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第一章 その1 闘争開始

 そこは寂れきった廃工場に見えた。

 光のない、割れた電灯の下。薄暗がりに見えるのは、うずたかく埃の積もった工作機械の数々。それら全ては脂気も抜け落ちて、錆び付いてしまっている。

 これまでに、どれほどの静寂がその空間を支配していたのか。

 工場の隅にあった、蝶番のひとつが外れて傾いた扉。

 ──突如としてそれが、けたたましい音をたてて弾け飛んだ。埃を巻き上げてがらんと転がる哀れな扉、それが塞いでいた向こうの空間に見えたのは、扉を蹴り飛ばしたとおぼしきコンバットブーツである。

 ぬう、と。扉枠を超える大きな影が、工場の中へ潜り込んでくる。

 それは筋肉そのもので形成されたような、黒人の大男であった。

 腕の筋肉は太く隆々として、山脈のような肩の肉に首が埋もれている。胸板もひたすらに厚く、両脚はまるで丸太のようだ。迷彩ズボンの太股がぱんぱんに張りつめて、ちょっとした岩くらいなら蹴り砕いてしまいそうな威容がある。壊れかけのアルミ扉など、ひとたまりもなかっただろう。

 男の手には鉄パイプが握られていた。彼は、それを掲げ上げると──。


「おい、どこにいやがるっ! さっさと出てきやがれっ!」


 苛立たしげに叫んで、手近な壁をぶん殴ったのだ。

 響く鉄の悲鳴に、だが応えるものはない。

 舌打ちをして、男は工場のなかへと歩を進めていく。

 ──廃工場に明かりはない。

 立ち並ぶ工作機械や棚の奥。暗く薄い闇が、そこかしこにわだかまっていた。

 機器の影。あるいはまた奥にある、古びたドアのその向こう。

 ──果たしてどこに「敵」が隠れているのか、判然としないその空間で。

 それなのに男は何を恐れることもないのだ。

 一つの肉塊が悠々と歩む様は、まるで野山を縄張りとする熊が徘徊しているようだ。

 おまえらそこをどけ、弱者は目障りだ、邪魔だ――と。

 男の屈強な体躯は、そんな威圧感を周囲に振りまいていた。


「……へ」


 と、彼の眼がふと床に止まり、その口が歪な笑みを描く。視線の先、床の埃を蹴って進んだのだろう足跡が点々と続いていた。

 小さな足跡である。まるで、子供のような──。

 足跡が吸い込まれているのは、工場の片隅にある古びたドアだ。男の鉄パイプが、そのドアを叩く。耳朶を揺さぶる金打音と、それに紛れて。


「ひっ」


 ──と。

 小さな悲鳴がドアの向こうから漏れたのを、男は聞き逃さなかった。

 耳を澄ませる。かすかに聞こえるのは、怯えきった息づかい。

 それは腹を減らした肉食獣を目の前に身を潜め、通り過ぎてと必死に願う獲物の吐息だ。


「こそこそと……こんなところに隠れてやがったのかぁ!?」


 暴力的な男の脚がまた扉を蹴り破る。もうもうと埃の舞うそこは、雑多な部屋だ。

 壁際に棚が並べられ、段ボールが部屋の隅に積まれている。工事に使う三角のコーンや、ロープ、セメント袋。塗料缶などなどが押し込められている。

 倉庫であったのだろう、その部屋の、片隅に。

 ──少女が一人、怯え、震え、座り込んでいた。

 ――へえ。と。男の内側に潜む獣が、舌なめずりをした。

 年の頃は十六、七くらいだろうか。突如乱入してきた大男に怯えきったその姿はまるで罠に掛かった兎のようだ。

 ──「敵」には見えない。

 あるいはこの工場に住みついていた家なき子だろうか? 着ているものはボロボロで、陽光を浴びたこともないような白い肌が、どこかなまめかしい。

 鎖骨は痛々しく、首筋のラインはたおやかだ。乱れた黒髪は長く、整えれば、さぞや少女の白い肌を飾り立てることだろう。

 細く華奢な四肢。触れれば壊れてしまいそうなその可憐は、未成熟のにおいを青く立ち上らせている。

 グビリと。

 男――ジャクソン・クルーズの喉が鳴った。

 この「島」に連行されて、もう何ヶ月が経過しただろうか。その間に抱いた女と言えば、どいつもこいつも肌にシミの浮き出した、自分の母親みたいな年齢の売春婦ばかり。ろくすっぽ持ち金のないジャクソンでは、その程度を買うことしかできなかったのだ。

 だが、目の前の少女はまさしく好みのドンピシャだ。

 ジャクソンの好みとは、男を知らず、童話の妖精を信じているような、純真無垢な幼童であった。そういうものを、いたぶり、股ぐらを貫いて、犯す。犯しまくる。

 それはジャクソンにとって最上級のご馳走だ。

 ――未成年者連続強姦。

 彼の毒牙にかかったその被害者数は、判明しているだけで五十人を超え、いまだ行方すら知れない少女もまた数多いる。

 その罪科こそがジャクソンをこの忌むべき「島」に引きずり込んだというのに──彼の脳に懲りるという言葉は印刷されていないのだろう。めきめきと股間を膨らませて、獲物を嬲るようにゆっくりと、怯える少女へ近づいていくのだ。


