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髪を切る日  作者: ちわみろく
髪を切る日
7/93

テロリストの日


 二人の心理など考慮してる暇も無い安西兄弟と金髪の青年は、由良の迷い込んだ町へと向かっているそうだ。

 彼らの去った廃虚のような建物は、それから一時間も経たないうちに原形を留めないほど一瞬で破壊されたことがわかると、由良も顔色を変えずにはいられなかったようである。

「衛星からの砲撃だ。正確で指定位置から一ミリもズレなければ、付近に一切影響を与えない。」

 秀の淡々とした説明に何も返答できなかった。

 逆に美夜子の方が、現実感がなくて理解できないかのように、きょとんとしていた。

 それぞれ反応をしめす二人に、セイラはグレープフルーツジュースをご馳走してやりながらにっこり笑いかける。大きな7階建てのビルの屋上に駐車した。

 レンガ作りの壁をデザインした、アンティークな喫茶店である。所々に置かれた旧式の電話機や、コーヒーメーカーがオブジェとして雰囲気を作っているのだろう。ガス灯をイメージした照明。店内は、カウンターと4人がけのテーブルが4つに二人がけのテーブルが二つあるだけで、広いというほどではない。

 この店の近くで単車から降ろしてもらった由良は、ここは自分がタイホされてしまった通りに近い事に気が付いた。最初にセイラが由良を救いに現れた理由がなんとなくわかる気がする。

 出入り口には臨時休業の札をかけてあった。

「ここは僕の店なんだ。心配はいらないよ。こんな町中へ簡単に攻めて来れやしないからね。」

 きちんと長い金髪を後ろでまとめ、エプロンまでかけて安西兄弟にコーヒーをふるまっている異国の美青年の後ろ姿を見ながら、

「喫茶店の経営者って感じしないけど…。」

「う、うん。」

美夜子の耳打ちに適当な返事を返す由良は、ぼんやりとグラスを手にしていた。

 彼の店でシャワーを拝借して、とんがり頭と眼鏡から解放された刀麻は、また椅子にもたれて居眠りをしている。 奇抜な格好をやめた彼は、最初に美夜子が行った通り、木内千紗によく似ていた。兄に比べて地味な素顔を、グラス越しに見つめるとなんだか懐かしかった。髪を切った週明けの放課後、彼らとのんびりカードしていた教室がなんだかひどく昔に思えてならない。

