緑の指の日
自室で頭に毛布を被ったまま爆睡している流河を、美夜子は面白そうに眺めている。三時間たったら起こすように言われて、美夜子と由良が部屋に入ってきたのだった。
「流河さん、起こしに来ましたよ。起きてください。」
由良がそっと毛布の上から声をかける。ベッドの中の部屋の主は寝息を立てたまま動かない。
「あまり寝てないから起こすの気の毒だよねぇ。凄く疲れているみたいだし。」
両手でそっと毛布の上からゆすってみるがやっぱり反応がない。
二人はセイラに頼まれて流河を起こしに来たのだが、まず部屋のロックをかけていないことに驚いた。パネルに触れただけで、認証も何もなくいきなり自動ドアが開いたのだ。部屋のど真ん中に大きなダブルベッドを置いてそこで寝こけている。間取りなどは美夜子達の部屋と同じだが配置が随分違うので思わずきょろきょろしてしまった。
入り口に近い壁側に大きなシステムデスクがあり、たくさんの薄い箱が山積みされている。反対側に無造作に置かれた紙の箱が三つ見えた。そのすぐ隣りに大きなクローゼット。間取りは同じでも配置された物が何もかもが大きい気がして、なんとなくせまい。大柄な人間の住む部屋、という感じがした。
「起きないね。私セイラに言ってくるよ。」
「あたしもう少し努力してみるわ。」
足早に部屋を出て行った由良を尻目に、美夜子はイタズラを思いついた悪童のように笑う。髪の毛をひっぱってみたり、毛布をむりやりはがそうとして見たりするが、やはり反応は薄い。本当に眠っているのだろうか。
「流河、さん。起きてください。論文書くんでしょ?まずいんじゃないんですか?」
ぐいぐい肩をゆすると、反対側へ寝返ってしまい、また寝息を立てる。
「マドンナに怒られますよ。」
流河自身が、彼女の命令は絶対だ、と言い切ったことを思い出し指導者の名前を出してみる。すると効果があったのか、ちらりと美夜子の方を薄目で見て、
「…マドンナがちゅーしてくれたら起きるって言ってくれ。」
くぐもった声でそれだけ言うとまた毛布を被ってしまった。
美夜子はわけもなく腹が立った。流河特有のおふざけなのかもしれないが、わざわざ起こしに来てやっている自分を差し置いて何を言っているのだ。
「…あたしじゃ、駄目ですか。」
被った毛布をそっとずらして、むにゃむにゃ寝言を言っている横顔に、そっと唇を近づけた。
温かい肌に優しく触れ、美夜子は自分のやっていることの大胆さに今頃気がついたように赤面する。
深く考えずに起こした行動に自分で面食らっている少女の傍で、流河は無表情に起き上がった。そのまま立ち上がり、美夜子の方を振り返りもせずクローゼットを開いて着替えを取り出す。
「悪かった。馬鹿なこと言ったよ。これから書くから出て行ってくれ。」
彼にしては冷たくそういうと、美夜子の目の前で着替え始めた。やさしく起こしてくれた彼女に一瞥もくれない。
「怒ったの?」
いつもは朗らかな流河の、冷たい反応に怖くなった美夜子は震える声で聞いた。
その悲しそうな声に、ようやく流河は振り返りいつもの低い声になって明るく答える。怖がらせてしまったことを反省したように、努めて明るく。
「あんたには何も怒ってないよ。寝ぼけて馬鹿なことを口走った自分に呆れてるだけだ。さ、部屋から出てくれ。それとも俺の着替えに興味があるのか?」
軽口を交えて話す彼の口調は、もういつも通りだった。
「ありません、全然!」
むきになって否定すると、憤然と美夜子は部屋を出て行った。
少女が出て行った事を確認すると、流河はきちんと部屋をロックする。余りに眠くて鍵をかけ忘れていたのだ。
「ちっ…冴えねぇな、俺としたことが。あんな若い子に気を使わせるなんて…最悪だ。」
髪を無造作にかきむしると、脱いだ服をベッドの上に投げた。
「あれ?美夜子。どしたの?流河さん起きた?」
セイラを伴って戻ってきた由良と鉢合わせた美夜子は、顔が赤い。
「起こしたわよ!これから書くからって言ってたわ。」
「そう、ありがとう。助かったよ美夜子ちゃん。お礼にお茶でもいれるよ、今ちょうど鈴奈ちゃんもお茶飲みに来てるんだ。」
「朝言ってたケーキ出してくれる?」
「勿論さ。」
優しいセイラの申し出に、美夜子は機嫌よく答えた。流河とのやりとりを思い出すと、また顔が熱くなる気がしてあえて思い出さないように気をつけて話す。
