銀色の彼女
僕はダンボールに入った銀色のかたまりに手を触れた。
うねうねと液体のように歪んで、人の形になる。
「君は誰?」
銀色のかたまりは、うねうねしている。
「君は僕の何?」
銀色のかたまりは、答えない。
僕は「人」の意味を与えただけにすぎない。
僕は君を彼女にしたい。
僕達は番号を割り振られ、どのような人間か評価され、規定されている。
衛星を通じて、僕達は常に監視されている。優秀なコンピューターが、僕達のすべてを規定しようとする。年齢、性別、名前、職業、出生地、出身地、生年月日、種族、趣味嗜好などのあらゆる価値観を含めて、僕達のありとあらゆるものが分類される。
でも、僕は君を僕だけの彼女にしたい。
だから僕は君に意味を与えなければならない。
女物の服は持っていない。
僕は通販で女物のコスプレ用と思われる制服を購入する。
銀色のかたまりは何も語らない。
しばらくして、制服が届く。
銀色のかたまりに制服を着せると、僕の想像する女子生徒ができあがった。
ひらひらのミニスカート、長いポニーテール、ブラウスに包まれたふわふわした女子の身体、黒のニーソックス、どれもこれも僕の彼女の構成要素だ。
「君は僕の彼女だ」
彼女はうなずいた。
彼女は僕を抱きしめる。
僕も彼女を抱きしめた。
彼女は、血が通っていて、暖かかった。
「君は誰?」
彼女は小首を傾げた。
「君は彼女だ」
彼女を規定するのは僕であって、僕以外の誰でもない。
僕がキスをしようとする。
「あっ」
衛星から放たれた熱線が僕の彼女の胸を焼いた。
人間が独りで人間をつくることは許されていないのだ。
僕の彼女は僕の価値を失い、どろどろと溶けていく。
残されたのは僕と、破れた女物の布地と、銀色のかたまりになってしまった僕の彼女だけだった。
僕は嫌気がさして、銀色のかたまりを全部飲み込む。
僕の身体はうねうねと歪み、衛星から放たれた熱線で胸を貫かれた。
僕は価値を失い、どろどろと溶けて、銀色のかたまりになってしまった。
ダンボールの中へと這いずり、誰かが意味を与えてくれるのをじっと待つ。
でも、無駄なことだ。誰も僕のことを理解できないのだから。(了)