「あ……あう、うう……な、に、なんで、すか……」


 青ざめた顔、腰が抜けてしまったのか、しゃがみ込んだまま怯えきった顔で見上げてくる少女に劣情を掻きたてられる。


「よぉ、お嬢ちゃん? こんなところで何をやってんだ?」


 優しげに絞り出す声に滲む、爛れた情欲を抑えきれない。

 血走る目に射すくめられ、なおさらに少女は身を縮こませるのだ。


「わ、私は……ここに、住んでて、その、あの……」


 たどたどしく、泣きそうな声。ああ、ああ、ゾクゾクする。

 ──もう、たまらねえ。このままじゃ見ているだけでイっちまいそうだ。


「ひゃははははっ!」

「っ、ひぃっ! きゃぁああっ!?」


 少女の細腕を掴み埃まみれの床に引きずり出す。ひどく、軽かった。

 汚れた床に散華する黒髪。少女の上に覆い被さる。


「やあっ……やめ……やめ、て……」


 首を振って暴れるも、少女に小山のような男をはねのける力などあるはずもない。

 見開いた黒い瞳は涙に濡れて、宝石のような輝きを放っている。

 あまりにも整った顔つきである。こんなにも見目麗しい少女がこの島で生きてきたのなら、乱暴されるのも初めてではあるまい。それに耐えられなくて、街から出て、こんな人気のない所で生活をしていたのだろうか。

 襤褸のような服を掴む。ジャクソンの豪腕は、それを無造作に破り捨ててしまった。


「いやぁぁああああぁあああっっ!」


 小気味良い金切り声が耳朶の奥へと突き刺さる。

 ああ、良い声だねえ──と。その妙なる調べに耳を傾けるジャクソンの眼球は少女の乳房に吸い付けられていた。小ぶりのお椀のような乳房。これから先の成長を予感させる、ツンと頭の跳ねた、小生意気な盛りの乳肉である。

 先っぽが綺麗なピンク色であるところもまた、たまらなくいい。

 合格だ。この少女に、溜まりに溜まり濁りきった肉欲をぶちまけるとしよう。


「──っ、いたっ、いっ……!」


 ジャクソンの無骨な指が未熟な乳肉を乱暴に揉みしだく。

 吸い付いてくるようなきめ細やかな肌である。


「ひひっ……たまんねえなあ、おい……」


 ジッパを降ろす。びいんと突き出される、血の滾ったそれは凶悪であった。ただ、少女を壊すためだけのものに見えた。

 これまでの被害者もそうであったように。

 みんな、泣いて喚いて肉を裂かれて悲鳴をあげてのたうって。


「さあ、俺を愉しませてくれよぉ……ッ! くひひっ……くひひひひ――――――」


 脳髄に反響する悲鳴は過去の被害者の奏でる音楽。またそれを味わえると涎を垂らす。


「っひぎっ! い、いたい! いたいよぉっ……!」


 少女の黒髪を掴み持ち上げた。ぶちぶちと髪の千切れる感触もまた心地よい。


「さぁて、まずはしゃぶってもらおうか。お前のその可愛いおクチでよぉ?」

「いや……いやぁ……」


 ふるふると首を振る少女にそれを近づけていく。その可憐な唇に触れようとしたその瞬間。

 ぞくりと。

 ジャクソンの背筋に恐ろしく冷たいなにかが駆け抜けた。

 少女の瞳に浮かび上がる、黒いものを視認して。


「くす」


 それまでの怯えようが嘘みたいな、氷じみた眼球がその面貌に填っていた。

 そして――灼熱。


「――っ、ぎっ!?」


 焔に炙られているかのような灼熱が股間に発生。慌てて、そこを確認する。

 なかった。


「あ、お、俺、俺の、俺の――――っ!」


 そこは、断たれた丸枝のような面を晒して、小便の代わりに血を垂れ流すだけだった。

 それを視認した瞬間に、現実を認識した瞬間に。さながら焼け火箸を股間に突き刺したような激痛がジャクソンを貫いたのである。


「っ、ぎゃぁあぁあっ! い、いてえっ、いてぇええっ!」



 悲鳴をあげながら少女の上から転がり落ちる。股間を押さえてのたうち回る。

「俺の、俺のが。ねえよ、ねえよぉっ! あ、あぁああっ!」

「くすくす。くすくすくす――」


 おどろに黒髪を乱れさせ、立ち上がる少女は幽鬼のごとく。

 男の象徴を喪失したジャクソンが滑稽だと、少女は実に楽しそうに嗤っている。

 その片手にだらりと、鋼の輝きを引っ提げて。

 それは少女の前腕ほどもある長さで長方形を描いた、分厚い刃物である。

 ──肉切り包丁だ。よほど丹念に研いであるのか、刃の薄さは剃刀じみている。

 そんなものを片手に、だらりと立つ黒髪の少女――。


「て、てめぇっ……!」

「あんなやわやわなもので私を満足させられるとでも思っていましたの」


 少女は唇を三日月のように吊り上げる。赤らんだ口中に咲く白い歯が、鮮烈であった。

 

