加護を断る
2020/08/15改変
神殿の大きな門の前に居る年老いた神官が、一人で門に何かを唱える。
大きい、人の力で開けようものなら10人はいるだろう。
水色に僅かに装飾され、神聖な物なのだと見た者に分からせてしまう。
だが、そんな大きな門は神官が唱えると地響きと共に少しづつ開き始める。
人が一人通れる位開いた所で、神官は唱えるのを止めた。
そして門の前で待っている4人に顔を向け、優しく微笑み声を掛ける。
「どうぞ、精霊様がお待ちしております」
そのうちの一人、紅い短髪な青年 クラウル・バルが俺 オリエル・ドーガの肩を軽く叩いて微笑む。
「行ってこいよ」
俺も微笑みを浮かべながら、クラウルの顔を見て頷く。
「あぁ」
「しっかりな?」
「オリエルさんなら、大丈夫ですっ」
女性の声がする方に顔だけを振り向かせる。
腕を組みながら軽く微笑む女騎士 セキューナ・シル。
そして両手を胸の位置でガッツポーズしている黒いマントやらスカートを着込んだ女魔法使い ドミニス・クーラが居る。
俺は軽く腕を上げて返事をすると、門の先。
真っ白に輝く空間に歩き出した。
中に入ると外とは切り離された様な無音な真っ白。
俺は足を進めて歩いて行く、すると水色の長い髪型の一目で精霊だと分かる女性が立っていた。
顔が認識できる程に傍に近付き、片膝を床に着き顔を上げる。
精霊は俺を見て優しく微笑みを浮かべ、それはまるで自分の子供を見るかの様な慈愛に満ちていた。
「貴方に水精霊の加護を「あの」……はい?」
精霊の透き通る様な綺麗な声を遮った俺に、不思議そうな表情をして小首を傾げる。
俺は微笑みながら、阻喪のない様に控え目に言う。
「いらないです」
「……は?」
母の様だった微笑みが台無しだ。
すっごく怪訝そうに眉を潜めているじゃないか。
精霊さんは軽く咳払いをし腕を組み再び微笑みを浮かべて、やり直しをする為に口を開く。
……怪訝な表情のままでも良かったんだけどな。
「貴方に水精霊の……」
「いえ、いらないです」
「え?」
「……え?」
「えっ?」
「え、ちょ、怖い、これ強制なのか?」
途中から精霊さんは俺を見下ろしガン飛ばし、疑問符を付けた言葉を口にする。
本当に母の様な微笑みは何処にいった?
微笑む事を止めた精霊さんは、怪訝そうに腕を組んだまま首を横に振って言う。
「強制ではないけど……正気?精霊の加護よ?」
俺は精霊さんの反応に苦笑する。
まぁ、だろうなと思ったよ。
「代わりじゃないんだけど、門の前に居る3人で適性者は居るか?」
「敬語でもなくなってるし……居るわよ。火の加護を持っている子ね」
クラウルの事だ。
流石だな。ちなみにセキューナは風、ドミニスは土の加護持ちだ。
「じゃ、そいつ呼んでくるんで加護を授けてやってください」
俺は立ち上がり微笑んでから出口に身体を向け歩き始める。
「いやいやいやいや、待って待って?」
が、肩を掴まれてしまう。
肩を掴まれてしまっては仕方なく、精霊さんの方を向くと呆れた顔をしている。
俺の方が呆れてるんだけど?
「何でしょう?」
「いや、何でしょうって……え、何、面倒臭いとかなの?加護だよ?貴方も適正あるよね?いらないとか前代未聞なんだけど?」
……あ、忘れてた。
「あの、俺が精霊さんに拒否された事にしといてくれな?」
「いや、何でよ。私が拒否るのよ?」
「いや、そういう事にしといてくれ」
俺は埒が明かない精霊さんの反応に、思わず溜め息をついてしまった。
「え?私が悪いの?こんな態度、人間界でされたの初めてなんだけど」
「ほう?」
「いや、アンタだよ」
遂にアンタ扱いだ。
本当に母の様な慈愛に満ちた微笑みはどうした?
