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初めてのお出掛け(ただし脱走)

「よぅし、準備万端!」


 結局、あれから数日待ってみたものの、イングベルト様は未だ戻っていない。

 つまり、私のお出掛け意欲は解消されていないわけで、そしていい加減限界だった。


 我ながら堪え性のないことだと思わないでもないものの、子どもだもの仕方がないね。

 アリシャにはこっそり抜け出さないと言ったけれど、誰にもバレなければ抜け出したことにはならないのだ。

 まあ、色々と不安なこともあるけれど、きっと大丈夫。治安は良いらしいし。


 そうして、着替えや眠っているように見せ掛ける小細工を済ませ、窓から庭へ出る。

 

 ちなみに外出着については、部屋にあった長持を漁って、フードの付いたちょうど良さそうなものを見つけていた。多少丈が短いのは気になるが許容範囲だ。

 あまり装飾のない旅装と思われるそれは、恐らく三年前、領地へ戻る際に用意されたものの予備だろう。


 三年前に作られたもののはずなのに、“多少”丈が短いで済んでいるが、これはきっと成長を見越して大きめに仕立てておいてくれたからだ。

 そう、断じて、三年の間ほとんど成長していなかったということではない。多分。


 先日、アリシャと庭に出て以来、同じように庭へ出る分には止められることがなくなったため、これ幸いと、脱出経路は下調べしてある。

 まともに出入りするには正門しかないけれど、当然、鍵が掛かっているし、邸からも見通しが良いためこっそり抜け出すには適していない。


 ではどうするかといえば、まともじゃないところから出れば良いのだ。

 窓から降りてすぐ目の前の塀を見上げる。


 敷地を囲む塀は、石塀ではあるけれど、一枚石ではない石積み塀で、手足を掛ける場所に事欠かない。

 しかも防犯のための塀というより、敷地同士の区切りでしかないのか高さもさほどなく、恐らく二メートルぐらい。

 それでも、八歳の幼女には高い壁だけれど、理力の使い方に熟れてきた私に死角はない。


「やっ……と、しょっ――!」


 手足に理力を集中させて、石塀をよじ登っていく。握力脚力に補正が掛かれば、体重が軽い分、むしろ身体を持ち上げるのは容易い。

 あっという間に塀の天辺まで辿り着き、そっと向こう側を確認する。


 幸い、真下が川になっていたり、路面が邸より低いところにあるということもなく、問題なく降りられそうだった。

 さすがに全く人通りがないというわけでもないけれど、人通りは少ない。貴族が屋敷を構えるような地域だからだろうか。


 人の視線がなくなる機会を待って塀を乗り越え、石畳の道へ降り立つ。

 道は左右に続いていたけれど、地図もなければ土地勘もないため、どちらを選んでも同じこと。


 市場があるらしいから、そこをとりあえずの目的地としよう。

 飛び降りたときに脱げかけたフードを直しながら駆け出した。


◇◆◇◆◇◆


「うはー……」


 適当に人のいる方向へと歩いていたけれど、どうやら正解だったらしく、市場通りと思しき所にたどり着いた。

 絶えず人や物が行き交い、大層賑やかだ。


 ある程度歩道と車道(といってもガソリンで動く車が走っているわけではないけれど)とに分けられた道は、二頭立ての馬車が五、六台程度余裕を持ってすれ違えるぐらいの幅がある。

 中央部は馬や騾馬らしき動物が牽く車が対面通行していて、道の両脇には軽装から旅装、剣を佩いた人までさまざまな格好の人が歩いてる。私と同じようにフードを被っている人も意外に多い。

 ところで、剣を佩いている人は、いわゆる“冒険者”に見えるけれど、そういう職業もあるのだろうか。いや、それよりも、武装した人が当たり前のように歩いているって、違和感が凄い。

 

 さておき、そんな道を挟んで向かい合う形に商店が並び、店の主人や徒弟が店先で呼び込みを行っている。

 何となく露店が立ち並んでいる印象を持っていたけれど、むしろそういった形の店は少なく、代わりに歩道を歩く人の中で、首から提げたプレートに小間物や軽食を載せて売り歩く人の姿がある。


