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襲来?

 目覚めてから三日が経ったらしい。

 “らしい”というのも、時計という存在を目にしておらず、時間の経過は窓の外が明るくなったり暗くなったりすることでしか計れないためだ(定期的に鐘の音が聞こえてくるけれど、何のタイミングで鳴っているかまでは分からない)。

 太陽(と呼ばれているかは分からない)が一周するまでの時間は、馴染みのある一日二十四時間と差がないと思えるので、生活のリズムが崩れたりはしていない。


 その三日間といえば、実に退屈極まりなかった。


 まず、部屋には何もない。家電がないのは当然として、本すらない。

 窓から見える景色も、邸を囲った壁がすぐ近くにあり、その向こう側は見通せないため代わり映えしない。

 部屋を訪れるのも、エグバートさんと最初に会ったメイドさんだけだ。エグバートさんとは多少会話もできるけれど、メイドさんにはどことなく避けられている気がして、ほとんど言葉を交わせていない。


 とはいえ、いくつかの発見もあった。


 そのいち。お手洗いは水洗式。

 目覚めた初日に手洗いの場所を尋ねたところ、「お部屋で」と言われたときには思わず倒れ込みそうになった。

 断固拒否の姿勢を示したものの、あまり部屋の外に出さないように言われているのか、メイドさんに渋られてしまう。

 病み上がりのため仕方ないとはいえ、尊厳に関わる問題なので「どうしても部屋でというのなら、食事はいりません」と強硬に主張したところ、何とか認めてもらえた。(もしや、メイドさんに避けられているのはこのせいだろうか)


 そんな、“駄々をこねて我儘を通す”という子どもっぽさを発揮して勝ち得たお手洗いは、理術を用いた水洗式だった。

 手洗いの壁に、診察で使ったような木盤が備え付けられていて、中央の鉱石(後で聞いたけれど、この鉱石は“晶石”、木盤は“理晶具”と呼ばれているらしい)に触れると、便器の中を水が流れていくのだ。

 下水もきちんと整備されているのだろうか。されていることを祈りたい。街に出た途端、そういう臭いが漂ってくるのは勘弁だ。


 そのに。理術の才能が(若干?)あった。

 ライエル先生から存在を教えてもらった理術。自分にも使えないものかと、暇に飽かせて試行錯誤をしてみたところ。


 全く使えなかった。

 見たこともなければ使い方すら聞いていないのだから、当たり前といえば当たり前。どうすればいいんだという話である。


 ただ、ライエル先生の話にあった「意識的に理力の流れを操作する」のは割と簡単だった。

 何せ、流れ自体が見えているので、動かし方もイメージしやすい。ふわふわ巡っている流れに方向性を与えるのは簡単だったし、そこまで大きな差はないが靄の厚みを増やすこともできた。

