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目覚め

 身体をまさぐられる感触で意識が覚醒する。

 すわ、夜這いか!? と思ったものの、そんな相手がいないことに思い当たって即ヘコんだ。

 どうして目覚めて早々、落ち込まなければならないのか、と思いつつ目を開けると、


 ホワイトブリムを着けた、30代後半と思しき女性と目が合った。

 西洋の家政婦、いわゆるメイドである。


 ……困った。予想外過ぎて言葉が出ない。

 声を出しあぐねていると、メイドさんが動く。

 ふいと目を逸らして、何事もなかったように、目が合うまでの作業に戻っていく。


 どうやら自分は、メイドさんに身体を拭いてもらうサービスを受けているようだ。

 いつの間にそんなお店に入ったのだろう。いやそもそも、そんなお店が存在するかも知らないけれど。……本当だよ?

 大体、自分の好みはもう少し若い方……それはさておき。


 そんなことを考えている間に、メイドさんの清拭は手際よく進む。

 途中、拭われている自分の身体を見て(ちなみに、かぼちゃパンツ一枚の状態だった)、とある衝撃的な事実を発見したけれど、頭の片隅に追いやっておいた。とりあえず今は、目の前のことに対処しよう。


 メイドさんの手が、当たり前のように、残った最後の一枚に掛かる。

 さすがに、誰とも分からない人に全裸に剥かれるのには抵抗があるので、待ってもらうことにする。


「あの、そこは自分でできますから、大丈夫です」

「――――っ!?」


 声を掛けられたメイドさんが、もの凄い表情でこちらを見る。

 何だろう、この、お化けでも見たような表情。このタイミングで声を掛けるのは、やってはいけないことだったのだろうか。

 それとも、もっと他に言うべきことでも……あ。


「ごめんなさい、あいさつの方が先――」

「――し、失礼いたしますっ!」


 メイドさんは、こちらの言葉を遮るように勢い良く頭を下げる。

 そしてそのまま、こちらを見ることもなく部屋を出て行ってしまった。


 ……いや、こんな格好で一人残されても困るのだけど。メイドの職務的に、お世話している相手を、ほぼ全裸で放置していくのはどうなのか。

 そう愚痴ってみても状況は変わらないので、とりあえず体を起こしてみる。

 お世話されていたこともあり、体を動かせない寝たきり状態だったらどうしようとも思ったけれど、幸い起き上がれないということもなく、少し怠さを感じるものの思った通りに体は動く。


 小さな手のひらに細くて短い手足。平坦な胸板に、くびれも筋肉の“き”の字もないお腹回り。

 どこからどう見ても、子どもの身体だ。

 記憶にある限り、目が覚める前の自分は成人男性だった。確かに、そんな男らしい身体をしていたわけではないけれど、さすがにこれはない。

 ため息一つついて体の力が抜けると同時、一房の黒髪が肩口から零れてきた。自分の太ももまで届く長い髪が。


 ははは、まさかそんな。自分は、日焼けを全くしていない白い肌の、ぷにぷにした身体つきをした、ちょっと髪を伸ばしてかぼちゃパンツを穿いた、“男の子”のはずだ。

 恐る恐る、見ないようにしていた、もこもこしたかぼちゃパンツの中を確認してみれば、


 そこには、生まれたときから一緒で、長年連れ添っていたはずの、あるべき身体の一部がなかった。


◇◆◇◆◇◆


 認めたくはないものの、どうやら自分は、幼女の身体になっているらしい。

 これは噂に聞く、“異世界転生”というものだろうか。特にトラックに轢かれたような記憶もないし、神を名乗る怪しい存在とも遭った記憶はないけれど。

 しかし、異世界という点はどうだろう。

 先ほどのメイドさんが話した言葉は慣れ親しんだ言語だったし、部屋の雰囲気も時代が少し戻ったような印象は受けるけれど、特に“らしい”ものは見当たらない。

 外の景色も同じようだ。ドラゴンが飛んでいるとか、妖精が飛んでいるとかもない。

 窓にはガラスが使われているが、完全な無色透明ではなく、やや濁って歪んでいる。薄く伸ばす技術がないのか、結構な厚さだ。


 端的に纏めると、「時代を少し戻って、外国のどこぞの御令嬢と中身が入れ替わった」というのが一番しっくりくるだろうか。いやでも、それだと言葉の説明がつかないな。


「失礼いたします」

 突然の声に振り向いてみると、メイドさんが開けたままにしていた入口の向こう側に、燕尾服を纏った初老の男性が見えた。

 メイドの次は執事ですか。まあ、そうですよね。


 さて、自分の立場はさっぱり分からないままだけれど、声を掛けられた以上は返答するのがマナーというもの。ちなみに、目覚めたままの姿でいるのは憚られたため、近くに畳んで置かれていた服を拝借して装着済みだ。


