初陣の日
ファンデーションのコンパクトのような小さな機材から、実物の8分の一大の立体映像が飛び出した。
なんとも愛らしい少女の姿だった。15~16歳にしか見えない。びっくりしたような目ばかり大きな顔は小作りで、栗色の髪は羽毛のように柔らかそうだった。小柄で華奢な体格はどこかまだ少女を思わせる。淡いピンクのワンピースを身に付けていた。
「これがマドンナだ。名前は沢渡鈴奈といって俺達のリーダーにあたる。」
「え、この子、いえこの人が!?」
ホログラムを映す機械を手にした流河に思わず尋ね返してしまう。
「そしてこっちがそのボディガード兼秘書の樋口貴緒だ。まぁ、どちらも一度見たら簡単に忘れられないだろう、印象に残る外見だからな。この二人は常に一緒にいる。」
少女のようなテロリストが消えると、次は二十代前半くらいの細身の美青年が現れた。前髪を少し長めにした、瞳が切れ上がったなんとも危なっかしいような美貌である。少し、安西秀に似ている気がした。彼に比べればさらに細身だが、グレイのスーツが身体のラインにぴったりして格好いい。
「あと5人の男が一緒にいるがそいつらまで覚えていられないだろう。連中にはあんたの顔を送っておいた。連中があんたを見つけてくれる。ひとつだけ言っておくが、マドンナの指示は絶対だ。どんなことがあってもそれだけは忘れないでくれよ。」
ひどく心配そうに、そのことについて念を押してから流河はホログラムを消した。この女性リーダーは、少女のような容貌の割に、随分と恐れられているようだ。
「…わかりました。後はさっきの打ち合わせ通りやればいいのね。」
そう言って屋敷の方に目をやると、後ろから肩を叩かれた。掠れ声が名前を呼ぶ。
金髪の青年が白い手に、剣の柄のようなものを握って由良へ差し出していた。
「…?これは?」
「君に銃は使えそうもないからね。これは僕たちがサーベルと呼ぶ武器で、木刀と同じように使うといいよ。このボタンを押すと鍔と刀身が出るから、消すときも同様に。木刀と違うのは、この刀身に決して触れない事。当たれば骨が砕けるほどのエネルギーを発していて危険だからね。あくまで敵に対してのみふるう事。」
由良は恐る恐るそれを受け取って、ボタンを押した。金属のような手触りの割に軽いその武器は、刀身を出した途端にずしりと重くなる。
「うっ」
わずかにうめいて、慌てて両手でそれを握った。細い直線を描く刀身が白く輝きだすと、それに目を奪われてしまう。
「君なら扱えるでしょう。僕は君の動きを警察署で見ていた。ただ、無理はしないでね。」
武器の恐るべき光に幻惑された由良を正気に戻す掠れ声が、優しく言った。
慌てて刀身を消すべくボタンを押して、親切な異邦人を見上げる。
由良が参戦すると言い出した時、驚いた事に一番反対しそうなセイラが由良に賛同した。誰もが狼狽して彼を見返すと、セイラはさも自信ありげに言うのだ。
「彼女の身のこなしや動作のす速さは本物だよ。まるで訓練したみたいによく動く。そう感じたからこそ、君は由良ちゃんが危険だと思って殴ったりしたんだろう?秀。」
返答はなかった。
だが、無言の肯定を認めさせる沈黙が、秀からもたらされたようなものだ。
「わかった。頼もう。猫の手も借りたい。」
秀とセイラの意見をよほど信頼しているのか、二人のその意見を飲み込んだだけで流河は即決して由良に指示を与えようとすると、顔色を変えた美夜子が怒鳴った。
「そ、それならあたしも!あたしもやる。由良ばかり危ない事させないわ!」
今度はその親友が顔色を一変させた。
「馬鹿、あんたにゃ無理だよ。運動神経がないくせに無茶言って!」
「やだやだ!絶対イヤ!」
いくら由良が腕っ節に自信があり、度胸もあるからといって、そのために名乗り出たわけではない。
彼女なりに考えて、必要とされる人間であると認識させるには早い方がいいと結論を出したからだろうか。そのためには怖じ気づいていてはどうにもならない。
テロリスト達は、役に立たないから二人をどうこうすると言ったわけではない。
だが、少しでも自分の株を上げた方がいいのはわかる。要は、いかに自分を高く、それも早く売りつけるかなのだという事だろう。
しかし、由良はそんなことは考えていなかった。