 ……使い道は分からないけれど。


 一つだけ有用と思われることもあった。

 靄を薄くしていくことで、糸状にした理力を周囲に伸ばせたのだ。そうして伸ばした理力は、ほかの理力――つまりは生物に触れると、その存在を教えてくれた。

 簡易式のレーダーといったところだろうか。


 しかし、欠点もあった。調子に乗って、伸ばせる限界まで伸ばしてみたところ、昏倒する羽目になった。

 「生物の身体は理力が維持している」とまで言われるのだ。それを極端に薄くした上で身体から離そうとすれば、不具合が出るのも当然の話。後遺症が出なかっただけ幸いだ。

 これについては、よくある設定だけれど、慣れたら範囲を広げられると信じよう。


 そうして、日々の日課になった理力の糸での邸探検を始めたところ、程なく、二階へと上がってくる人の反応を捉える。

 そういえば、ライエル先生が定期的に様子を見に来てくれると言っていたっけ。

 もう一人はエグバートさんかと思いきや、反応の大きさが少しおかしい。ライエル先生の三分の二程度しかない。

 反応の大きさは、イコール身体の大きさのようなので、この反応だと恐らく子どもだ。

 助手でもいるのだろうか、などと考えている内に、部屋の扉がノックされる。

 少し慌てながら理力を戻し(ちなみに、理力の糸に物理的な障害は影響しなかった)、(いら)えを返す。


「おはようございます、リリ様」

 扉を開けて入ってきたライエル先生。そしてその背中から、ひょこりと顔を出す一人の女の子。

 十二、三歳といったところだろうか。鳶色のくりくりした瞳が印象的だ。


「おはようございます、ライエル先生。そちらの方は――」

 ベッドから降りて、あいさつを返しつつ歩み寄っていくと、


「――やーんっ! ホントにリリ様が動いてる、喋ってるーっ!」

 身を退く間もなく、女の子に飛び掛かられて、がばりと抱きすくめられる。


「え。あれ、ちょ、あの……」

 身長差が頭一つ以上あるため、割と存在感がある気のする胸元に顔が押しつけられるが、ちょっと予想外(胸のサイズのことではない)で為すがままにされてしまう。

 女の子は私の髪の毛に顔を埋めるようにして、頬ずりしはじめる。


 んふーっ、とため息をつきながら恍惚の表情をされるのは、ちょっと怖い。

 あ、ちょっと、匂いを嗅ぐのは勘弁してください。


 女の子の手から逃れようともがくものの、悲しいかな、幼女の身では大した抵抗もできない。

 まさか、こんなところで自分の非力さを感じることになるとは。

 いや、命の危険が迫っているときに実感するよりはいいけれど。 


「――いい加減にしなさい」

 一向に離そうとしない女の子に頭痛を感じているような様子で、ライエル先生が頭を叩いて止めてくれる。しかも拳だ。容赦ない。


 重い一撃でゆるんだ拘束から無事に脱出する。


「大変失礼をいたしました。これは、助手で、不肖の娘のアリシャと申します」

 打たれた頭頂部を押さえて呻く女の子を、ライエル先生は“これ”と指さしながら紹介してくれる。


 助手という予想は当たっていたけれど、まさかの娘さん。やはりこの世界は、受けるイメージのとおり、結婚出産が早い世界なのだろうか。


「いたぁ……あ、はい、アリシャです。どうぞ、お気軽にお姉ちゃんと――い、いえ、アリシャとお呼びください」

 台詞の途中、ライエル先生が拳を握る気配を察して言い直すアリシャちゃん。中々に愉快な子だ。


「はじめまして、アリシャさん。リリ・L・クレイルシルトです。あ、でも、はじめましてではないのでしょうか?」

「はい、ここ一年ぐらい、リリ様のお散歩にお付き合いさせていただいていました」


 お散歩? 意識がないのにお散歩。

 あ、機能訓練か。


「それでは、起きてからさしたる不自由なく動けているのは、アリシャさんのおかげだったのですね!」

 ありがとうございます、と頭を下げる。


「そんなそんな、頭を上げてください! 私がしていたことなんて、言った通り一緒にお散歩していただけですから!」

 アリシャさんは何でもないことのように言ってくれるけれど、そうでないことは想像に難くない。

 何せ、訓練を受ける側とろくにコミュニケーションが取れないのだ。うまくいっているのかも分かり難いし、うっかり何処かを痛めていないか逐一目で確認する必要があるなど、試行錯誤の連続だっただろう。


 出会い頭のあれは、きっと自分の苦労が報われた結果を目にして、嬉しくなったからだろう。きっと。多分。そうだといいな。


「でも、お散歩って……部屋の中をですか?」

「基本的にはお邸の中でしたけど、リリ様の調子が良さそうな日には、お庭にも出ていましたよ」

「今日、私はとっても調子が良いですよ?」


 私の言葉にアリシャさんはライエル先生を見る。

 つられて私もライエル先生を向く。


「分かっています。庭でしたら外に出ても構いませんよ」

 二人分の視線に苦笑しながらも、ライエル先生は頷いてくれる。


「良かったですね、リリ様。では、今日も一緒にお庭をお散歩です!」

「やたっ!」

 思わず両手を上げて喜んでしまう。

 そんな私の様子に、そんなに嬉しいのですか、とアリシャさんが笑う。


「その、起きてから特にすることがなかったし、外には出られなかったので……」

 ちょっと恥ずかしい。いや、子どもらしさが出ていて良かったのか。


「あまり無理してはいけませんよ? いくら定期的に運動していたとはいえ、身体が弱っていることに違いはないのですから」

「はい、もちろん分かっています」


「大丈夫だよ、お父さん。私もいるんだから」

 アリシャさんは胸に手を当て、自信有り気に請け負ってくれたけれど。


「……アリシャは、あまりリリ様を困らせないように」

 ライエル先生のその言葉に、そっと目を逸らしたのは何故でしょうね。


 ……不安だ。

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