、クロゼットの奥からリュックサックを出してきた。
「生活魔法もバッチリだし、隠れて練習してたから、私けっこう攻撃魔法も使えるのよ?それに私、職業柄(?)上級ポーションもハイエンドポーションも作れるんだから。『わぁ、エレオノーラお嬢様って、冒険のお供にぴったりね、どこにでも連れて行きたいわ!』」
後半は、裏声である。
「皇帝だって、側妃も妾もいっぱい居るんだし、わざわざ一国またいでまで小娘を探しに来ないでしょ。ちょっと遠い国なのがポイントよ?」
それで、わざわざ帝国の縁談を受けたのか。
「でも一応、とりあえずは南に逃げましょうか。あ、私、氷魔法得意だから、暑苦しい場所ではきっと重宝するわよ?『暑い土地でも、お嬢様が居れば快適ね!どうしよう、もうお嬢様の居ない生活なんて考えられなぁーい!』
ハヤトが私にすっかりメロメロになった頃には、ほとぼりも冷めているはずだから、公爵領に移り住んでのんびり暮らしましょ。これぞ灯台もと暗し!」
また裏声で合いの手が入る。
これは、いつか言っていた『テレビショッピング』のマネだろうか?
俺はお嬢様無しでは生きていけないのに、なんて可愛らしい人なんだ。
「そんなことしなくても、出会った時から俺はお嬢様にメロメロですよ。」
恭しく手の甲に口吻を落とすと、彼女は音が出そうなほど真っ赤になった。
☆☆☆☆☆
その後、地味な凄腕の冒険者や、上級ポーションを作れる美人過ぎる薬剤師、はたまた数年後にはチート級の能力を持つ双子のチビッコ冒険者の話など様々な噂が流れたが…
消えた公爵令嬢とその従者が捕まったと言う話はついぞ聞かない。
お嬢様のスカート丈に厳しい従者。
異世界モノなのに、青少年保護育成条例とかを調べちゃう小心者の作者…。
読んでくださる方は皆、神様と思っている作者ですが、↓の☆とか感想など頂けたら、とっても嬉しいです。