ただ単に、彼らが困ってるように思えたからだ。見ず知らずの自分たちの手当てをしてくれて、食事までさせてくれた人たちに、何か恩を返さなくてはと思っていたから、ちょうどいいと思った。ただそれだけに過ぎないのだ。美夜子のように、相手がテロリストだからとか、必要とされるとか、株を上げるとなど思っても見ない。
まさかそこまで浅はかに考えているとはつゆ知らず、美夜子はいつも自分から物騒な方へと首を突っ込んでいく親友を心配せずにはいられない。
どうにも承服しそうにない片割れを困ったように宥める由良を見かねたのか、
「あんた機械には強いかい?美夜子ちゃん。」
愛想のよい口調で通信機をいじっている刀麻が、こちらを向きもせずに質問を投げて来た。
「え…?ええ。自分では強い方だと思っているけど。」
「今俺がやってたこと理解できるかい?」
怪訝そうな顔を後部座席から覗かせて、美夜子はすぐに細い指を動かした。
「ここで周波数を変えながら通信してるのよね。で、逆にこっちのスイッチは妨害波を出してるみたいだわ。さっきから女の人の声がドップラー現象みたいに聞こえたり消えたりしてるから嫌でもわかるよ。」
そうなのだ。美夜子には彼らの扱っている機器がどういう働きでどう操作すべきなのかが容易に理解できてしまう。だからこそ、違和感が少ない。自分たちは知らない異世界へやってきたのだという認識がどうにも薄い理由はそこにもあるのだ。
由良にはさっぱりなツマミやらスイッチやらメーターやらを次々に指差してまるで教え込むように美夜子は刀麻に説明してみせる。
「たいしたもんだ。ちょっと見直したね、君。どうだ流河、通信係を彼女にやらせてくれ。代わりに俺が出ればいいだろう。」
長男は目を丸くしていた。
軽く舌打ちしてから、少々悔しそうな声で言う。
「俺でさえこいつを扱えるようになるのにもっとかかったのに…」
美夜子はそれに対して自慢げに笑って見せた。自分が有能であることを示せたのが嬉しいのか、刀麻から受け取ったヘッドホンを早速装着して調子をみている。
さっと助手席を立ち上がり銃を座席の下から取り出した刀麻がドアを開く。
結局、美夜子が車から通信をつないで由良たちとセイラ、そしてたてこもるマドンナの様子を伝える係となり、由良は秀と、流河と刀麻が二手に分かれて邸内に侵入することになった。
『今、鈴奈さんからの連絡で、注意して欲しいって。この邸内には番犬がいるから…』
「番犬?」
袖に仕込んだ通信機を耳にあてて秀が聞き返す。
秀と由良は従業員専用口の狭いドアを目指す。流河と刀麻は勝手口である。
見張りの兵が二人立っている。
「連中も巡回して交代するだろうからな。同じ入り口からはでられないかもな…」
エアカーの中から様子を見ている由良の肩を軽く叩いて、
「時間だ、行くぞ。」
「あ、はい。」
促してすぐに車を降りる。由良もそれに従うと、秀が左手首を向けてロックした。どうやら、腕時計でほとんどの事が出来てしまうらしかった。
「俺は右を」
「じゃ、私が左ね。」
短く言葉を交わした途端に二人は全力で駆け出して、青い制服を着た警備兵に躍り懸かった。
秀の方が数瞬早く右の警備兵に辿り着き銃の柄を後頭部へ叩き入れた。それを阻止しようとするもう一人の腰へ、今度は由良が先ほどの武器をお見舞いする。きれいに腰骨へ入ったのか、一発で大人しくなった。
秀は、その俊敏な動きに思わず目を奪われた。だが、すぐに視線を外し邸内へ向かう。
己の戦果を思わず振り返ってしまう由良は、ドアをくぐる秀の後につきながらちらりと見た。
「…!?」
二人の警備兵は双子のようにそっくりだった。気味が悪いほどである。偶然だろうか。たまたま双子が同じ職業で同じ場所に配置されただけだとでも考えられるが、どうにも無理があるような気がする。
何かを問おうとしても、唯一答えてくれそうな相手はとりつくしまもなくずんずん進んでいってしまう。
灰色の壁で囲まれた通用口を出ると、急に開けたように中庭があった。
すぐ手前には木立が良く手入れされて両側にあり、その向こうに屋敷が見えるがやや道のりがありそうだ。
拾い庭園をのんびり鑑賞というわけにもいかず、二人は建物を目指す。
それでも由良は気が付いた。手入れされているように見えたその庭の植物は全て人工物だ。
