神様会議
地球のとある場所。
そこでは各地域の主だった神様たちが集まり、会議を行っている。
だが、会議はなかなか進展を見せず、神様たちは疲労感を隠せない。
特に議長を務めるオーディンは。
「おい、オーディン。
三日あれば、案をまとめられるのではなかったのか?」
隣に座っているゼウスが、そう小声で話しかける。
「俺もそう思ってたさ。
だがゼウス。
誰がてんでバラバラに動いて、さらにやらかしてたなんて思う?」
しかも、それが一人二人ではないのだ。
「それもそうだな。」
二人は大きく溜息をつくが、溜息をついている二人も"やらかした"側なのである。
その二人を見て、不安そうな表情を浮かべる幼い女神。
女神の名はテュラル。
彼女のいる世界は、人型知的生命体が誕生してから二百万年間以上が経過するにもかかわらず、ろくに文明が発達していない。
なんとか鉄器が生産されるようにはなっているものの、それは極一部の地域に留まっており、文化の伝播というものがないのだ。
そのせいか、平均寿命はこの二百万年間伸びておらず、学問の発達もわずかしかない。
そのため、彼女の祖父神は地球の神様たちに助けを求めた。
自分の世界の者たちに、文化を向上させる楽しさを教えてもらうために。
だが、今まで送られてきた地球人はさしたる成果をあげることができず、むしろ状況を悪化させる方向へと進ませてしまっていた。
そのためテュラルの祖父神は事態の収拾にあたるとともに、地球の神様たちに再度の助けを求めて彼女を派遣したのだった。
今度こそ失敗しないよう、大量の要望書を持たせて。
「どうする?時間がないぞ?」
ゼウスの言葉に、参加している神様たちは頷くと同時にそわそわしだす。
「ど、どうされたのですか?」
そわそわしだしている地球の神様たちに、不安を隠せないテュラル。
「あやつが来る頃だからな。
皆、緊張を隠せないんだ。」
ゼウスがテュラルの疑問に答えるが、その声は心なしか震えている。
「ま、間も無く"アマテラス"様が御到着なされます!!」
議場に駆け込んで来たのは、神々のなかで最も足が速いと言われるヘルメス。
「到着予想時間は!?」
「およそ一時間です!」
その報告に安堵する者、早すぎると慌てる者、皆それぞれである。
「随員は?」
まさか暴れ者として悪名を轟かす"スサノオ"ということはないだろうが、確認する必要がある。
もしもの時、アマテラスを宥めることができる、もしくは物理的に抑え込めることができる者であることを望む。
「アメノウズメと、タヂカラオノミコト、そしてテンジンの三者の模様!」
その報告に、大きな安堵の声が漏れる。
アメノウズメならアマテラスを宥められるだろうし、タヂカラオノミコトならその膂力である程度は抑え込んでくれるはず。
そして、テンジンならその知力でもって説得してくれるはず。
「と、兎に角、アマテラスを迎える準備を!
兎に角、皆落ち着いた態度でいるように!」
議長を務めるオーディンが、そう指示を出して慎重な言動をとるように求める。
神々たちは、自身の連れている従者たちを総動員して、アマテラスを迎える準備をしたのだった。
☆ ☆ ☆
議場に入って来た女神を見たテュラルの第一印象は、とても温かい母性を感じる美しい女神。
ただ温かいだけでなく、一つの神族の頂点に立つだけの威厳に溢れている。
その女神アマテラスは議場を見渡したあと、
「珍しいこともあるものですわね。
会議の開始は一時間後と聞いていたのですが・・・」
改めて議場を見渡して参加者の顔を確認する。
「・・・皆が揃っているなんて。」
この言葉に居心地を悪くする神多数。
「た、たまにはそんなこともあるさ。」
そう答えたのはミスラと言う名の神。
「そうね、ミスラ殿が時間より早く来るのはおかしなことではありませんね、契約を司るお方ですもの。」
ホッと安堵するミスラだが、
「ですが、遅刻するのが当たり前のゼウス殿が、開始一時間も前にいるのはとても違和感がありますわね。
しかも、女好きで知られるお方がただの一人も連れ込んでいないということにも。」
この言葉に頬を痙攣らせながら、
「ゼウス殿にも、そのような時があってもおかしくはないでしょう。
たしか、三〇〇年ほど前にもそのような時があったと、私は記憶しております。」
そう応じるが、
「そうですわね。ですがその時は、御細君が御一緒されていたと記憶しておりますよ。
流石のゼウス殿も、御細君が居られるところに愛人を連れてくるなどできなかったと。」
名指しされているゼウスは、涙目になってもうこれ以上突っ込まないでくれと、ミスラに哀願している。
「そうそう、愛人といえばオーディン殿の後ろに控えておられるフレイヤ殿。
