十年後 青年 2
桐花の反論に適当に相槌を打ちながら歩を進めること数分。
背中越しに聞き慣れた声を投げ掛けられた。
「ようユウ! 桐花! どうしたんだよ? 朝から喧嘩なんかして......って、それはいつものことか」
「おはよう、ユウ、桐花」
今話しかけてきた二人の男。
一人はその持ち前の高身長と運動神経を活かし、バスケットボール部で活躍している男
──────山田一馬
後から話しかけてきたのは、今いるこの四人組の中で最も頭脳明晰で、最も気遣いができる男
──────高橋渡
二人とも、オレの小学校からの友人である。
「おう、おはよう」
「おはよう、一馬、渡」
オレと桐花も挨拶を返す。
「で? 二人は何で言い争ってたんだ?」
無邪気な笑顔を浮かべながら尋ねてくる一馬。
その顔は、いつも通りのこちらを茶化す顔だ。
「いや別に。ただ性格悪い悪女を虐めてただけだ」
真面目に答えるのも馬鹿らしいので、そう言って適当にやり過ごそうとする。 しかし、オレの発言が不服だったのだろう。すぐさま桐花が怒鳴ってきた。
「だから違うって言ってるでしょ! あの話の流れで何でその結論がでてくるわけ!? あんた被害妄想が過ぎるんじゃないの!?」
「いやいや、実際に笑ってただろうが」
「だ、だから、アレはそういう笑みじゃなくて!!」
「じゃあどういう笑みなんだよ」
「それは、その......フンッ!!」
オレの質問の何が気に障ったのだろうか。
強烈な蹴りがオレの太ももを直撃する。
「っ!?......何すんだよ?」
「もう知らない!!」
そう言って、オレ達を置いて一人でズンズンと歩き始めた。
ふと後ろを振り向くと、一馬が腹を抱えて爆笑していた。オレが蹴られているのが見れてそんなに嬉しいのか。どんだけオレのこと嫌いなんだよ。
そのまま一向に笑い止まない一馬。
............。
「いつまで笑ってんだてめぇ」
さすがに腹が立ったオレは手に持っていた通学カバンを渡に投げ渡し、全速力で一馬へと駆ける。しかし、さすがは運動部。
一瞬驚いて動きが固まったものの、すぐさまオレから逃れるため、走り出す。そのスピードは凄まじく、文化部に所属していて運動不足のオレには到底追いつけそうにない。
追いつけたとしても、伸ばした手をヒラリとかわされてしまう。
そして舞台は最終局面へ。
渡を中心点としたグルグル追いかけっこが幕を上げた。
「あの......迷惑なんだけど」
渡のクレームも完全に無視して、オレと一馬はしばらく睨み合っていた。
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オレと一馬の追いかけっこは一時停戦となり、三人で登校を再開した。一体どれだけの時間をあんな下らないものに費やしてしまったのだろう。 すっかり桐花の姿は見えなくなってしまっている。
その桐花が通っていった道を、遅れてオレ達も辿っていく。
オレと渡が並んで歩き、数歩後ろを一馬がついてきている。オレを警戒しているのだろうか。
「にしても、何で桐花のヤツあんなに怒るんかね?」
独り言のように渡に問いかける。
「それは......いや、僕からは言わないことにするよ」
訳知り顔で微笑む渡。
何か知っていそうな様子だ。
「なんだ、何か心当たりがあるのか?」
「うーん、あるにはあるけど......ユウにだけは言っちゃダメな気がするからさ」
「オレには言えないこと?」
「まぁ、そっとしといてあげようよ」
そう言って、ニコニコと微笑む渡。
オレには言えないこと......か。
持論だが、人が他人に自分の秘密を言いたくない時には主に二つの理由がある。まず一つ目、その秘密があまりにも羞恥を伴うものの場合。
そして二つ目、聞かせる相手が信用できない場合。
果たしてどちらなのだろうか。前者だった場合は特に何もない。問題は後者だ。
その場合はあまりにも悲しすぎる。
遊びに誘われないうえに信用もされていないなんて辛すぎる。
現に今も目頭が熱くなっている。
「言えないことかぁ。あ、分かった! 実は男の子だったんだよ!」
唐突に一馬が飛躍しすぎた発想を語り始める。
「だってアイツって昔からショートカットだったじゃん! それに私服も女の子らしくないっていうか、こう、機動性重視! みたいな感じだし」
アイツの私服姿は小学生の時以来見た記憶がないが、一馬はアイツの私服姿を知っているのだろうか。
いやしかし、そんな誤解をされては桐花があまりにも気の毒だ。
確かに男の子らしいとはいえ、アイツも一人の女の子なのだ。
「そこまでにしとけよ? こんな話アイツに聞かれたら殺されるぞ」
やんわりと釘を刺しておく。
「いや、でもあり得るって! 多分アイツ、家ではタンクトップ着て筋トレとかやってるんだよ! 鏡の前で上腕二頭筋を膨らませてドヤ顔とかしてるんだよ!」
「ブッ!!」
想像したら吹き出してしまった。そんな具体例を出さないでほしい。
「......だから、ブフッ! もうやめとけってお前......クッフ」
「なんだよお前も笑ってるじゃん! えー、コホン、『え、何? バレンタインにチョコがほしい? ......いいわよ、受け取りなさい。私の腹筋という名の板チョコを!!』」
そう言って、腰に両手を当てて腹を強調する一馬。
微妙に似ている桐花の声まねのせいで、実際に桐花がその仕草をしている姿を思い浮かべてしまった。
板チョコ並みに割れている腹筋って相当だな。
「「うははははははははははは!!!!!!」」
一馬と声を出して笑う。
しばらくして漸く笑いが収まってくると、渡が隣にいないことに気がついた。
「.......あれ、渡は?」
「そういやどこにいったんだろ。おーい渡ーー」
「ここだよ、ここ」
後ろからオレ達を呼ぶ声。
振り返ると、そこには渡が立っていた。
「? どうしたんだよ、そんなところで立ち止まって」
オレがそう言うと、渡は自身の横にある電柱を指差した。
その電柱は、先程通り過ぎたばかりの物だ。
あの時は一馬との話に夢中で何も気づかなかったが、あの電柱に何かあるのだろうか。
先程から渡が何も言わずにジッとその電柱を指差しているのが怖い。
「?」
オレはその電柱に近づいていく。
そして裏へと顔を覗き込ませると、一瞬で顔が何者かに掴まれた。
「き、桐花!?」
額に青筋を浮かべ、凶悪な笑みを浮かべている桐花。
オレの背筋が絶対零度を感知する。
「......いくらなんでも蹴ったのは良くないと思って、謝るためにアンタを待ってたら......随分と楽しそうな話をしてたじゃない」
呪詛のように言葉を発しながら、ミシミシと握力を強めていく。
これはまずい。誠心誠意謝罪をしなければ。
「ま、待て! 落ち着け! 謝る、謝るから!!あ、ほら、売店で何か奢るから!?」
自身の命を守るため、最善と思われる謝罪を選ぶ。
高校生が何かの埋め合わせによく利用するもの、売店での奢りだ。
「......何を?」
スッと手を離してくれた。
しかし、奢るといっても高価な物は無理だ。今は財布に二百円しか入っていない。
.............。
二百円で買えるもの......。
「......板チョコとか?」
またも太ももに強烈な蹴りが炸裂した。