肩を掴んでいる手が緩んだ隙に小走りで出口に向かう。
だが瞬間移動したのか目の前に突如現れる精霊さん。
もはや不機嫌を隠してもいない表情をしている。
「ちょいちょい、待って待って。この空間で逃げる人間も、初めて見るわ」
「凄いな……」
「いや、アンタの事なんだけど……」
「ほう?」
精霊さんは額に片手を当て片目を瞑り、溜め息を吐きジト目を向けながら言う。
「……もう、突っ込まないからね?とにかく、理由を言いなさいよ」
「理由?」
「そ、加護を受け取らない理由を説明しなさいよ」
……え、面倒臭い。いや、マジで。だから試しに言ってみる。
「……元の定位置に戻ってくれたら、説明するが?」
「分かったわ」
ありがとう、消えた瞬間ダッシュだった。外に出る瞬間後ろで「嘘でしょうっ!?」って聞こえたのは忘れてしまおう。
俺は門の外に出て3人の顔を見ると、困った様に微笑む。勿論、演技だ。
「クラウル、水精霊様が呼んでる」
そして、後ろにある門を3人に顔を向けたまま親指で差す。
3人とも訝し気な表情だ。クラウルは俺に近づく。
「……どういう事だ?お前、加護は?」
「会ってみれば分かるさ」
「答えになっていないぞ?」
早く行けよ、面倒臭い。
「良いのか?水精霊様が待ってるぞ?」
「……後で、必ず説明しろよ?」
「あぁ」
クラウルは門の中に入っていった。よしっ。これで大丈夫だ。クラウルは下流とはいえ、貴族の出だ。精霊からの加護を拒否はしないだろう。
俺は今だ怪訝そうなセキューナとドミニスに疲れた様に微笑む。
「悪い、少し疲れたから……宿に先に戻る」
疲れたのは本当だ。
二人の横を通り過ぎる。
「……加護は?」
セキューナが俺に尋ねる。
だから本当半分、嘘半分で答えたよ。
「授からなかった」
「……そうか」
「オリエルさん……」
「じゃ、後でな?」
俺は二人に顔を向けずに、片手を上げ宿に向かって歩き始める。
そんな心配そうな声を出すなよ、俺は何ともないんだ。
いや、そんなのとっくに通り過ぎてる。
そもそもの話し。
加護を授かる以前の問題なのだから。
宿に戻り色々片付けをしてクラウルとの二人部屋のベットに寝転がっていた。
コンコンッと扉をノックする音に俺は身体を起こす。
「起きてるよ」
「一応……な?」
「失礼する」
「お邪魔します」
返事をすると、3人が部屋に入ってきた。心配そうな顔で。だから、溜め息を吐く。
「止めてくれ、俺は何とも思ってないから。だから言っただろう?神殿の間違いだと」
だから、そんな顔をしないでくれ。1年間旅を共にした仲間のそんな顔は見たくない。
3人は部屋に置いてある椅子に腰掛ける。俺はベッドに腰掛ける。
クラウルは腕を組んでしかめっ面だ。セキューナは腕を組みながら両目を閉じ、ドミニスはオロオロしている。
少し無言が続き、俺が溜め息を吐く。まったく、お人好しな奴らだな。
「クラウル」
俺の声に3人は反応し俺を見る。
「パーティ、抜けるわ」
「……加護を貰えなかっただけで、何でそうなるんだ?」
「それを王国が許すか?」
王国公認の加護付き、英雄パーティーとして?
そりゃあ、無理な話しだ。
「許させる」
「アホか」
子供かお前は。そんな事出来るはずがない。
むしろ、そんな暴挙をして欲しくない。
「……本当に、抜けるのか?」
今まで黙っていたセキューナが俺を見て言う。いや、分かる。怒ってる。
「それが、最善だ」
「……最善だと?」
「おい、セキューナ……」
「仲間一人居なくなるのが、最善なのかっ!?」
「オリエルさん……」
あぁ、クソ言いたくなかったのに。
俺は、片手で頭を搔きながら言う。
「分かった、分かったよ。理由を言う。だから、有り難いがそんなに怒るなセキューナ」
俺は溜め息を吐いて、3人に尋ねる。
「3人共、自分のレベルの限界値って分かるか?」
「「「・・・え?」」」
だろうな、分からないよな?
「俺はな他人の現在レベルと限界値が分かるんだよ……昔からな」
クラウルは眉を潜めて俺の顔を見る。それが、どうしたんだと言う様に。
「クラウルは今35、セキューナは32、ドミニスは31どうだ?」
3人は困惑したのか、頷く。基本的にこの世界で他人のレベルを調べる手段は、ギルドに置いてある魔石ぐらいだろう。
困惑してるって事は当たりだな。
「そして限界値がクラウル90、セキューナ80、ドミニス90だ」
「……それは」
クラウルの言葉を遮り、溜め息を吐き言う。
「野暮な事は言うなよ?確認済みだ」
セキューナが訝し気に、俺に尋ねる。
「それの、どこが理由なのだ?」
俺は本当に面倒臭そうに、溜め息を吐く。
本当に言いたくなかった。納得させる為の、最終手段。
「俺の現在レベルは29で限界値は30だ」
不定期ですが、気が赴くままに書いていきます。
宜しくお願い致します。