「美夜子、大丈夫?」
由良が心配そうに顔を覗きこんだ。
「大丈夫よ?」
「顔、なんか赤いよ?」
親友に指摘され、益々顔が赤くなる。自分が目上の男性にしてしまったことの大胆さに自分で驚いていた。
自分は、流河が好きなのだろうか。クラスメートだった悟君によく似ているから親近感があるのは確かだ。分かっているのは、嫌いではないと言う事だ。嫌いだったら、あんなことを何も考えずにやれないだろう。
「中々起きてくれなかったから、なんか頭に来ちゃって、そのせいだよ。早くケーキ食べに行こうよ!」
「そんなに寝起き悪かったの?」
「もう、その話はよして。」
流河の話題が出るだけで今は頭が沸騰しそうになる。考えたくなかった。
「そんなに熱くなってるなら冷たい飲み物がいいかな。グレープフルーツジュースなんかどう?」
優しいセイラがにこにこ笑って提案する。こんな時、本当に彼はいい人だった。優しくて、相手の気持ちがわかって、誰にも負担のない言い方が必ず出来る、そういう青年だ。今も、気遣いを感じさせずに、うまく話をそらしている。
「赤い奴がいいなぁ。あんまり苦くなくて、おいしかった。」
「私もあれ飲んでみたかったんだ。それにグレープフルーツは疲労回復にもバッチリだよね。」
何も考えずすぐに違う話にのってくれる親友の単純さも、ありがたい。そしてさらに違う話題へとシフトさせる。
「由良ちゃんは訓練室どうだった?気に入った?」
途端に嬉しそうに声を上げる親友は、新しい発見にとても興奮したらしく、嬉しそうに語りだした。
「うん、すごく広くて、マシンも充実しててよかったよ。それにあのシミュレーターって奴、凄いよね?」
「データで戦うバーチャルマシンだよ。もし良かったら由良ちゃんも参戦してみて?」
「いいの!?あれってさ、組織の人みんなのデータが入ってるんでしょ?セイラもやったの?」
つりあがった目を輝かせて聞いてくる由良に、金髪の青年はやんわりと答える。
「僕は弱いし喧嘩も嫌いだから。マシンでもやりたくないんだ。だから僕の名前はランキングにも入ってないよ。」
「え?セイラが、弱い?そんなはずない、よね?」
由良も美夜子も一瞬驚いたように目を剥いたが、セイラは苦笑した。
「僕はよっぽどの緊急時でない限り実戦にも出ないし、戦うことなんてないよ。苦手なんだ、とても臆病な性質だからね。」
「ええ!?そんな、そんなはず…。」
少し困ったようにセイラが目を伏せる。
以前自分でも好戦的な性格ではない、と言っていた。お母さんのようにいつもお留守番をして、料理をしてくれたり、洗濯をしてくれたりする彼は優しく、暴力とは無縁な感じがしたが、何故か由良にはこの金髪の青年が弱いと言う言葉が嘘のように思えた。優しいことと弱いことは同義ではない。
「よく言われるよ。女みたいな顔だし、料理とか家事ばかりやってるから弱くなるんだろうって。でも僕は別にそれが悪いことだなんて思ってないから。男が料理好きで何がおかしい?高名な料理人は皆男性だよって。」
「そ、そうよね。喧嘩が強いから男らしいなんてナンセンスよね。あたしはセイラは正しいと思うわ。セイラは予算の管理もやってるでしょ?数字にも強そうだし。皆の栄養管理して細かな配慮して面倒を見てくれて、すっごく魅力的な男性だと思う。」
慌てて青年の肩を持つ発言をしてしまったのは、彼を全面的に信頼し、彼に対して好意を持っているからに他ならない。その行為は、別に恋愛感情である必要はないのだ。
「美夜子ちゃんみたいな素敵な女の子に褒められるなんて、やっぱり僕は間違ってなかった。」
くすっと笑ってエプロンの胸を張る彼に、なんだか申し訳ないような気がして由良も慌てて言い添える。
「私だって、セイラは立派な人だと思うよ?別に腕っ節だけが全てだなんて言ってないじゃない。」
付け足した言葉も決してお世辞でなく本音なのだが、セイラはまた笑った。
「どうしよう?怖いくらいだよ、若い女の子にこんなに絶賛されるなんて、僕は今日で運を使い切ったのかな。」
食堂に着くと、鈴奈貴緒主従が手を振ってこちらに来るように促した。誘われるまま、朝と同様に二人は同じテーブルに座る。
「何話してたの?セイラがとっても嬉しそうなんだけど、いいことあった?」