「ちくしょう、よくも、よくもっ、てめぇっ……!」 

 これまで、ずぅっと俺を愉しませ、少女たちを壊してきた、愛すべき逸物を。

 彼女の右足、その愛くるしい裸足はついさっきまで自分の一部であったものを踏みつけていた。ジャクソンに見せつけるようにして、ぐりぐりと踏みにじっている。


「よくも、よくも俺のをっ……!」


 湧き上がる怒りがアドレナリンを分泌させ、局部の痛みを掻き消していく。

 ――殺す。

 殺す。殺す。殺してやる。

 ジャクソンの感情に呼応して、彼の皮膚が青黒く変色していく。

 頭頂から足の先まで。皮膚が変色し変質して、鋼の強度を有していくのだ。


「殺してやる……」


 そうして少女の前に顕現するのは、青銅で形作られた筋肉の化け物であった。

 筋肉硬化ナノマシンによる肉体強化である。全身に鋼に等しい強度を得うる違法改造──黒光りする肌はなまなかな剣銃弾など歯牙にもかけぬほどだ。

 常人であればその前に立ちつづけることも不可能だろうその威容を前にして。


「あらら。すっごいですわ」

 だが黒髪の少女は平然としたものだ。

「黒くって穢らわしくって。まるであなた。これみたい」

 なんて言いながら、なおさらに床の男根を踏みにじるのである。


「──テメエ」

 ジャクソンのこめかみに青黒い血管が浮き上がる。


「ただじゃ殺さねえ……てめえの股ぐらに腕突っ込んで、中身を掻き回してやる。ぐちゃぐちゃにして引っ張り出したヤツを、あったけえうちに犯してやる……」


 どす黒い欲望を吐き出しながら、巨躯は少女へ手を伸ばす。少女は乳房を柔らかに揺らしつつ、すっと後方へ身を退ける。  


「うふふ、うふふふ。くすくすくすくす」

 笑みは止まらず愉しげに、ジャクソンへ注ぐ視線はどこか粘ついている。


「笑ってんじゃぁねぇ……クソガキがぁっ!」


 ジャクソンの豪腕が少女へ叩き込まれる。

 大砲じみた右ストレート、だがその拳が撫でたのは流れる黒髪のみである。

 少女の右手がしなる。蛇の如く、野太い腕の関節部分に肉切包丁を叩き込む。

 響きわたる金打音──ジャクソンの腕は無傷。かすり傷のひとつも刻まれることなく、包丁は跳ね返されたのだ。


「んなモンが効くかよ!」


 少女を捕らえようと迫るジャクソンはまるで激昂した熊だ。その両腕に捕らえられればそれだけで、肉は爆ぜ骨は折れることだろう。小柄な少女は意外なほどに軽妙に、子猫のようにジャクソンの腕をかわしているが、はたしてそれもいつまで保つか。


「てめえ一人じゃあねえだろうっ! 「家族」はどこにいやがるっ!」

「――あなたなんか、お兄様の手をわずらわせるまでもありません」


 フン、と少女は鼻を鳴らした。

 小生意気な顔である。その顔が、消えた。

 動線を示すは艶めく黒髪。

 繰り出される斬撃は三つ――首筋、脇下、内股。

 いずれもジャクソンの防壁を破る事はなく、だが、主要な血管を狙い済ましたその攻撃に、さしもの彼もわずかに血を冷ます。

 人を害すことにまるで躊躇がない。そしてこの的確すぎる殺人行動。

 こいつもこの「島」に召喚されたイカレってわけか──。

 だがいかんせん、体重が足りない。威力が足りない。

 だったら、この殺し合いで、「家族」として参加しているはずの彼女のパートナー。

 この少女は囮で、本命がどこからかジャクソンを狙っているに違いない。


「手が止まって――いますよっ!」


 蛇のように地に伏す少女の、振るう刃はアキレス腱に叩きつけられた。


 もちろん効きはしない。後退して、ショーツ一枚の少女は挑発的に口の端を吊り上げる。

「くす。私を喘がせてくれるのではないのですか?」

「っのっ、上等だテメェッ!」


 挑発に乗る振りをして少女へ突進する。無駄な攻撃を幾度もはじき返す。

 攻撃というものは、行う方こそ体力を消耗するものだ。いずれ、少女の体力が先に尽きることだろう。

 ──その時こそ、こいつを思うさまいたぶってやる。

 斬りとばされたペニスの敵をとってやる。


「──ぎゃはははははっ!」


 血中に滾るアドレナリンはなおさらに、ジャクソンを狂騒させてゆく。


「うふふっ、うふふふふっ」

 それと呼応するように、少女の笑みもまた艶めかしさを増していくのだ。

「待っていてくださいませねっ、お兄様!」

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