広大な敷地の殆どを占める大きな洋館が、草野蔵相邸であった。漆喰壁のクラッシックな作りでありながら、セキュリティも万全である。
秀が上着のポケットから黒いサングラスを取り出して目元にかける。それを横目で見つつ前へ進もうとした由良を慌てて制止した。
「…?ナニ?」
「センサーがある。勝手に前にでるとひっかかるぞ。」
「えっ!?」
「その程度の警備は当たり前だ。…ただ強ければいいわけではない。場数を踏まないと分からないことも多い。」
あらゆるトラップを予想しているらしい秀は、無表情な顔と声で言い放つ。
勘に触ったのが一目で分かるほどむっとした表情を見せる由良の方を、ちらとも見ない。
好き好んでこんなことをしているわけではない由良は、それでも自分から協力を申し出た過程を思い出し、喉まで出掛かった抗議を飲み込んだ。
秀の方も悪意があって言っているわけではないのだろう。それに、彼の方が場慣れしているのだとすればこの青年に従うのは当然のことである。
人工の白樺木立を縫うように歩き、秀はうまくセンサーを避けているらしかった。
あたりはすっかり暗くなり、ほとんど邸内の照明と警備隊が照らす照明弾ばかりが煌煌と地面を照らしている。時折上空をかすめる様に横切っていくエアカーが、セイラだと教えてくれた。
「あれを追い回しているうちは、地上は手薄だ。急ぐぞ。」
木立を過ぎると開けた中庭に出た。
二人は館の壁までの距離凡そ500メートルを一気に駆け抜ける。思い出したようにこちらを照らす照明があっさり的を外し、過ぎ去っていく。
壁を擦るように歩いて、出入り口を探すと不意に上から気配を感じた。秀が慌てて銃を構えて飛びすさる。由良もまた瞬時に身をかがめてそちらを見ると、窓から小さな顔がこちらを見下ろしていた。
夜目に映える、色の白い顔だった。
「秀!待ってたわ!」
甲高い声が、青年の名を呼んだ。
「いけません、鈴奈様!こちらへ!」
そのすぐ後に硬い声が聞こえてくる。小さな顔が見えなくなった。
指示を仰ごうと彼を振り返ると、無表情のまま低く呟いた。
「ツイてたな、ここの二階とは。中に入ろう。」
「でも…」
広大な洋館を探す手間が省けたのはよかったが、この建物には玄関以外に一階の出入り口が全く見当たらない。態々玄関まで回り込めば、捕まえてくれと言ってるような警備の厳しさだ。
この壁をよじ登る技術は由良にはないし、それを求められてもいないだろう。
「セイラがお前に渡したサーベルを寄越せ。」
「?」
照明から完全な死角となる物陰へ駆け込むと、百戦錬磨らしいテロリストの青年が命じた。逆らうのも面倒なので黙って手渡す。
「周りを見張っててくれよ。」
と言うなり、彼の顔にあった黒いサングラスが目の前に落ちて来た。
慌ててそれを顔にかけると、今まで彼の視界にあったものがよく見えてくる。
数メートル間隔で張り巡らされた赤外線センサーのライン、庭のオブジェや木立、館の外壁等に巧みにカモフラージュされた小型カメラの位置と向き、視界の端を時々かすめる黒い影は恐らく見回る警備の人間だろう。
鈍い破壊音とともに、何かが壊れた。
振り返ると、秀がサーベルで煉瓦を掘り出し、穴を開けていた。人間が一人入り込める大きさまで広げると、刀身を戻し由良を見る。たった今与えたばかりのサングラスを由良の顔から引っ手繰るように取り戻し、再び自分の切れ長の瞳を隠す。
「よし。やはり中は大丈夫だな…」
館の内部を覗いてから、そう呟くと秀は黙って由良に中へ入るように促した。サーベルを返してやりながら、身体を丸めて館内へ進入する彼女に耳打ちする。
「何かあったらそいつを最大出力にしろ。この近さなら俺のセンサーが反応するからすぐに駆けつける。マドンナの姿を今、見ただろう?探してここまで連れてこい。俺はここを見張る。万一俺の姿が見つからなかったら、美夜子へ連絡するんだ。」
「わかった。」
短く答えて中に入る。踝まで埋まりそうな絨毯をひいた廊下であった。走りにくい。乳白色の壁と美しい調度が交互に見える廊下を警戒しつつ、音もなく歩く。勿論、由良の目の届く範囲に人の気配はない。
これだけの広大な屋敷に人がいないというのは考えられないので、どこかに監禁したか、邪魔なので追い出したか、どちらかだろう。
あたりを見回して、階段を見つけた。大理石の柱に巻きつくように螺旋を描く階段を、駆け登る。
