第89話 姉さんが来た
それから、文化祭当日になった。
「お客様、いらっしゃいませ〜」
僕は、メイド服に身を包んで、明るく接客する。
さんざん、宮陣さんにシゴかれたおかげで、すっかりメイドとしての身のこなしが板に付いていた。
教室に入ってきた客を、席まで案内すると、
「ご注文は、何になさりますか?」
トレイを体の前で、両手を交差させながら持ち、それから、そう言って僕は、注文を取っていた。
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「ねえ、ここで二手に別れない?」
イキナリ、瑞希がそう言ってきた。
文化祭は、土日の2日間に行われている。
3年生は、出し物が無いので、その2日間は自由参加である。
ただし、出し物を出さない代わりに、進学希望者が全員合格、就職希望者は内定を、と言う無言の圧力が、先生方から掛けられるのである。
それで私達は、初日に学校を回ることにした。
「どうしたの、急に?」
「うん、4人でゾロゾロ歩くよりは、二手に分かれた方が、色々な所を廻れると思ったからよ」
何だか、突然な印象を受けるが、確かに、こんなに人が多い中、4人で回るのは大変だ。
出し物も、各クラスだけでなく、各種のクラブなども出店しているので、結構、多いのだ。
ちなみに、クラブの出し物に限り、3年生が応援で参加している場合もある。
「じゃあ、私と由衣が二人で回るから、華穂は、蓮と一緒にね」
「えっ、ちょ、ちょっと、瑞希〜」
瑞希はそう言って、急に由衣と共に、私と蓮くんから離れて行った。
離れるとき、蓮くんにウインクをした様に見えたけど・・・。
・・・
「まずは、ここからだよね」
私は、蓮くんと一緒に、ゆうくんの教室の前にいた。
最初に、ゆうくんのメイド姿を見ることにしたのだ。
「本当に、最初に行くの?」
「もちろんよ」
意気込んだ私を見て、蓮くんが苦笑いを浮かべている。
「さあ、入りましょう」
私はそう言って、教室へと入って行った。
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「いらっしゃいませ・・・、え、姉さん!」
僕が入り口で、出迎えをしていた所、突然、姉さんが入ってきたのである。
僕がビックリして固まっていると、それを見ていた姉さんが、
「・・・かっ」
「かっ?」
「可愛い〜!」
イキナリ、僕に抱き付いてきた。
僕に抱き付きながら、首筋に頬ずりをし出したのだ。
・・・
しばらく、姉さんが僕に抱き付いていたら。
「華穂さん、そんな所に居たら、邪魔になるよ」
姉さんの後ろから、声がした。
「あっ、そうだね・・・」
姉さんが、急いで僕から離れる。
後ろにいるのは、蓮先輩である。
どうやら、姉さんと一緒に回っている様だ。
「それでは、お席の方へどうぞ」
僕は、複雑な気持ちになりながら、二人を席に案内した。
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「むふふっ♪」
私は、余りの満足感に、思わず笑顔になる。
「どうしたの、ご機嫌だね」
私の様子を見ていた、蓮くんがそう尋ねてきた。
「うん、可愛い、ゆうくんの姿が見れたからね♡」
私は、満足そうな笑顔のまま、そう答えた。
それを見た蓮くんが、何とも言えない表情になる。
優くんのメイド姿を拝めたし、もちろん、携帯のカメラでその姿を撮影した。
後で、父さん母さんの所に、メールで送ろうかな♪
「ご注文の品をお持ちしました」
私がそんな事を考えていたら、ゆうくんがトレイに頼んだ物を持って来た。
「(パシャッ!)」
私は慌てて、携帯カメラにその姿を、また撮る。
すると、ゆうくんは、顔をヒクつかせている様に見えた。
「ほら、ゆうくん、スマイル、スマイル」
そんなゆうくんに、私がそう言うと、ゆうくんは、引きつった笑顔を見せた。
・・・
ゆうくんが、引きつった笑顔のまま、注文の品をテーブルに置くと、
「それでは、ご注文は以上になります」
そう言って一歩下がり、一礼をした後、それから席から下がった。
私は調理スペースに下がる、ゆうくんの後ろ姿を見ると、テーブルに置いた携帯を持って、ゆうくんの後ろ姿を、更に撮る。
それに気付いたのか、ゆうくんが”ガックリ”と頭を前に倒した。
「・・・はあ、かわいそうに」
対面に座っていた蓮くんが、そう言って憐れそうな目で、ゆうくんを見ていたのであった。




