爆弾処理権
「ここが訓練施設です。電話ボックスみたいでしょ?」
長官が案内した場所に、なるほど人一人が座って入れるような、小さな長方形の箱が何個も用意されていた。その扉のいくつかには『訓練中・注意』の札が吊り下げられている。
「中には更に二つの『小箱』と匂いを嗅ぐための穴があって、それぞれ蓋にスイッチが用意されています。『本物の爆薬に似せた匂い』がどちらかを当てると、箱から『餌』が出てくる仕組みです」
「なるほど……」
曖昧な感想を漏らして、私は口を噤んだ。きっと中にいる彼らは、自分達が爆弾の探知のための訓練をしているとは夢にも思っていないだろう。ただただご褒美の『餌』欲しさに、スイッチを選択しているだけだ。ここを出た時に始まる『本番』の意味も、彼らには理解できないままかもしれない。訓練と同じように、何も知らずに『餌』を求めて匂いに向かっていく彼らを思い浮かべて、私は目眩を起こした。隣にいた妻が、不安そうに長官に尋ねた。
「あの、ウチの太郎ちゃんは……大丈夫でしょうか?」
「ええ。勿論。ちょうど今四号室に入っているはずですよ」
そう言って長官は私達を右から四番目のボックスの前に案内してくれた。小窓をそっと覗き込むと、真剣な表情で床に四つん這いになり、二つの箱の匂いを嗅ぎ比べている太郎の姿が見えた。まるで犬みたいだな、と私は心の中で呟いた。妻が声を詰まらせた。
「太郎ちゃん……頑張って!」
「お母さん、安心してください。彼は優秀な訓練生だ」
暗い顔をする私達に、長官が胸を張って白い歯を見せた。
「息子さんは必ずや、立派な『爆弾探知人』になりますよ」
長官がそう言ってくれたので、私達も顔を見合わせ、ようやく胸を撫でおろした。