貴女の愛人が一人もこの場にいないというのも、随分と不思議なものですわ。」
北欧神話の女神フレイヤは、美しい大地母神として知られているが、それと同時に多情な女神としても知られている。
その性奔放さから、夫オーズに愛想をつかされて逃げられたエピソードの持ち主でもある。
ただ、オーズの存在は彼女にとっても別格だったようで、探し出すために世界各地を旅している。
「私にも、時には節度を守る時くらいありましてよ。」
フレイヤは頰を痙攣らせながら答える。
だがアマテラスは次の標的を定めている。
「ユピテル殿。貴方御自慢の、バックスのお酒が振舞われていないなんて、珍しいですわね。」
バックスとはローマ神話の酒の神であり、ユピテルはローマ神話の主神である。
「そ、それを言うなら、ゼウスもディオニュソスの酒を持ってきておらぬではないか。」
ユピテルの抗議を無視して次の標的へ言葉を向けるアマテラス。
「檀君。いつもなら周りを押し退けてでも上座に座りたがる貴方が、なぜ今日はそんな隅に座っているのかしら?」
名を呼ばれた檀君は、身体をビクッと震わせながら、
「た、たまには、違う風景を見たくてな・・・」
「そう?自分が中心でなければ気が済まない貴方が、そんなことを口にするなんてとても珍しいわね。」
自分の今までの言動を論われて、顔を背ける檀君。
アマテラスがさらに追及を続けようとしたとき、
「わかった!全部話すからそこまでにしてくれ!」
オーディンが悲鳴のような叫び声をあげる。
その言葉に、ホッとした神々多数というより、ほぼ全員。
そこで、この会議が実は三日前から開かれていたこと、そしてその議題がいかにしてアマテラスに事後処理を頼むかという内容だったことを打ち明けた。
アマテラスは眉間を抑え、
「それからそこの貴女。」
いきなり水を向けられ、緊張するテュラル。
「人に頼みごとをしたいのなら、本来の姿で行いなさい。
誰の入れ知恵か知らないけれど、そんなことをしていては聞いてもらえなくなるわよ。」
そう指摘され、
「も、申し訳ありません、アマテラス様!」
慌てて本来の姿に戻る。
それまで幼女と言って差し支えない姿だったのが、人間でいうところの成人前くらいの姿になる。
アマテラスはそれを確認してから、
「要望書くらいは用意しているのでしょう?
見せていただけるかしら?」
そうテュラルに話しかける。
「え?他の神様たちに確認しなくてもよろしいのですか?」
「ええ。報告書を読んでから、確認するから心配しないで。」
「わかりました。では、報告書をお出しします。」
そう言ってテュラルが出した物を見て、アマテラスは絶句する。
「ね、粘土板!?」
そう、粘土板がこれでもかとばかりに山積みになって出てくる。
唖然としてアマテラスは問いかける。
「紙やパピルスとまでは言わないけれど、木簡、竹簡は無かったのかしら?」
「残念ながら、文字を読み書きできるものが少なく、墨やインクのような書きつけるものが使われているのも、極一部だけなんです。」
それでも神ならばなんとかできるのでは、そんな言葉が喉元まで出かかっているが、なんとかそれを押し留める。
おそらくこの女神は、その世界の住人に合わせた文化を見せることで、状況を正しく伝えようとしているのだろう。
そう考えが至ると、文句を言う気にはならなくなる。
「そう、申し訳なかったわね、恥となるようなことを言わせてしまって。」
「いえ、そんなことはありません。」
アマテラスの謝罪とも取れる言葉に、テュラルは慌ててそう口にする。
アマテラスはタヂカラオノミコトが一枚一枚差し出す粘土板に目を通すと、それをテンジンへと回していく。
そして最後の一枚を読んだ後、アマテラスは大きな溜息とともにこめかみを抑える。
「随分と具体的な内容ね。まるで失敗を見てきたかのような。」
アマテラスの言葉に、一斉に目をそらす神様たち。
「例えばこの、現地の者を蔑まない傲慢でない人物を求めるなんて、誰かがそういう人物を送り込んだのかしら?」
一番端に座っている檀君が露骨に目をそらす。
「現地の信仰を否定しない人物を求めるなんて、どこかの一神教の人間でも送り込んだのかしら?」
これには殆どの神様たちが目をそらす。
「野心が少ない人物って、なにこれ?
野心家でも送り込んで、あちらの世界を混乱でもさせたのかしら?
ねえ、オーディン。」
「い、いや、混乱ではないぞ。」
「たしかに、アレは大混乱でしたからなあ。」
オーディンに続いて発言したのは檀君。
自分に降りかかりそうな火の粉を、事前に防ごうという魂胆らしい。
「なにを言うか檀君!
お主が送り込んだ者は、決まりごとを作っても自分は例外だとばかりに無法を働いておったではないか!
