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英雄の子として生まれたのなら  作者: 鷲炭 颯
第一章 
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001 プロローグ

 俺の名前は英 雄希。二十九歳独身、職業は配送ドライバー。


好きな食べ物は乳製品、趣味は読書。


 親なし、友人なし。


 物心ついた頃には児童養護施設に預けられていた。周囲にいる子供も親のいない子であったり、問題のある親から離された子である。


 施設では決まり事が多く、自由などあまりなかった。


 世界はなんて狭いんだろう、俺はそう感じていた。高校を卒業するまではここから出られないらしい。まあ出たところで行くところなど無い。


 施設で俺は退屈な毎日を過ごしていた。


 そんな退屈な日々を過ごしていたある日、俺は施設に置いてあった本をふと手に取った。


 それが俺の人生を一変させた。


 本の中には様々な事が書かれていた。俺の狭かった世界が本によって広がったのだ。


 俺はその日から本を読み耽るようになった。知らなかったことを知っていく、それが楽しくて仕方がなかった。


 それは高校や大学に入っても変わらず俺は毎日本を読み続け、食事をするが如く知識を蓄えていった。


 大学を卒業し仕事を探してみた。本が好きであったため、本に携わる仕事を探したがどれもイマイチピンとこない。読むのが好きなのであってわざわざ仕事にする必要もないなと考えた。それから仕事を探し続けたが特に気に入る仕事もなく惰性でこの職に就いた。


 だがそれが地獄の始まりだった。


 毎日朝から晩まで街中をトラックで駆け回り、荷物を届けていた。残業なんて当たり前!労働基準法なんてクソ食らえ!と言わんばかりの仕事量。


 そんな地獄のような仕事で俺はみるみる体力を奪われ、読書の時間を奪われ、心も身体も疲弊していった。


 そんな日々が七年続いたある日、ベッドの上で寝ながら死んでしまった。過労死である。


 ――そりゃ死ぬわな。


 だが苦しんで死ぬよりかはマシだ。


 痛みもなく、血も出ない。


 俺の生涯静かには幕を閉じた。



◆◆◆◆◆



 「生まれたぞ!」そう言わんばかりに赤子が産声を上げる。


 「おめでとうございます、ミリス様。男の子です」


 産婆はそう告げ、母親にそっと赤子を渡す。疲れ切った表情の母親はその赤子見た瞬間、疲れが吹き飛んだかのように幸せいっぱいの笑みを浮かべる。


 そして優しく、愛おしく、赤子を抱き上げるのだった。


 「男の子か、良くやった。」


 父親が愛情に満ちた眼差しで赤子を見ながら母親に労いの言葉をかける。


 「ああ、可愛いなあ。顔はお前によく似ているな、眼鼻立ちがそっくりだ」

 「ふふ、そうですね。だけど中身はあなたやあなたのご先祖に似てほしいわ。将来家督を継ぐのはこの子になるでしょうしね。」

 「ああ、そうだな」


 何かを思い出し、母親が少し強い口調で笑顔のまま父親に尋ねる。


 「ところで…さすがに名前は決めたのよね?」


 ずっと名前を決めかねていた父親を静かに笑顔のまま見つめる母親。


 「も、もちろんだ!この子の名前はアウグスト。アウグスト・フォン・クレイぺウスだ」


 「あら、その名前って――」


 「――そう、始まりの英雄である私の先祖の名から取った」


 そう自慢げに答える父親に母親が優しく微笑む。


 「ふふ、すごくいいと思うわ」


 「父にもこの子を見せたかったのだがな……」


 先日亡くなった先代公爵に想いを馳せながら悲しみと嬉しさを混じえた表情で赤子を見つめながらそう呟いた。


 「お義父様はとても楽しみにしていらしてくれたのに……」


 段々と暗くなっていく空気を感じ取ってか、赤子がまた一段と大きな声で泣き始める。


 「いかんな。いつまでも過去を引きずっていては」


 「ええ、そうね。赤ちゃんは親の感情に敏感だそうです、私達が悲しんでいたらこの子まで悲しんでしまうわ。この子には、ずっと幸せでいてほしいもの」


 「そうだな」という表情で父親は頷く。


 先代公爵を失い暗く沈んでいた屋敷が、アウグストの誕生によりにいつもの暖かく明るい空気を取り戻した。


 だが十年後、この幸せは崩れ去ることになる。


 その事を誰も知る由もなかった。

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