「二人のお嬢さんに凄く褒められて鼻が高いところなんだ。」
嬉しそうに青い目を細めるセイラに、鈴奈が語りかける。
「あら、じゃああたしが三人目になってあげるわ。すっごくハンサムで男らしくて格好いいセイラ紅茶のお代わり。」
「そんな白々しいお世辞はいやだな。ミルクも足すかい?」
「そうね。温めて頂戴。やっぱりセイラの紅茶が一番おいしいわよ。」
「そっちがお世辞じゃないことを切に祈るね。」
厨房に足を向けたセイラを見て、形のいい眉を下げて貴緒が笑った。
「マドンナはセイラには本当に甘いから。」
「その分安西兄弟には厳しくないですか?」
美夜子が指摘すると、
「いいのよ、彼らは三人で一人前、セイラは一人で大人なの。セイラと同じことが流河や秀に出来ると思う?彼はものすごく有能なのよ。普通の家事を人数分こなして自分の店舗を経営して、ここの設備のセキュリティ管理もやって組織の予算編成までやって。そして人間関係まで心を配るなんて、あの三人の誰に出来るって言うの。」
鈴奈がまくし立てるように言い募る。その口調は珍しく早口で、まるで自分の息子を自慢しているかのようだ。
「しかも、尽くすタイプですものね。」
側近が言い添える。
「そ、そうなんですか?」
由良がマドンナに絶賛されるセイラの姿を思い浮かべて思わず聞き返した。
「どうみたってそうじゃない。だから施設の若い女の子は皆狙ってるのよ、セイラのこと。」
「わかるなぁ。尽くされたいですよねぇ。」
美夜子も同調する。
見た目も優しげな金髪の青年に、かいがいしく世話を焼かれたり大切にされることを想像すると気分が良かった。
金髪に映える黒い執事服でも着せて、尽くされてみたい、などと不埒な考えが浮かんでしまう。
「おやまあ、これ以上尽くされたいなんて、まだ僕の愛情が足らないとでも?」
グレープフルーツジュースのグラスと紅茶とケーキをトレイにのせた件の人がまた戻ってきて会話に加わる。
「足りなぁい。特に甘い奴が。」
調子に乗った美夜子が甘えた声を出す。するとまたセイラはにっこりと笑って答えてくれた。
「ハイハイ。今度は何にしましょうか?パイかな?それともタルト?チョコレートムース?」
そんな親友も可愛いな、と思いながら由良はジュースのグラスを受け取る。軽く触れた白く大きな手が、温かい。
また先ほどの話を思い出す。確かにセイラは穏やかで優しい人だが、弱い印象は全くない。なのに、自分では弱くて臆病だとはっきり言っていた。確かに安西兄弟とは違う、というか他の組織の男性の誰とも違う穏やかさを持つ人だけれど。
しかし、確か彼は由良を警察署に助けに来てくれた時は、たった一人で戦ってくれていたのではなかったか。弱くても臆病な人が、そんな真似が出来るだろうか。それも、見ず知らずの人間を救出するためだけに。
あの時のセイラは秀や流河に劣らず、十分腕の立つ男性に見えた。あれが緊急時だったということのなのだろうか。
グラスに口をつけながら、また金髪の青年に視線を向けると、彼はまた優しく笑う。その穏やかな横顔を見ると、確かに暴力なんかとは無縁な男性にも思えた。
流河が屋上の温室の前で書き物をしていると、その後姿を見つけた美夜子が傍に寄って言った。
「できそうですか?レポートは。」
袖なしのパーカとダメージジーンズ姿の流河を見て、今の彼は本当に大学生みたいだな、と心密かに呟いてみたりする。いつもの生成りのジャンパーとツナギ姿ではないことが、余計に彼を若く見せていた。
朝のことは、もうすっかり忘れているようだった。それはそれで腹立たしい気もしたが、ここで蒸し返して喧嘩ごしになるのも本意ではない。今は、流河が何を研究しているのかを知りたいのだから。
「まあ、どうにかね。後は中を見てからだ。」
「この温室の中には、何があるんですか?」
「興味があるのか?意外だな。植物の苗だよ。」
「あたしこれでも自然科学部だったんですよ?興味あって当然。具体的にどんな種類の植物を?」
「…入ってみるかい?」
温室は半透明のアクリルで覆われているので、中に何があるのかまでは外からでは全くわからない。ガレージに近い方に入り口がある。その小さな入り口を通るのに美夜子は軽く頭を下げ、流河の長身では腰まで曲げなければならなかった。入るとすぐに暑さに驚く。温室なのだから当然だが、湿気の凄さに閉口した。だがすぐに慣れ、辺りに並べ置かれたプランターの棚を眺めた。