「動くな!」
鋭い声だった。やや高めの、はきはきとしたクリアな一喝に由良は一瞬たじろぐ。
中二階の踊り場で動きを止められた由良からは完全に死角になった大理石の柱の影から、銃口だけが光った。豪華な照明の光が闇に慣れた目に眩しい。
相手の姿は見えないが、相手からは自分の位置がわかるのだろう。どう言う方法でか、相手はきちんとこちらに銃を向けている。
「わ、私は、流河さんに頼まれて救出に来たものです!撃たないで下さい。」
何故か無意識に両手を挙げて由良は相手に訴えた。降参の印というわけではないが、階段を上らずそのまま柱に向かう。
「そのまま柱に額を付けて。」
冷ややかな声で命じられ、由良はそれに従いつつ、その冷たい声から脳裏に冷血な青年を連想した。
「…名前は?」
静かに追求する声は、由良が年若い娘と知っていくらか和らいだようだ。
しっかりした声で名乗ると、相手は由良の両手を下げさせてこちらを向かせた。
「間違いないようですね。私は樋口貴緒です、こちらへ。」
あの立体映像そのままの美青年が立っている。やや華奢な印象があるが、鋭い眼光や、クールな表情が秀を思わせた。
手を引かれるまま階段を上ると、広い居間に通される。中には、5人の男と、一人の少女が立っていた。
「あんたは!刀麻が送って来たデータの人だな。」
少女を囲むように立っていた5人の中で一番若そうな青年が走りよってくる。目も鼻も口も小作りで、安西兄弟やセイラを見た後では印象が薄くなりそうな外見の持ち主だったが、クールな貴緒と違って満面で笑うと由良の手をとり、
「ありがとう、助かったよ。はやいとこマドンナを連れ出してくれ。」
と口早に言うなり、少女を振り返った。
階上から見下ろしていた、あの小さな顔がこちらを見つめている。その幼げな顔とは裏腹に、茫洋とした、感情をうかがわせない不思議な目で由良を見つめていた。
いわゆる、何を考えているのかわからない顔だ。なまじ童顔なだけに、無表情な秀よりも一層底知れない。
緋色の絨毯が敷き詰められた居間には、毛皮に覆われたソファのセットと、大理石のテーブルが置かれ、入り口から正面奥に暖炉が設置してある。
男達は、それぞれバラバラな服装で、
「俺は坂巻伸彦だ。ずっとここんとこマドンナに付いてたんだが、あんたを見たのは初めてだな。鹿島から来たのか?」
「カシマ?」
いぶかしげに問い掛けると、
「違うのか?」
さっきまで親しげだった顔を傾げる。
「余計な詮索は後でしたらいいわ坂巻。下に秀がいるわよねぇ?貴方、名前は?」
なんとも緊張感を削ぐ声と口調が、マドンナと呼ばれる女性から聞こえてきた。
思わず目尻を下げたくなるような呑気な口調に惑わされぬよう、由良は必要以上に気張って答えた。
「はい、庄司由良といいます。」
貴緒と呼ばれる美青年に手を引かれて由良の目の前にやってくる。
彼女の指示は絶対だと言った流河の言葉通り、顔色を変えた坂巻はすぐに態度を元に戻して由良へ親しげに笑いかけた。
「すまないな。鹿島以外の出身て少ないから…気に触ったら許してくれよ。じゃ、移動準備だ。案内を頼むよ、由良さん。」
案内もなにも秀は真下の階で待っているのだ。そんなに大仰な事はないと思った矢先に、5人の青年が持つ器材を見て納得した。
大切な指導者を守るための武器弾薬と、刀麻と連絡をとるためのごっつい通信機が居間に置いてあったのだ。ソファや絨毯の下等に巧妙に隠してあったために、見る間にあるわあるわと出てくる器材を眺めつつ、由良は自分が本当にテロリストの一味となってしまった事を今更ながら理解した。マドンナを守るための武器は、時に人を殺し傷付けることもあろう。
貴緒さえ手を出している彼らの作業を、一向に手伝う風も無く由良に近寄ってきたマドンナは、小柄な身長をめいいっぱい伸ばして、新入りの顔をまじまじと眺めた。
「…運命が、まわり始めたわね。あなたが運んできたのかしら?」
思考がまったく読めない不可思議な表情をその童顔に浮かべて、鈴奈はそんな台詞を呟いた。
「…?」
何を言われているのかさっぱりわからない由良は、マドンナと呼ばれるその容貌にどこかで見たような既視感を感じる。
どこか遠くて何かが吠えるのを聞いた。
それは、久しぶりに聞いた犬の咆哮だった。
読んでくださってありがとうございます。