記憶のカケラ
小説家になろう2作目は、中居正広さん主演のシリアスドラマ「砂の器」にインスパイアされて執筆する運びになった初のサスペンス系小説です。運命を背負って孤独に歩き出す…そんな主人公の様子を最後まで見守ってくだされば幸いです。
彼は泣いていた。がらんとした彼の部屋で、何をするでもなくベッドに座って泣いていた。なぜだろう、なぜこんなに涙が溢れて止まらないんだろう。
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幼い頃から作文コンクールを総ナメするほど文章の才能に秀でていた彼は『既成事実を元に作文を書くのではなく、ありもしない事を夢見て小説を書こう』と自ら小説家を志し、大学を卒業してからは一般企業で働く傍らで同人的に小説を書き続けていた。
そして2年前・28歳の夏、デビュー作である「太陽」が瞬く間に大ヒット。その年の芥川賞を受賞し、無名の新人___塚山友希は世間にその名を轟かせた。太陽は昨年映画化もされ、遅咲きながらも名実ともに名作家の仲間入りを果たした。
当然、一度世に出した作品がヒットすれば世間は次回作を期待する。今回と同じくらい、またはそれ以上のクオリティの作品を。
しかし、彼は嘆いていた。己の無力さ故の虚無感、脱力感に襲われていた。「太陽」に次ぐ新たな作品を、新しい息吹を生み出さねばならない事ぐらい百も承知だ。でも、どれだけパソコンと対峙しても文字が打てないのだ。単にアイデアが浮かばないという訳では無い。「書けない」のだ。
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「大丈夫?もう3日も水しか飲んでないじゃない」
同棲している婚約者の麗奈が心配そうに問いかける。
ああ、そういえばもうそんなに長く篭っていたんだっけ。心でそう思った彼は、彼女に声を掛けられてやっと久々に部屋を出た。
リビングに向かうと、食卓の上にトースト、スクランブルエッグ、ウインナー、サラダ、温かいスープとコーヒーが用意されている。香ばしい湯気を感じ、朝の気配が全身に染み渡る。
「ねえ友希、そろそろあれから20年よね」
あれから…?何の事だろう。
「お父さんもお母さんも、友希がお墓に来て手を合わせてくれるのを待ってるんじゃない?おせっかいを焼くつもりは無いけど、せめて節目の今年くらいは…」
あれから……20年………両親…………
俺の父さんは、母さんは………
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遠い日の記憶が一瞬で脳裏に浮かんだ。
「友希なんていなきゃ良かったのよ!!あんたが生まれてきたせいで余計苦しくなったの!!!!」
「俺はお前も友希もいらねぇ、ただ女の体があればいいんだ。女とヤれればそれでいい」
「私を何だと思ってたの!?」
「性欲処理の哀れなダッチワイフだ、でも頼んでもないのにそんな哀れな機械から生まれて来やがった友希はゴミ以下だけどな!!」
友希を思い切り何度も何度も蹴りつける、大柄な男。そして彼が出て行った後、慟哭しながら力ずくで友希を平手打ちする細身の女。凄まじい光景が友希の頭に映し出されている。
この2人こそ紛れもなく友希の実の両親である。しかし、2人は結婚していない。
交通遺児として育った母は親戚の元に引き取られたものの、小学生時代からのいじめによる心的外傷により幼い頃からやさぐれた生活を送り、ある時、暴力団の組員であった父(父と言うべきかは疑問だが)から半ば強引に関係を迫られ、結果として友希が産まれた。
仕方なく同棲をしていたものの、性的接触をする事だけが目的だった父は友希に対しての愛情が一切無く育児を手伝わず、同じく母も母性が湧いて来ず、2人とも友希に笑顔で接する事は一度たりとも無かった。度重なる2人の暴力でできた顔や腕にできた傷やアザも、周囲に怪しまれないようガーゼでうまく隠されてきたので市役所は児童相談所、警察の目に触れる事は無かった。
そんなある日、友希が朝目を覚ますといつの間にか病院のベッドに横たわっていた。普通に一晩眠ったつもりが、数日間も起きなかったらしい。目覚めるのを待っていた病院の医師や看護師、警察官が口々に「ああ、良かった」「やっと目を覚ました」などと言っているのが彼の耳に入った。
友希はいまいち何が起こっているのかわからずにぼーっとしていると、見知らぬ中年の女性が声を掛けてきた。彼女は孤児保護施設の施設長で、言いにくそうに少しうつむきながら優しい声で語りかける。
「君が、友希くんだね。君は今日から、私達と一緒に暮らしましょう。【つくつくぼうし】っていう場所があってね、そこには友希くんと同じくらいのお友達がたくさんいるの。私はその場所の先生みたいなものね。残念かもしれないけれど、君はもうご両親とは暮らせないのよ。お父さんとお母さんは……死んでしまったわ。明日になったら、一緒につくつくぼうしに行きましょう」
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バン!!!!
テーブルを思い切り叩く音が響き渡る。その衝撃で、スクランブルエッグの皿に乗せられていたスプーンが床に落ちる。
「その話はしないでくれ…」
「どうしたの?私はただ…」
「黙ってくれと言ってるだろ!!」
友希は思わず怒号を上げた。あまりに突然の事に麗奈は呆然としている。
一呼吸置き、冷静さを取り戻した友希は、拳を震わせながら堪えるように静かに言う。
「俺は…使命を背負って孤独に生きていくんだ…例え麗奈がいようと、俺は自分で敷いたレールの上をひたすら走るだけなんだ」
「だから軽々とそんな話はしないでくれ…頼む…」
麗奈は泣いている。友希もいつの間にか涙を流していた。
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その日の夜。仕事が終わり帰宅した麗奈に彼はまず朝の事を謝った。取り乱してしまった、申し訳ない。鎮痛な面持ちでそう告げた。優しい彼女は無言で微笑みながら頷いた。そして、そんな彼女にこう切り出す。
「旅に…2人で、旅に出たい」
「旅?どうして?」
彼女は当然の反応を見せる。彼は冷静に答える。
「両親が死んだ理由、俺がいま新作を書けない理由、俺が孤独に生きる理由……そのカケラを探す為さ」
「カケラ…?」
そう、『理由のカケラ』を探すため____。
友希と麗奈はたった2人で、彷徨うように旅することを決めた。2人の旅は、たった今始まったばかりだ。
「砂の器」では宿命という言葉が全編を通してテーマになっていますが、その二文字には文字数以上の意味が込められているような気がしてならないのです。【宿命】に対する自分なりの解釈を綴ったのがこの「Bygone days」になります。
Bygone days_つまり過去。失われた過去のカケラを、パズルのピースを探すように求め歩いていくこの物語が、少しでも多くの方に読まれることを願っています。