しばしの別れ
ふと目覚めると、そこは見慣れないものの中にいる。
隣から聞こえる寝息の主を見ると、迷子になっていたサティとその母エステリがいて、夕暮れ時のことは夢じゃないと安堵してしまう。
カナメという人間の話は不思議なものだったし、にわかには信じられない。
だってそうでしょう?
この世界とは別の世界から来たなんて、どうすれば信じられるというのですか?
でも、それは現実。
あの、サツマイモというものを焼いた食べ物はこれまで食べたことがないほど甘くて美味しい。
その後に食べたシチューも、知らない野菜がたくさん入っていて、牛の肉までたくさん入っていた。
あんなに柔らかい牛の肉は初めて。
牛の肉なんていったら、農耕で使い潰した牛のことだし、硬くて筋ばかりのものしか食べたことがない。
本当に、本当にカナメはこの世界とは別の世界の人間なのだろうか?
いや、別の世界の人間なのだろう。
でも、どうやってこの世界に来たのだろう?
風の噂に、別の世界から紛れ込んで来た人間がいたとも聞くけど、カナメはそういう存在なのだろうか?
「!?」
外から物音が聞こえる。
私は警戒しながら、テントから顔を出して様子を伺う。
「カナメ様?!」
視線の先には、懐中電灯というものを持ったカナメがいる。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「いえ、そんなことはありません。
私も眠れなかったですから。」
私はそう答え、カナメのところに歩み寄る。
「なにをなさろうとしているのですか?」
カナメの手にある、何か不思議な道具を見ながら尋ねる。
「星を見ようとしただけなんだよ。
コレを使ってね。」
私の視線に気づいたのだろう。
カナメは手に持っているものを、私によく見えるようにしてくれる。
「これは?」
「星座早見盤といってね、星を観察するための道具の一つだよ。」
そう言ってから、
「私の世界と違うから、役に立たないだろうけどね。」
「役に立たないのですか?」
「ああ。それを確認するために持ってきたんだから。」
役に立たないことを確認するため?
何を言っているのだろう?
困惑する私をよそに、
「やっぱり、全然違うものだな。」
感想を漏らしているカナメ。
「こうやって、はっきりと理解できると異世界なんだなあって気になるよ。
私の方が、この世界の常識を理解しないといけないね。」
独り言のように言いながら、カナメは私を見ている。
ここでようやく、カナメの言っていることを理解できた。
カナメは、私たちの常識を受け入れるために、自分たちの世界とは全然違うのだと自身に叩き込もうとしているのだ。
この人は信用できる、私がそう確信したのはこの時だった。
ーーー
「さあ、みんな乗って。」
まだ暗い夜明け前。
軽トラの荷台にエルフたちを乗せ、助手席には案内役のレーアを乗せている。
若い(といっても自分よりも遥かに歳上だけど)女性のエルフが隣に座っているというのは、ちょっとドギマギしてしまう。
だって俺、モテたことないもん。
いや、付き合ってた女性は何人かいたけど、エルフみたいな美形はね。
テレビなんかで見る女優なんかのタレントやモデルなんて、絶対に敵わないだろうなってくらいの美形なんだぜ?
しかも貫頭衣っぽい、隙間の多い服だからちょっと見えそうになってたり(実はちょっと見えたw)するから、ドキマギするなって方が無理。
「少し肌寒いから、毛布を掛けといてよ。」
運転席から荷台のみんなに声をかけると、
「わかりました。」
ラウリが代表して返答してくる。
「じゃあ、出発するよ。」
アクセルを踏み、ゆっくりと進み出す。
「楽ですけど、歩いた方が早いような気がします。」
レーアの言葉に、少しアクセルを踏み込む。
「う、うわぁ!!」
荷台から聞こえる悲鳴と、
「早い!!」
喜ぶサティの明るい言葉。
スピードメーターを見ると、60キロほど。
「走る馬の倍くらいの速度だよ。」
そう説明してレーアを見ると、顔を痙攣らせている。
やり過ぎたかな?
