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愛し君へ  作者: 玉響
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1.あまつ空なる人を恋ふ:手の届かぬ人を恋う。

とある国の下女の忍ぶ恋。




 暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかな昼下がり。

 頬を優しく撫でる風が心地よく、自然と瞼が降りる。

 今日の仕事は終わった。

 女官長も、本日分の仕事が終われば後は自由にして良いとおっしゃってくれた。

 このまま、心地よさに身を任せて眠ってしまおう、と意識を手放そうとした瞬間。

 風に乗って、ざわめきが聞こえてきた。

 何事だろう?と疑問に思ったものの、眠気が勝って瞼を開ける気になれない。

 聞こえない振りをしよう、眠ってしまおう。

 どうせ、大したことではない。

 そう己に言い訳をして、今度こそ意識を手放そうとした時。


「将軍よ!李将軍が戻られたわ!」


 女官たちの甲高い悲鳴にも似た歓声と共に、複数の足音が廊下を駆けていく。

 その言葉に、湖桂は大きく目を見開いた。


「李将軍がお戻りですって!?」


 急いで立ち上がり、乱暴に扉を開け部屋を飛び出した。

 


 李将軍とは、姓を李、名を昭という。

 大将軍に次ぐ三将軍の下の位にある四方将軍の位についてる青年で、左将軍とも呼ばれている。

 武将といえば武骨なイメージを抱く人もいるだろう。

 しかし、彼はその正反対だった。

 長身で細身な体躯。

 すっきりとした美しい顎のライン。

 端正な目鼻立ち。

 見る者を射抜くような切れ長の瞳は、一見冷たい印象を与えるが、彼の物腰柔らかな穏やかな振る舞いが相手に恐怖を与えない。

 細身の体も、よく見ると筋肉質で無駄な肉がひとつもついておらず引き締まっている。

 戦でも数々の戦果を挙げており、容姿端麗で腕っ節も強いとくれば魅了されぬ女人などいるはずもなく、女官たちから人気があった。

 一目だけでも見ようと、湖桂は必至で足を動かした。

 はやく行かねば、女官の人だかりで姿すら見れなくなる。

 

 


 決死の思いで辿り着くと、懸念していた通りすでに人だかりが出来ていた。


「将軍がご無事で本当に良かった」


「李将軍が盗賊相手に遅れを取るはずがありません。でも、本当に良かった。これでまた毎日麗しいお姿が拝見できるわね」


「しばらくはお休みになられるのでは?しかし、宮中に潤いが戻りますね」


 女官たちの、浮かれた会話が聞こえてくる。

 李将軍は山賊が暴れているという民からの訴えにより、討伐の命を受け都から離れていた。

 

 

 ――毎日か。


 

 その言葉に、湖桂ははぁっとため息を吐いた。

 宮中の女官たちは武官や官吏の身の周りのお世話、使いなどが仕事に含まれているが、女官の下の位である下女の位置にいる湖桂にとっておいそれと会える人物ではなかった。

 極まれに回廊や庭ですれ違い、言葉を交わすだけだ。

 宮廷に下女として入りたての頃、膨大な敷地ゆえに道に迷い困っているところを将軍に助けてもらった。

 それ以来、気にかけてくれているようで顔を合わす機会があれば、声をかけてくれる。

 

 そんな優しい彼に、湖桂は身の程知らずな想いを抱いてしまった。



 ――手が届かぬ、叶わぬ想いとわかっていながら。



 ――恋慕の情を抱いてしまった。



 想うだけならば、自由であろう。

 それ以上は望まない。

 望める身分ではない。

 

 容姿も十人並み。

 洗濯や炊事で手も荒れ、擦り切れている。

 女官たちのように、化粧を施すことも、着飾ることもない。


 煌びやかな世界とは無縁の下女。


 湖桂はぎゅと拳を握った。

 掌に爪が食い込むほど力を込めて。


 馬の嘶き、蹄の音が聞こえる。


 音が近くなる。

 しかし、人が多すぎて小柄な湖桂には意中の相手の姿は見えない。

 

 一目だけ。

 一目だけで良い。


 と強く願った時。


 人と人の隙間から李昭の端正な顔が見えた。


 けがはしていないようで、帰還を喜ぶ女官たちに優しい笑みを向けている。

 


 ――ご無事で何よりです。将軍。



 ――お姿を拝見できるだけで、私は幸せです。



 

 自分に言い聞かせるように、湖桂は心の中で呟いた。


 手の届かぬ人。

 想うことだけ、許してください。


 李昭の姿が視界から消える。

 代わりに映るのは、見知った女官の姿。


「一目だけ。一目だけでもお姿が見れて私は幸せです」


 呟きは歓声にかき消され、誰の耳にも届かない。

 湖桂の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。





 

 

 



 1.あまつ空なる人を恋ふ:手の届かぬ人を恋う。    END

 




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