 さて、ぼーっと立ち尽くしているわけにも行かないので、店先に並ぶ商品を横目に見ながらゆっくり歩き出す。

 どうやら、軒先で売られているのはほとんどが食料品のようだ。

 並んでいる野菜や果物などは、ほとんど見覚えのあるものばかり。邸で取る食事で分かってはいたけれど、“異世界異世界”した食べ物はないのかもしれない。


 私のような子どもが一人で歩いていて、不審がられないかと危惧したけれど、むしろ店先の呼び込みによく声を掛けられる。

 見るからに仕立ての良い服装をしているためか、裕福な家の子どもと思われているらしかった。


 無一文ですけどね、私。

 収入源の確保も課題のようだ。貴族の娘としておかしいことではないかもしれないけれど、イングベルト様にお小遣いまでせびるのは気が引ける。

 確か、私の年齢でも保護者の了解があれば働けるのだったか。

 ……貴族の娘が働きたいと言って、働ける場所があるかは疑問だけれど。


 どうしたものかと考えながら、通り過ぎようとした店の中から、


「明日まで、明日まで待ってください! お金はあるんです!」


 切羽詰まった男性の声が聞こえてきた。


「それはこの前も聞いたよ。ギルドに預けている分だろう? でもあんた、預け証を失くしたって話じゃないか」


 何かトラブルだろうか。

 少し興味を引かれ、見上げた看板には“装身具店”の文字。


 そういえば違和感がなくて気付くのが遅れたけれど、やはりこの世界の文字は、言葉同様慣れ親しんだ文字だった。一から言語を覚える必要が無いのは単純にありがたい。


 格子がはめ込まれた窓から中を覗いてみると、店主らしき人物に向けて青年が拝み倒していた。


「い、いや、それは失くしたわけはなく――」

「ほかに当てもないんだろう? だったら――」


 どうも、青年が装飾品を買い付けに来て、商談が成立したものの、いざ支払いの段になって、資金の準備ができなかったらしい。

 ギルドとか、預け証とか聞こえてくるけれど、要するに、財布を落としたせいで商品の代金が払えなくなった、というようなことだろう。

 損害賠償、なんて話にならないだけ良心的なのではないだろうか。


「分かった分かった! 明日までだ。明日の昼の鐘が鳴るまでに準備できなかったら、別の客に売らせてもらう」


 青年の懇願に根負けしたのか、店主側が折れたようだ。

 ありがとうございますありがとうございます、と平謝りする青年が、店主に追い出されるように店から出てくる。


 ため息を吐きながら手巾で汗を拭うその顔は、心労からか大分くたびれて見える。

 恐らく青年、二十台に行くか行かないかだと思うけれど、どうだろう。


「ん……?」


 おっと、青年と目が合ってしまった。見られたくないだろうところを見ていた自覚はあるので、ちょっと気まずい。

 軽く会釈だけしてそそくさと離れようとしたけれど、


「そこの君」


 何故か呼び止められてしまった。

 声を掛けられては、まさか無視するわけにもいかない。


「はい、何で――」

「君はもしや、僕の窮地を救いに来た神の御使いではないかな?」


 おっと、あまりの逆境に、彼はちょっと頭がやられているようだ。

 変に刺激をすると、我が身が危ないかもしれない。


「――控えめに言って、頭大丈夫ですか?」

「手厳しいね……、まあ冗談なんだけど」

「お話は聞こえてしまったので、そんなことを思いたくなる気持ちは分からないでもないですけれど……」

「それなら話が早い。どこかで見てないかな?」

「見てません」


 即答する。


「もう少し考えてくれても……ほら、それと気付いてないだけで、見ているかもしれないでしょ?」

「いえ、考えるにしても、実物を見たことがないので考えようが……」

「それもそうだね……」


 青年は少し考えて、「このくらいの」と手に持っていた手巾を広げて見せる。


「羊皮紙に商業ギルドの名前と印章が入ってるんだよ」

「はあ、羊皮紙ですか……」


 それだけの情報では、あってないようなものだと思うけれど。

 そんなことにも気付かないのか、青年は一人で盛り上がっている。


「あぁ、でも見つからなかったらどうしよう……。商売を続けられない、っていうか生活できなくなる……!」

「どうしてそんな大事なものを落としたんです?」

「い、いや、落としたんじゃなくて、スられたんだよ」

「スリ? 王都は治安が良いと聞いていますけれど」

「それはまあ、道端で剣を突き付けられて、金を払うか命を置いていくか選べ、なんてことはないけど。いくら王都と言っても、住んでる人全てが裕福なわけじゃないからね」


 浮浪者もいれば孤児もいるさ、と肩を竦めて見せる。

 

「君だって、そんな身なりをしているんだ。他人事じゃないよ、大丈夫かい? 失くしてから後悔しても遅いんだよ」


 実際に失くしたものの言葉は重い。

 ただ、まあ。

「御心配なく。私、お金持ち歩いてませんから」

 お金どころか、衣服以外何も身に着けていない。スられるものがなければ怖くないというものだ。


 え、お金も持たずにこんなところで何していたの、という質問にはスルーを決め込む。


「でも、預かり証なんてスっても、使い道がないのでは?」

「それが目的でスったんじゃないと思うよ。仕舞っていた雑嚢ごと持っていかれてね……。わざと貴重品と分けておいたのが裏目に出たってわけさ」


 なるほど、一応対策はしていたらしい。

 しかし、みんながみんな貴重品ばかりを狙うわけでもない。

 わざと大事じゃなさそうなものを狙う、安全策を採るものもいるだろう。そこまで大事なものでなければ、スられた方もムキになって追ったりはしないだろうから。

 いずれにせよ、運がなかったとしか言いようがない。


「なら、まあ、もしそれらしいものを見つけたら、商業ギルドに届けておきます」

「ほんとかい? ありがとう、お願いするよ……」


 青年は一瞬笑顔になって礼を言ったものの、すぐに死んだ魚のような目になって、ふらふらと歩き去って行く。

 うーん、背中が煤けている。


 見つかるとは思えないけれど、少しぐらいは気に掛けておいてあげるとしよう。

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