そう思いつつ様子を見ていると、
「こ、これならすぐに同胞が野営している森まで行けますよ!」
こっちを向いて力説してくる。
「もっと早くできませんか?」
とまで言ってくるあたり、おそらくハンドルを握らせてはいけないタイプだと思われる。
「私たちはいいんだけど、荷台の人たちには酷だと思うよ。」
レーアは後ろを振り返る。
「そうみたい、ですね。」
はしゃいでいるのはサティだけ。
他の者たちはあまりの速さに慌てふためいている。
それでも、一〇分ほどすると慣れてきたようで落ち着きも生まれてきた。
「慣れてくると、なかなかに快適なものですね。」
そう、荷台から運転席の自分に話しかけることができるようになったのだから。
まあ、荷台が快適というのはどうかと思うけど。
荷台で、ラウリたちが何やら熱心に話をしているけど、運転している自分のところまでは聞こえない。
悪い話では無さそうだけど。
助手席のレーアはというと、眠ってる。
いや、助手席って眠くなるものだけど。
なにか無防備なんだよなあ。
ハニートラップってことはないだろうけども。
しばらく走っていると、ラウリが窓を叩いてくる。
窓を開けると、
「この辺りで止めてください。
このままこの軽トラで行きますと、余計な刺激を与えかねません。」
そう言ってきた。
そうだろうなあ。
軽トラを知らないエルフたちが見たら、鉄の塊が突撃してきているようなものだろうし。
「わかった。」
そう返事して、ゆっくりと速度を落として停車させる。
荷台に乗っていたエルフたちが降り、自分は助手席に眠ってるレーアを揺すって起こす。
「はっ!?
眠ってしまい、申し訳ありません!!」
慌てて、それこそ平身低頭に平謝りするレーアに、
「いいよ、気にしなくて。」
そう言って笑ってみせる。
レーアと一緒に軽トラから降りると、色々と小道具が入ったバッグをラウリに渡す。
中に入っているのは、ナイフやステンレスのスプーンをはじめとした食器。
自分が異世界の人間だと理解してもらうための道具だ。
これはラウリからの提案で、何某かの物を見せないと理解されないだろうということ。
ラウリたちも、そういう物を見てようやく理解してくれたわけだからね。
一理あると思い、用意したんだ。
それから、
「サティ、これを忘れちゃダメだよ?」
そう言って、お菓子が詰まったバッグを渡す。
「うん!」
サティは元気よく返事をしてくれる。
「一人で食べるなよ?
みんなで分けるんだぞ?」
「サティ、そんなに欲張りじゃないもん!
でも、半分はわたしの!」
いや、それは十分に欲張りだと思うぞ。
頭を撫でながらサティを送り出す。
そして、ラウリたちに向き合う。
「私はあの場所に戻っているから。
貴方たちの話し合いが、私にとっても良い結果になることを祈っているよ。」
そう言って手を出すと、ラウリは私の手を強く握ってくる。
「必ず、良き報告を持って参ります!」
そこまで力まなくてもいいんだけど。
みんなが名残惜しそうに振り返りながら、歩いて行くのを見送ると、軽トラに乗り込む。
「良い結果になった時のために、みんなを迎える準備をしないとね。」
そう口に出したのは、そうだよ不安だったからだよ。
悪いか!
サティやそのお母さんのエステリ。
ラウリやレーアたちとは、良い関係の土台は築けたとは思う。
でも、それはあくまで個人間のことでしかないんだよ。
それが、小さいとはいえ組織相手となると個人間の友誼など、関係なくなることも珍しくない。
最悪、ラウリたちを幽閉なりして自分を討ちにくることだって考えられる。
なにせ、この世界の人間との関係は悪いっていうんだから。
そうなったら、さっさと逃げるしかない。
マイナスのことばかり考えてもしょうがないから、プラス思考でいくのさ。
不安はてんこ盛りだけど・・・。