006 良い知らせと悪い知らせ
アウグストが書庫への入室許可を貰ってから一ヶ月が経った。既に書庫にあるほとんどの書物はすでに読み終えていた。
家庭教師との勉強も内容は全て前世か書庫にて学び終えていた。貴族としてのマナーや作法、剣術などは来年から学ぶらしいのでやる事が無くなっていた。
そんなアウグストは朝食と食べ終え、食後のティータイムを満喫しながらこの後どう暇を潰そうか考えていた。
「やることないなぁ。ねえカレン、何かやることない?」
「そうですね、ルドルフ様のお仕事ぶりを見学されてはいかがですか?いずれは公爵家を継ぐのです。今の内に見ておいても損はありません。ですが邪魔をしてはいけませんよ」
暇を持て余していたアウグストにカレンが父親の領主としての仕事の見学を勧めてきた。
「いいね。早速父上の書斎に行ってくる」
足早にルドルフの書斎へと向かうアウグスト。扉の前に立つとルドルフとボーゼフの話し声がしていた。
「やっと戦争の負債を返し終えたな。これで戦線の壁の修復にいくらか充てられるだろう。しかしこの書類の山はどうにかならんのか、処理しても減っている気がしない」
「それでも私や部下のもとで処理できるものはしていますよ。ただ書類の不備が多くてですね、部下も私も手一杯の状況でして。」
「はあ。スタンピードも近いというのに最近はまとも鍛錬ができていない、身体が鈍ってしまう。ところで壁からのなにか報告は入ってきたか?」
書類仕事で凝った肩をほぐすように回すルドルフ。
「はい、それに関していくつかお伝えしたいことが。壁からの報告によりますと既に魔物が溢れてきている、とのことです。それにアストルム神王国とジェミニ連合王国に動きがありました。どうやら同盟を結ぼうとする動きがあるとか。壁の補修はまた出来そうにありません」
「そへでも壁の補修が最優先だ。スタンピードが近い。神王国や連合王国には他の公爵家に対処してもらう。しかし不戦協定をこうも簡単に破ってくるとは……協定などもうあてにはならんか」
――不戦協定。5年毎の降りかかる厄災に対処すべく、東大陸全土の国が署名した協定。スタンピードの際は国家間でのあらやる侵略行為を禁ずる協定である。
「ギリアム様が亡くなられたのは神王国の協定破りが原因です。魔物と神王国に挟まれればいくら英雄とはいえ多勢に無勢です。それにあちらも決戦兵器を出してきました。協定破りと同盟の兆し、次は本気なのでしょう。」
――決戦兵器。アストルム神王国において決戦兵器、すなわち『天召の六華』。命を引き換えにすることで英雄に匹敵する強烈な極大魔法を放つ魔法使い集団。人員は死ぬ度に入れ代わる。ギリアムを亡きものにしたのもこの者たちと言われている。
ソルファン帝国が『英雄』を持つように周辺国もそれに匹敵する決戦兵器を擁している。決戦兵器は前世でいうところの核兵器である。隣の国が核を所持しているのに自国だけ所持していないのはあまりにも危険だ。よってソルファン帝国周辺の国はあらゆる手を用い、『英雄』に対抗し得る兵器を生み出した。
そして神王国が用いた手段は人体改造である。元々魔法の素養が高いものを神の名のもとにかき集め、何度も人体実験を繰り返し生まれたのが『天召の六華』である。
「そうか。しかし神王国も魔領に面しているだろう。こちらに天召の六華を送る余裕があるのか?」
その余裕こそが先程ボーゼフが言った神王国とジェミニ連合王国の怪しい動き。それを察したルドルフ。
「……それで同盟か。なるほど。同盟を結び正式に帝国に宣戦布告するということか。となると五年前の神王国の動きの裏には既に連合王国が関与していたと」
「そうなりますね」
「魔物に敵国二つか。荷が重いな」
書類仕事で疲れたルドルフはもっと疲れた様子で天井を仰いだ。
とんでもない話を聞いたのでは?そう思いながらもアウグストは話が一段落するのを見計らいドアをコンッコンッとノックし扉を開ける。
「父上、お話中失礼します。」
「ん?どうした。珍しいな、書斎に来るなんて」
今まで書斎に顔を出したことなど無かった息子の訪問を疑問に思うルドルフ。
「父上のお仕事を見学させてください。邪魔はしませんので」