「――はい、どうぞ」


 あ、やっぱり驚くのか。

 さすがに、メイドさんほどあからさまではないものの、私の(いら)えに驚きの感情を滲ませた表情で執事さんが歩み寄ってくる。

 何か口を開きかけるが、こちらが見上げていることに気付いて膝をついて目線を合わせてくれる。気遣いのできる人のようだった。職業柄当然なのだろうか。


「執事のエグバートでございます。御身体に障りは――痛いとか苦しいとか、そういったことはありませんか?」

「はい……、特におかしなところは」

「それは何よりでございます。では、最近のことは、覚えておいでですか?」


 返答に困る。最近のことどころか、この体の名前も覚えていない。


「……いえ。正直、霞が掛かったように曖昧で……」

「……無理もありません。リリ様は三年の間、御身体を患っておられたのです」


 リリ様。この話の流れで、別人の名前が出るわけはないから、これが自分の名前だろう。

 いや、それよりも。


「三年? 三年間、眠っていたということですか?」

「いえ、眠っていたというわけではないのですが……」


 どことなく歯切れの悪い答えが返ってくる。単純に寝たきりだったというわけではないのだろうか。

 確かに、三年寝ていたにしては栄養状態も、身体の動きも悪くはない。


「今、医師を呼びに人をやっております。御身体のことはそのときに詳しく」


 それからエグバートさんは、少しだけ私の周りの状況を教えてくれた。


 私ことリリは、百五十年ほど前の戦で爵位と領地を賜った“クレイシルト家”の一人娘として、八年前に生を受けた。

 生まれたのは、当主が国王に目通りする際などの滞在用に使用される、王都にあるクレイルシルト家の別宅らしい。

 この国の貴族は生まれてすぐ、国教であるルーテリーア教の教会で名前を授かる(洗礼名のようなものだ)ことになっていて、領地との距離に関わらず出産は王都で行うのが通例のようだ。教会自体は各町に大小差はあれど一軒はあるため、別段王都で出産する必要はないけれど、やはり不測の事態を考えると医療水準の高い王都で、となるらしい。

 ちなみに、私の洗礼名は“L(エル)”。本名は“リリ・L・クレイルシルト”になる。頭文字しか分からないのは、洗礼名が実際に何という言葉になっているかは、教会と両親、そして本人しか知らないためだ(当然私は覚えていない)。

 そうなると両親に聞くしかないのだが、今はどちらも不在とのこと。クレイルシルト家の本領には知らせが出たそうなので、数日程度で何かあるだろう。

 それにしても、病に臥せっている娘を一人残していくというのは、この世界では当たり前のことなのだろうか。

 さておき、それから五歳の誕生日を迎えたところで病に罹り、会話もままならない状態で改善の兆しもないまま、今に至っていたそうだ。


「しかし、正直信じられません」

 一通りの説明を終えたエグバートさんが、呆れとも感嘆ともつかない声を上げる。


「リリ様は、今の私のお話した内容を、しっかりと理解していらっしゃるご様子」

「そう、ですね? 恐らくは大丈夫ではないかと」

 とはいえ、別段難しい内容だったわけではない。一般常識の範疇だろう。


「確かに、今のお話は難しい内容ではありませんが、リリ様の御歳を考えますと……」

 おおぅ……。そういえば私は、八歳(三年臥せっていたことを考えれば五歳)の幼女だ。


「い、いえ、それは……エグバートさんが分かりやすい説明をしてくれたからで!」

 ということで誤魔化しておこう。

 幸い、タイミング良く、お医者の先生が到着したとの知らせが届いたため、エグバートさんもそれ以上話を続けることはなかった。


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