絶体絶命
異世界に戻ってきた(という言い方もヘンだけど)のは昼過ぎ。
一応、徳さんには報告を入れているんだけど、
「ほう、そんな事があったのか。」
と言われただけ。
ちっとも驚いてないんだよね、徳さん。
サティのことだって、もっと驚いてもいいと思うんだけどなあ。
「隠し子か?」
と揶揄われたりはしたけどさ。
まあ、そんな浮世離れしたところも徳さんらしいっていえば、らしいんだけど。
サティの服装は、赤いシャツにオーバーオール。
シャツにはウサギの絵が描かれていて、それがまたサティの可愛らしさに良くあってる。
服を着せた後、はにかみながらこっちを見た時は萌え死にするかと思った。
話が横道に外れたけど、サティはそれくらい可愛いってことを言いたい。
異世界に戻ってきたけど、テントとかはそのままの状態だな。
置いてった食料も無事。
野生動物もいないのか?
日本なら、すぐに食べられてそうなものもあるんだけどなあ。
魚の干物とか干し肉とか。
無事なのはいいことだと思い直して、徳さんのアドバイスを実践しようと思う。
サティの家族を探すって言ったら、こう返されたんだよね。
「そんだけ広いなら、こちらから闇雲に動くんじゃなくて、見つけてもらうようにすれば良い。」
って。
で、見つけてもらうには焚き火が一番いいらしい。
特に、その煙に色が付いてればなお良いって。
狼煙のような物を連想すればいいって言ってたっけ。
徳さんから聞いた狼煙のあげ方は、まずは穴を掘ってその中に藁とヨモギの葉を入れるっと。
どちらも向こうから沢山持ってきた。
後は、一気に燃え尽きないようにすればいいんだよな?
その横で、サティはサツマイモをアルミホイルで包んでいる。
なんのためかって?
もちろん、焼き芋を作るためだ。
この狼煙を見つけて現れた相手に振る舞うことで、少しでも敵意を削ぐ目的もあったりする。
これも徳さんの入れ知恵。
ご飯を食べるサティの姿を見て、食料事情があまり良くなさそうだと言われたんだ。
だから、他にも食料は沢山持ってきている。
それと、使う機会が無い方がいいけど、武器もいくつか持ってきている。
サバゲーで使ってたエアガンやエアライフルに各種トラップ。
殺傷能力の低いこれで済めばまだいいけど、念のために猟銃も持ってきている。
神代村に移住して、すぐに害獣駆除のための許可を取ったんだよね。
実際に射つ機会は無かったけど。
いや、これからもそんな機会が無い方がいい。
そして猟銃には劣るけど、通販で買ったボウガンもある。
使うことにならないといいなあ。
そんなことを考えつつ、サティを見ると退屈そうにしている。
そりゃそうか。
サツマイモをアルミホイルに包んだら、やることないもんな。
そこで、持ってきたナイフと木切れで竹トンボを作る。
木で作ったけど竹トンボ。
遊び方を教えると、目をキラキラさせて遊んでいる。
昔の子供たちって、こうだったのかな?
サティが竹トンボで遊んでいるうちに、焚火を始める。
もちろん、焼き芋のためだ。
サティが遠くに行かないよう声をかけながら、焼き芋を作っていく。
☆ ☆ ☆
「サティ〜!」
森の中、私たちは行方不明になった幼子を探している。
いつの頃からか、人間たちに闇エルフなどと呼ばれるようになり、闇に仕える者などと中傷されるようになった。
中傷されるだけならまだ良かった。
そのうちに人間たちは私たちを迫害し始めて、住んでいた地域を奪っていった。
迫害された私たちも、ただ無抵抗だったわけではない。
時に武器を取って戦ったが、人間たちは数が多い。
やがて同胞は一人減り二人減り、私たちはジリ貧になってしまった。
結果、私たちは長年住み慣れていた地を捨てなくてはならなくなってしまった。
そして長い放浪の末、一族の巫女様が神の声を預かった。
「東に向かいなさい。
そこには見慣れぬ衣服を纏った人間がいる。
そこで貴女たちは安住の地を得るでしょう。」
と。
その地に向かっている最中、少し目を離してしまった間にサティを見失ってしまった。
人間の目を避けるために森の中を選んで来たのが悪かったのだろうか?
