望んだ出逢い 望まぬ出逢い 2
オレが住んでいるこの町は、西に第一級河川、東に田畑や山がある。 その山の中腹には『あじさい病院』という病院があったのだが、五年ほど前に廃病院となってしまった。
忘れもしない。
オレはその場所で約束を交わしたのだ。
オレは交差点を直進し、山へと向かう。
............
二十分ほど黙々と歩き続け、やがて田畑が見えてきた。
それまでのごく普通の住宅街から一変、田舎のような風景に変わる。
まるで国境を越えるかのような気分で、その住宅街と田舎を分断する車道を横断する。
山から聞こえてくる蝉の鳴き声が段々と大きくなっていく。
やがてその山の麓へとたどり着いた。
『赤染山』と書かれた立て看板の横を通りすぎて、山の頂上へと続く車道を登っていく。
両端のガードレールの外で天高く伸びている木々の葉が、オレに日陰をもたらす。
無心に登り続け、やがて一本道が二手に分かれた。
オレは迷うことなく右に続く道へと進む。
やがてガードレールが途切れ、代わりに紫陽花が等間隔で道路の両端を彩り始める。
その花道を通り抜け、ついに病院へとたどり着いた。
落書きをされてはいるが、それでも覗く白い外壁がとても眩しく感じる。
それは周囲が緑一色だからなのか、それとも拓かれたその場所にだけ日光が注いでいるからなのか
............それとも
病院へと歩み寄っていく。
入口の前に着くと、先程見かけた黒い車がその近くに駐車されていた。
......やはり間違いない。
この車はオレが十年前、件の少女がこの病院を出るその時に見た物だ。
外国に行くその少女を空港まで送り届けるために、少女の両親の秘書が乗ってきた車だ。
さすがにナンバーまでは覚えていないが、この病院にあることから考えて間違いないだろう。
車中に人がいないのは、病院の中へと入っていったからだろうか。
その車から視線を外し、目の前の入口へと向ける。
押戸式の扉を開け、中に入る。
やはりというべきか、建物内は薄汚かった。
不良の類でも夜間に侵入しているのか、所々をスプレーで落書きされている。
「......六階だったか」
入口から入ってすぐの所にある階段を上っていく。
目的の階まで上り、三〇二号室の前へとくる。
静かにそっと扉を開くと、そこには埃を被ったベッドと椅子があるだけだった。
「誰もいないのか?」
そう思った時、後ろでギシッと床が軋む音がした。
慌てて振り向く。
............いた。
そこには、白いワンピースを着て、夏らしい麦わら帽子を被っている女がいた。
見た目はオレと同い年ほどだろうか。
いや、そんなことは分かっている。
大人びてはいるが、確かにその女には、過去にオレが見た少女の面影があった。
その女はスッと麦わら帽子を脱ぎ、オレへと微笑みかける。
「お久しぶりです、勇也くん。私のこと、覚えていますか?」
しばらく言葉が出てこなかったが、漸く言葉が出てきた。
「白峰......千歳......」
オレの言葉を聞いた女は喜びの笑顔を浮かべる。
「! ありがとうございます! ふふ、でも、私のことはシロちゃんと呼んでと十年前にお願いしましたよ?」
そして姿勢を正し、満面の笑みで言う。
「白峰千歳、ただいま約束を果たすべく帰って来ました」