「こっちがバラ科で、あっちがイネ科。やっぱりイネ科の方が駄目だな…」
流河の指差した棚の苗は殆どが枯れかかっていた。大きな背中を丸めて、手にしたボードに手早くスケッチを描いていく。それが驚くほど早い。右下に日付と種類を入れるとまた次の苗を描き始める。とても手際が良かった。
「ササニシキのアルファ21が没。コシヒカリ33も駄目。はあ、うまくいかんな。」
「こっちのバラ科のほうは少し生き残ってるね。」
「クリスマスローズはまだかろうじて葉が落ちてない。アストレは、もう駄目かな。」
「球根の花は植えないの?チューリップとか。」
「先月全滅したばかりだ。」
「強い種類の植物だったら、育つんじゃない?」
「どの種類の植物が生き残れるのか、その傾向とか共通性とか、それすらまだ手探りなんだ。まだ決定的な法則を見つけ出した研究者はいない。この土壌が何故そこまで荒れているのかもわからない。」
大きな身体を小さく丸めてしゃがんだ姿が、なんだか可愛らしいと思えた。小さな小さな苗を注意深く指先で触れ、また何かを書き出している。
流河のしている作業はとても繊細なものに思えた。植物の扱いというのは、デリケートなもので根気も要る。この青年は、ずぼらなようで驚くほど細やかな気遣いが出来るようだ。軽いセクハラ紛いの冗談や、大げさなリアクションなども場を盛り上げるためにしているのならば、かなり空気を読んでいるはずだ。
大人だ、と思った。マドンナの手厳しい仕打ちにも黙って耐え、ふざけてばかりいるのに、絶対に余計な口は出さない。美夜子や由良の面倒を見るのも嫌な顔一つせずに、軽口を叩いて済ます彼の懐の大きさに感じ入る。
だからこそ、今日の自分の不用意な一言が許せなかったのだろう。寝起きだった彼は一瞬で覚醒し、起こしに来てくれた少女に対して悪かったと詫びた。
だが、謝罪を受けてもなんとなく美夜子の気持ちは晴れなかった。
やっぱり美夜子では駄目なのだ。鈴奈でなければ意味がない。そう思うと嫌な気持ちになる。
マドンナの名前を出したのは美夜子自身のくせに、流河がふざけて言った冗談の対象が目の前の自分でなかったことが許せなかった。いつも会話の端々に平気でアヤシイ冗談を混ぜては、美夜子をからかうのに。
その彼の、放水機の調整をしたり、なんども土をいじったりしながら真剣に手を動かしている後姿を見ながら、心の中で呟く。どうして、自分では駄目なのだろう。何故あんなに怒ったのだろうか。
そして、何故自分はこれほどにそれが気になるのか。頭から離れないのか。
自分は流河が好きなのだろうか。
函館で出会った同世代の男の子達が幼く見えたのは、流河が身近にいたせいだ。
美夜子は容姿も優れていたし、頭脳明晰だったので異性にはとても人気があった。交際を申し込まれたり、デートに誘われることは珍しくもなく、実際何度かつきあってみたことはあった。だから恋愛に関してはそれなりに自分の考えを持っている。
美夜子に言い寄る男の子の殆どは、友達づきあいをしたことのない子が多かった。可憐で弱々しい外見に引かれて好意を寄せてくるので、顔に似合わぬ気丈さやしたたかさに大概驚いてしまう。そして理想と現実のギャップに打ち砕かれ、身を引く。そういう事が多かったし、余りにもてたせいで女子同士の揉め事に発展してしまったことさえあった。その揉め事の発端は相手の男子だというのに、大体逃げてしまい、決着をつけるのにいつも親友の力を借りなければならなかった。
だから言い寄る男子は多くても彼氏は欲しくなかった。面倒くさいしいつも親友に迷惑をかける。数人の男子学生との乱闘になったことさえあったのだ。その時も由良は美夜子を後ろにかばって一歩も引かず、守り通してくれたのだった。
そんな頼りになる親友も、いずれ解放してあげなくてはならない。彼女だって自分の恋があるだろう、ずっと美夜子のお守りをさせておくわけには行かないのだ。実際由良に言い寄る男の子はいた。結局、由良が長い髪を切ると言う結果になったことが歯がゆい。
『ずっと一緒にいて、守ってあげるからね。』
少年のような笑顔で言ってくれた親友の言葉が嬉しくて、そして少し後ろめたかった。
美夜子をずっと守り続けていたら、由良自身はどうなるのだろう?