森の中で見失ってしまっては、いくら森の中での生活に慣れている私たちでも探し出すのは難しい。
「サティ、サティ・・・」
サティの母親が、名前を何度も何度も呟いている。
サティの安否が心配なのだろうことが、本当によくわかる。
とにかく、サティには無事でいてほしい。
「おーい!!」
森の外を見に行っていた仲間が、大声で呼んでいる。
「なにがあった?!」
私たちの班のリーダーが、大声で問い返す。
「煙が見えるんだ。
誰かがいるかもしれない。
もしかしたら、サティのことを知っているかもしれない。」
その言葉に慌てて森の外に出てみる。
仲間の指差す方に、確かに煙が立っている。
しかも、不自然な色が付いている。
「もしかして、ここが巫女様が神託を受けた土地?」
私の口から自然にその言葉が出てくる。
「そう、かもしれないな。」
リーダーも、私に同意するように呟く。
「あの煙の出ているところに行ってみよう。」
どのみち確認する必要があるから、この意見に反対することはない。
だけど、
「巫女様への報告は誰が?」
それは誰がするのだろう?
「俺とエステリ・・・」
エステリはサティの母親だから、もしサティがいた時のことを考えれば、同行させることに異議はない。
「・・・アルヴォにエンシオ。
それとレーア。」
私の名前も呼ばれた。
「以上の五人で行く。
イラリは巫女様に報告をしてくれ。
残った者はここで一時待機。
俺たちが明日の朝までに戻らなければ、そのまま巫女様のところに戻れ。」
リーダーのラウリが指示を出して、行動に移る。
あの煙の出ている場所にいるのが、私たちに友好的だとは限らない。
むしろ、今までの人間のように敵対的な可能性の方が高いに違いない。
そんなことも考えるのだけど、なぜだろう?
この胸に湧き上がる高揚感は。
不思議な高揚感に包まれながら、私は仲間たちとあの煙の出ているところを目指す。
少し距離はあるようだけど、私たちの足なら遅くても陽が落ちる前には到達するはずだ。
私たちは走り出した。
☆ ☆ ☆
竹トンボに飽きたサティは、今度は和凧を上げている。
そして隣で自分もあげる。
一人で遊ぶのも寂しいからね。
サティは負けず嫌いなようで、より高くあげる俺を見て、意地になって高くあげようとしている。
まあ、これはこれで、他の人たちへの目印になるからいいか。
それだけじゃなく、時にはドローンを飛ばして周囲の様子を確認したりもしている。
今のところ、ドローン搭載カメラから誰かが来たような様子は窺えない。
サティと遊びながら過ごし、かなり陽が傾いてきている。
「三時か。」
おやつの時間だ。
「サティ、おやつにするから凧を降ろそうか。」
「おやつってなに?」
あ“、サティはおやつを知らないんだった。
「少しお腹が空いたろ?
夕食の前に、少しお菓子を食べよう。」
「お菓子?」
わかりやすく言ったつもりだったけど、この世界にはお菓子が無いのかな?
それとも、お菓子はとんでもない高級品だったりとか?
そこで手元に置いている鞄から、ビスケットを出してサティに渡す。
「???」
なにかわからない様子のサティに見せつけるように、同じビスケットを食べてみせると、ようやく理解したようだ。
サティは恐る恐るビスケットを齧る。
「美味しい!!」
輝くような笑顔とは、このサティの笑顔のことを言うんだろうな。
そんなことを考えながら、
「このお菓子を食べる時間にするから、凧を降ろそうか。」
「はーい!」
素直にサティは応じて、凧糸を巻き始める。
サティはビスケットを一枚食べるごとに、幸せそうな笑顔を見せてくれる。
「そんなに口の中に溜め込んじゃダメだよ。」
俺はそう言いながら、温めた牛乳を渡す。
受け取った牛乳を、これまた不思議そうに見ているサティ。
ビスケットの時と同じように、目の前で飲んでみせると、サティも飲みはじめる。
すっかり寛いでいると、突然サティが立ち上がる。
「どうした、サティ?」
サティは俺の問いかけに答えず、一点を見つめている。
と、急にサティが走りはじめ、慌てて俺もその後を追う。
少しすると、こちらに向けて凄いスピードで走ってくる、サティと同じ肌の色をした女性っぽい人(?)が見えてきた。
ああ、サティの関係者かと思い、速度を緩めたその直後、俺の少し前方に何かが降ってきた。
降ってきたそれは、
「矢?!」
速度を緩めていなかったら、自分に当たっていた。
俺を狙ったものと見るべきだろう。
慌てて追いかけてきたから、手元にあるのはナイフとエアガン、あとはサバゲー用の手榴弾が二つ。
不味いよなあ、相手が一人とは限らないんだから。
嫌な予感というものは良く当たるようで、サティが抱きついた女性とは別に四人姿が見えてくる。
しかも、四人が四人とも矢をつがえて、自分に向けている。
うわあ、絶体絶命ってヤツだよなぁ、この状況って。
どうしたらいいんだ、これは!