「見学か……少し早い気はするがいいだろう。いずれはアウグストもやる事だ。そこに座って見てなさい……とは言ってももう一段落ついてしまっいてな」
だが机上には書類の山。アウグストはそれを見ながら首をかしげる。
「その書類の山は?」
「こ、これは領地の各地にいる税務官から上がってくる税収を記した書類だ。だがあまりにも量が多くてな、これは明日にやろうと思っていんだ」
(あ、これ絶対嘘だ)
「そうなんですか。ちょっと書類を見せてもらっていいですか?」
ボーゼフから書類受け取り、目を通したアウグストは絶句する。そこに書かれていたのは日記のような支出と収入の管理表だった。
(これ書いたやつクビだろ。これで高給取りとかありえないだろ)
「これ見づらくないですか?」
そんなアウグストの言葉にルドルフは首をかしげる。
「ちょっとペンと紙をください」
アウグストはペンと紙を取り何かを書き込んでいく。その様子を静かに見守るルドルフとボーゼフ。
「これを見てください」
そう言ってアウグストは前世で使っていたエクセルで作る簡単な表を書いて見せた。
「これは非常に見やすいですね。日付け毎にどんな形での支出と収入があったか分かりやすい。それにどこに不備があるのかも一目瞭然です。よく思いつきましたね、アウグスト様」
「書類をこれに統一すればその机上の書類がうんと減ると思います」
(将来俺がこれやるんだろ?税収日記を読み解いて支出と収入の確認するとか絶対嫌だよ)
「ルドルフ様!書式をこれに統一しましょう!我々の仕事量が圧倒的に減ります!」
目を輝かせながらルドルフに詰め寄るボーゼフ。それもそのはずだ。机上にある書類の山、これでもルドルフの元に上がってくるまでにだいぶ程度処理された状態である。それはボーゼフやその部下がやっているのだ。彼らからすれば今まで大量にあった仕事が圧倒的に楽になるのだ。誰でもこうなってしまうだろう。
「だがいきなり書式を統一してしまっては地方の税務官は戸惑うのではないか?印刷して各地の税務官に届けるのも時間がかかるぞ?」
「こちらでなんとかしますので!」
「あ、ああ。なら任せるよ」
珍しく声を大にして答えるボーゼフにルドルフは若干引きながら許可を出した。
「それにしてもアウグスト様。よくこんなものを思いつきましたね」
「た、たまたまだよ。こうだったらいいなぁ、ああだったら見やすいなぁ。と考えてたら思いついただけ」
前世の記憶で知っていました、などとは言えないので苦しい言い訳をするアウグスト。
(さすがに嘘だってばれそうだな)
「さすがはアウグスト。すでにボーゼフより賢いかもしれんな」
「ははは、そうかもしれませんね。少なくとも私ではこれは思いつきませんでしからね」
賢い子供。生まれてからそう思われていたので特段変に思われることもなく素直に感心されるアウグスト。あははは、とごまかすように笑ってみせた。
その後しばらく三人で茶を飲みながら談笑しているとそこに侍女の一人が扉をノックをして入ってきた。
「失礼します」
「何用だ」
「奥様がご懐妊です。おめでとうございます」
突然のビッグニュースに一同は目を大きく開く。
「なにっ!?」
「ほんと!?」
ルドルフとアウグストがガタリッと椅子を鳴らして立ち上がる。
「いつ分かったのだ!?」
「つい先程です」
「男の子?女の子?」
「それは分かりません」
公爵家当主と次期当主に淡々と返事を返す侍女。
「ルドルフよ、おめでとさん」
「ルドルフ様、おめでとうございます」
ひょいと扉から顔を出したロイドとボーゼフが祝福の言葉を告げる。
「てことは生まれるのは来年だ。時期もスタンピードと重なっちまうなぁ、大変だぜルドルフ」
「大丈夫だ。鼠一匹壁を超えさせはしない。ボーゼフ、予算を全て壁の補修にまわせ。ロイド、次のスタンピードには騎士団も連れて行く、神王国と連合王国の動きが少し怪しい。準備を進めておいてくれ」
「かしこまりました」
「りょーかい」
ロイドとボーゼフにそう指示を出すルドルフ。
母の懐妊を知りアウグストの鼓動は早くなる。なにせ前世も含め初めての兄弟である。憧れていた兄弟でのアレコレ。
アウグストはまだ見ぬ弟妹の存在に心を踊らせていた。