いっそ、由良が男の子だったら良かったのにと、何度思ったことか。それならば、一生だって守ってもらう。罪悪感も、負い目も、何も感じることなど無い。
しかし現実に親友は自分より胸の大きな女の子で、残念ながら自分には同性愛の素質すらなかった。
いくら映画のヒーローみたいにカッコよくても強くても、やっぱり親友は同性であって、伴侶にはなりえないのだ。だから、ゆくゆくは由良を解放しなくちゃいけないと思っていた。
額の汗を拭きながら色々なことを思い巡らせていた美夜子は、我に返る。
幼い男の子は嫌だった。美夜子を外見で判断し、弱いと思ってつけあがるから。そしてその挙句話が違うと逃げるから。もっと大きな人がいい。
可愛らしい人がいい。そう、ちょうど、目の前で大きな背中を丸めるこの青年のように。
認めてしまえば、楽になる。
この人が、欲しい。この大きな背中に抱きついたら、どんなに安心できるだろうか。
家族や友達を失った寂しさも、これからどうやって生きたらいいかわからない不安も消えるだろうか。
ふと、流河は美夜子を振り返り、立ったままの少女を眩しそうに見上げた。考えていたことを見透かされたわけではないだろうが、思わず小さな顔を伏せる。
「あんたはこの国が緑でいっぱいだった様子を見ているんだよな…羨ましいよ。」
遠くを見るような顔で、しみじみと呟いた。
「あたし達の頃にも、自然は減りはじめてはいたけどね。」
過去を懐かしむように、美夜子も目を上げる。
「そうなのか。なんでこんなことになっちゃったんだろうな。…ところで、白地にピンクの水玉も中々可愛いぜ?」
スカートの中を見られたことに気がついて、丸くなった背中を何度も叩く。
「ばか馬鹿バカ!どうしてそんな子供みたいなセクハラ言うのよ。小学生男子か!」
「男なんていくつになってもガキなんだよ。そんな短いスカートはいてたら覗いてくれって言ってるようなもんだ。」
「うるさい!なんて言われたって、あたしはあたしが一番可愛くて似合うと思うものを着るの!」
「おお、そりゃ賛成。明日の下着は何色か楽しみにしてる。」
「…ミニスカートはくなって言ってるわけじゃないの?」
「なんで?あんたミニスカート似合うよ。下着ともちゃんと色合いをあわせてるのが周到だよな。」
「なっ!!」
そんなことまで見られているのかと思ったら、もう言葉がでなかった。
「そういうのって綺麗でいいよな。どうせ見られるんなら徹底して綺麗に見せようって言う気概がさ。隠すよりずっと潔いし、見るほうも本当に楽しいよ。そこまでされると自意識過剰って言う奴もいるけど、俺はあんたみたいなおしゃれの仕方が好きだよ。中途半端なほうがだらしない感じがするね。」
嬉しそうにそういうと、ゆっくり立ち上がった。立ち上がると、見上げるほどに大きい。150センチしかない美夜子には本当に大きく感じる。
なんかスケベな発言を正当化されたような気がする。しかし、褒めてくれたのだろうと思えばそれも見逃してやれる。
確かに美夜子は自分がみっともない姿になることが嫌いだった。どこにいても、どんな時も可愛らしく、綺麗でいたいと思う。だからその美意識を流河が認めてくれたと思えば、スカートの中を覗かれたことも許せる気がした。
「流河さん、あたしのこと、どう思いますか?」
「んー?綺麗で可愛くて、男子学生の理想じゃない?…もちょっとおしとやかなら。」
「なんですって!?」
美夜子はまた、流河の背中を叩いた。だって頭は届かないから。
読んでくださって、ありがとうございます。