 その彼が、突然ぴくりと肩を震わせると、目をぱっと開いて嬉しそうに懐から小さなカードを取り出した。どうやらカードタイプの通信機らしい。

同じテーブルに座る二人の兄達が素早く反応して身を乗り出す。

「刀麻だ。…よぉ、マイスィートハニー、どうだい調子は?」

 秀と流河の深刻な面立ちをよそに、末弟はとろけそうな甘い声で応答する。

 事態は理解できないまでも、どことなく緊迫した雰囲気を感じ取って二人の少女が青年医師を凝視する。

もう何が起こっても驚くまいという開き直りと、またかよという倦怠とが、一緒くたになったような美夜子の顔が上がり、立ち上がって兄弟の方のテーブルへ足を向けた。

「秀、お前にって」

 千紗にそっくりな青年がカードを手渡して通話を交代する。

「どこからなんだ?」

 隣りに椅子を寄せて小声で流河が尋ねる。

「草野蔵相んちから」

「蔵相んち?って、まさか官邸からかよ?」

 コーヒーカップを手前に引き寄せながら即答する刀麻が、淡々と続けた。

「さっき襲ったらしいよ大臣官邸。たてこもっちゃったから助っ人してくれって。ついでだからこの近辺から完全に撤退しちゃえばって勧めたんだけど。」

 流河は、一瞬驚愕の余り開いた口がふさがらなかったが、それからおもむろに頭を抱え込む。

「なんであの人はそーゆーこと勝手にしかも絶妙に最悪なタイミングでやってくれるかなぁ、もう。」

わざとらしく舌足らずな言葉づかいで、もごもごと言う。

 秀は無表情のままカードで対話しているが、傍らまで寄って来て聞いていた美夜子の反応はそうもいかなかった。

「官邸を襲ったって…一体…」

 震え声で瞳を見開いてうめく少女の様子にはじめて気づいた刀麻が、ついついと頭を抱える流河の腕をひいて尋ねる。

「ひょっとして、このコ達、俺達の正体知らんワケ?」

 のんびり顔を上げた兄がこくこくと頷いた。

「だって、このコ達、まだ現実に順応しきってないみたいだから適当に巻き込んで行こうかなと。」

「カワイソーじゃん。びっくりするよ。拾ってくれた人たちが実はテロリストだなんて知ったらさ。」

 二人の会話は美夜子に筒抜けなほどあけすけな声である。

「て、テロリストですって!?」

 声を荒げる親友の様子に驚いて、一人テーブルに残された由良がものろのろと近寄ってくる。

「どうしたの?美夜子」

 通話を終えたらしい秀が、カードを弟へ返すと静かに立ちあがり、その彼にしなだれかかるように腕をからませたセイラがくすっと天使のように微笑んだ。

「バレちゃったね。」

掠れた声が呟くと、

「バラしたんだろうが。」

と非難まじりに低い声が応じた。

 二人の青年の奇妙な圧力に圧迫され、由良は後ずさるように美夜子のそばに動く。

「どうせバラすつもりだったんでしょ。」

濡れた茶色の髪を無造作にかきあげて刀麻が立ち上がった。テーブルに頬杖をつく流河の後ろにまわる。

「まあな。」

 今度はこっちの兄弟の圧力に負けて、美夜子が由良の後ろへ下がろうとする。

 とんでもない物騒な連中だった事を知らされて、うろたえる二人はどう答えていいかもわからなかった。

自分より小柄な親友を背にかばうようにたちすくむ由良は、対処に悩む。

頭の中に、交番などで見かける『あなたの隣りに過激派が』のポスターが浮かんだ。

 だが、どうしてもそう言った物騒な世界と関わりを持ってしまった自分達が認識できない。目の前の青年たちがそのように度を外れた危険思想の持ち主にも見えなかった。

 テロと言う言葉に関する少ない知識を総動員して、由良なりに頭を働かせるが皆目どうしていいか見当もつかない。

だが美夜子の方は記憶を辿って彼らの言葉と照らし合わせていた。

 そう言えば、確かにそれらしい振る舞いが彼らになかったわけではない。突然出現した自分達に銃を突き付けて来たのは、それなりの理由があったからではないか。

 警察に逮捕されたと言う由良は、実は彼らの仲間と思われたせいではないのか。勿論、尾行されたという事実も含めて。

 そして、たった今の逃避行。突然の攻撃にあって逃げて来たのは…

 そう考えて行くと、彼らがテロリストだという事実は全く嘘ではないような気がして来た。

「あんたたちが最初に出会ったのが俺達だった。それが不運だったと思ってあんたたちも俺達の仲間になるしかない。俺達の顔が割れたあんた達を、今更解放はしてやれない。」

めずらしく厳しい声で、流河が言い放った。思わずその強さにひるむ美夜子と由良に、たたみかけるように、

「かわいそうだが仕方がない。お前達が、いくらかでも役に立つ人間である事を証明できるよう、せいぜいがんばるがいい。…どうせ他へ行くところもないのだろう。」

低く冷たい声で秀が続ける。 

蒼白になった二人の少女は冷や汗のにじむ額をこっそりと拭った。

 

 

蔵相官邸は、周囲に警戒態勢がしかれ容易に近づけなくなっていた。空からの侵入、脱出も見込んで、すでに夕暮れだと言うのに、ライトの明かりで昼間のようだ。

 内部のものと連絡が取れるらしく、元の尖ったつんつん頭にセットした刀麻が盛んに通信を行っている。

先ほど美夜子が同乗したシルバーブルーの自動車の中だった。助手席のダッシュボードを開くと、美夜子が目を瞠るような精密機器が顔を出す。それらを駆使して、なんとか警察側に傍受されないよう周波数をいじりながら無線をつないでいるようだった。

 流河が傍らでどっかりと座って刀麻の流す情報に耳を傾けていたが、

「セイラはエアカーで囮に空を飛んでくれるか?」

車のすぐ外側に立っているセイラへ頼む。

金髪の異邦人は腕組みをしたままにっこりと頷いた。さほど意外とも思わない役目らしい。心配そうに見上げる美夜子に、

「囮役は得意なんだよ。見た目も目立つだろう?」

安心させるかのようにふわりと髪をかきあげて再び笑う。

「まあ、普段は滅多にやらない、ていうかやらせてもらえない役柄だけどね。」

 確かに、黄金に輝く髪と碧の瞳は夜目に映えるが、車の中では見えまい。

 由良と美夜子はエアカーと流河の呼ぶ車の後部座席で小さくなっていた。テロリスト発言以来、すっかり大人しくなってしまった二人である。

「後は俺と秀でなんとか連れ出すしかないか…何しろ無勢だからな。きついな」

 ぼやく流河はどうやら、こういう作戦の時決定権をもつリーダー格らしい。

『入り口は正面と裏口の二個所しかないのか?刀麻。』

低い声でもう一台のエアカーの運転席から秀が聞いて来た。後ろに停めているので美夜子から彼の秀麗な顔がよく見える。

 一方、由良は黙って、どことなく思いつめた目で流河を見つめていた。親友がこういう顔をしているときは、何を言い出すかわからないので、美夜子はなるべく刺激しないようにじっとしている。

「庭師や、お手伝いさん用の通用口があるにはあるけど…こっちは屋敷までが長い。人工林を抜けて庭を抜けて裏庭から入ることになる。正面口と同じくらい時間かかるぞ。」

 滑るように返答する刀麻の言葉を受けて、流河が、

「どちらにしろ、二手に分かれて行くとすると単身で行く他ないが、一人では危険過ぎる。危険を知らせる事さえ出来ない。」

と応じる。

「とすると、やはり俺と秀の二人で一方から行くしかないな。それでもかなり危ないと見ていいんだが他ならぬマドンナを見捨てるわけにいかんからな。どこからか応援は頼めないのか?」

『そんな時間があるわけないだろう。マドンナは人質を取ってようやくたてこもってる。まさに時間の問題なんだぜ。これ以上待たせるわけにいくか。』

「私が手伝うよ!」

 それまで一言も発しなかった由良が唐突に声を上げた。

 全員が一斉に彼女を振り返る。

「手が足りないんでしょう。だったら私でもいないよりずっと増しなはずだよ。私がいきます。」

「由良!またあんたは馬鹿を…!」

 押しとどめようとした美夜子を遮って、由良は決然と言った。

「役に立つところをみせようじゃないの。」

 由良の黒い前髪の下からきつい眼差しが、流河をとらえた。

 その思いつめた瞳の色に思わず見とれてしまいそうになり、流河は思わず目をそらす。

『本気か?怪我するぞ。』

 後ろの車から、秀が口を出してくる。

「もうしてるわ。いくつも」


読んでくださってありがとうございます。


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