それが混乱に拍車をかけたことを忘れたか!」
オーディンの反論を聞き、
「だから、高い規範意識と道徳心を持った人物なんて、こんな要望が入っていたのね。」
疲れ果てたようにアマテラスが口にし、言い争いを仕掛けていたオーディンと檀君は"しまった!"という顔をしている。
「要するに、貴方たちの尻拭いを日本人にさせようと、そういうわけなのね。」
心底うんざりした表情で言うアマテラス。
「ま、まあ、有り体に言えばそうなるかな。」
ゼウスが恐る恐る口にする。
「この十年で、どれだけの日本人を異世界に送り出したか、わかっているのかしら?」
「ひ、100人くらいだったかな・・・。」
答えたのは伏義。
「千人を軽く超えているのだけど。」
即座に訂正される。
「しかも、殆どが貴方たちの尻拭い。
いい加減にしてほしいものだわ。」
アマテラスの立場として当然の言葉なのだが、他の神々にも言い分はある。
「た、たしかにそれは申し訳ないと思っている。
だが、我らには我らの事情というものがあるのだ。」
ユピテルが力説し、それに神々が一斉に頷く。
ユピテルに続いて発言した女神アーシラトの言葉に、その事情が現れる。
「私たちには貴女のところみたいに、信者が殆ど居ないのよ。」
一神教の布教拡大により、殆どの地域で彼らは信仰の対象になっていないのである。
「うちなんか、神なんて迷信だって迫害されてるし・・・。」
残る地域は共産主義の蔓延により、存在を否定されてしまっており信者などカケラも残っていない。
「そんな中でも、なんとかアマテラスの手を借りないよう、頑張ったんだ。」
ゼウスの言葉だが、内容が泣き落としに変わっている。
「我らに引き換え、お主の日本はどうだ?
いまだに一億人以上もの信者がおるではないか!」
日本国民全員を信者というのは無理があるが、それでもアマテラスをはじめとする様々な神の祀られた神社には多くの人々が訪れる。
「俺たちなんて、もはや古代遺跡でしかないというのに・・・」
「最近は世界遺産とかいうのになって、物見遊山の観光客しか来ないし。」
一斉に溜息をつき、アマテラスを見る神様たち。
その視線に、アマテラスはついに、
「わかったわよ!」
そう口にする。
ホッとした表情を見せる神様たち。
「だけど、引き受ける条件は出すわよ。
そこのテュラルにはもちろんだけれど、貴方達にもね。」
そう宣言するアマテラスに、再び神様たちに緊張が走る。
「まずはテュラル。
貴女への条件は、二つ。
一つは貴女の世界への転移・転生ではなく、通路を繋げての移動にすること。
それにはどれくらいの時間がかかるかしら?」
「は、はい、多分、三年くらいかかるかと思います。」
「じゃあ、それまでに人選と、ある程度の教育を済ませておくわ。
それともう一つ。
送り込んだ人間の安全の確保。
当然の条件だと思うけど、どうかしら?」
「それは、私が責任を持ってあたります!」
「じゃあ、貴女との約束は成立ね。」
そうテュラルに言ってから、オーディンらに向き合う。
「貴方方には、向こうの世界で働ける者の候補者を選んで、日本に送ってもらいます。」
「は??」
訳がわからない、そんな表情と素っ頓狂な声。
「当たり前でしょう?
文化・文明の発展と浸透には、人手が必要ではありませんか。」
たしかにその通り。
それだけでなく、アマテラスは失敗した神々の汚名返上の機会を与えようともしていることに気づく。
「わかった。
我らは候補者を選び、日本に送ることにする。
だが、それはいつ頃に送ればいいのだ?」
「それは、準備ができたら合図を送ります。
ただし、送られてきたからといって全員を向こうに送る訳ではありません。」
そこでさらに、アマテラスによる選定が行われるということだ。
それに抗議の声をあげようとした者もいたが、オーディンやゼウスがそれをひと睨みして押さえ込む。
「わかった。その辺りは全てアマテラスに一任する。」
自分たちの尻拭いをしてくれるのだから、そこは任せるしかない。
オーディンは議長権限をもって、そう宣言する。
こうして神様会議は終了した。
☆ ☆ ☆
日本に戻る道すがら、アマテラスはテンジンこと菅原道真に、
「人選は、出来ておるか?」
「はい。候補者を数人選定しております。」
そう言って、道真は数枚の紙を渡しながら、
「特にこの者はおすすめです。」
一番上の紙に記された人物を勧める。
その人物の調書を見て、
「良かろう。この者にしよう。」
そう道真の提案を受け入れる。
その調書の人物の名は、「本山要」と記されていた。
ノクターンの方で、伊勢海老名義で書いている「異世界調教師」と一部だけ重なってていたりします。