そして少女は眠る
静かなんだ。
ボクは、ふと思った。
そうして無だったボクの中に復活した思考は、じわじわとはっきり姿を現し、次いで感覚を呼び起こした。
乳酸のたまった足は悲鳴をあげていて、歩き疲れたと体中が叫んでいた。座り込もうと思うも、慣性の法則だかなんだかにしたがって、一歩、また一歩と歩みを進めて行く足が憎い。
どこに向かっているのかわからない。
ボクと、彼女は、歩き続けている。
どこという宛てがあるわけではない。どこまで行くと決めたわけではない。
ただ、淡々と、歩き続けている。
はっきりとしていることはただ一つ。ボクらはずっと手をつないでいるということ。
風が冷たくて、つないだ手の力を強めた。
くるりとまわりを見渡す。
あたりに広がる景色は、崩れて寂れた廃墟ばかり。土埃をかぶり、乾いた砂が風が吹くたびに舞い上がった。
ここも、死んでいるのか。
幾度となく、昔は栄えていたであろう都市は見てきた。どこも、死んでしまっていたが。
「ねぇ、」
静寂で傷めた鼓膜を震わせたのは、聞きなれた柔らかな音。
「どうしたの?」
「今日は、どこまで行くの?」
「決めてないよ…今日は、ココでいい?」
「君がいいなら、私はかまわないわ」
今日は、ココで休もう。
そう決めたとたん、電池が切れたように座り込んだ僕ら。それをあざ笑うみたいに、強い風が吹いて、僕らの体を渦に巻き込んだ。
舞い上がった砂が擦れて痛い。
彼女が「見て」と言った。
指差す先には、屋根に穴があいてしまっているが、ある程度の雨風をしのげそうな建物があった。
そこは円を描くように建設されていた。
両足を引きずって這うように中に入ると、中には円柱が八本。柱となって建物を支えている。
屋根の一部は星が落ちてしまったみたいにぽっかりと穴が開いている。そこから注がれる月明かりがあまりにも優しくて、鼻の奥がつゅん、と切なくなった。
「なんだか、眠くなってきたわ」
「ボクもだよ。なんだか、ひどく眠たいんだ」
急激な眠気に、瞬きを繰り返した。
乾いていた瞳に涙が滲んだ。
彼女が言った。
「私の膝を貸してあげる」
「それじゃあ、君が疲れちゃうよ」
「大丈夫よ。私がそうしたいの。ねぇ、」
そうさせて?
水分が足りなくなったのか、少し掠れた声でそう囁いた彼女に甘えて、「ありがとう」と一言言ってから、彼女の膝に頭を乗せた。
薄いワンピースと、女の子特有のやわらかさのある膝枕の感覚を、ダイレクトに感じる。
ゆっくりとまぶたを下ろすボク。
冷たい世界の中で、たったひとつ。優しい温もりと、安心する甘い香りに包まれながら目を閉じた。
「…ねぇ?」
「………」
「もう…眠っちゃったの?」
「………」
「不思議だね。私たち、ずっと手をつないでいたのに、」
それでも、まだ温もりを感じているように思うの。彼女は音にはせず、そう言った。
彼女は、ゆったりとした動作で少年の手を取った。
そして、その手を両手で包むようにすると、おもむろにこう言った。
「目が覚めたとき、また、手をつなげますように。目が覚めたとき、わたしたちが立ち上がれますように。…わたしたちに、神様が微笑んでくれますよーに」
少女の声は小さく、けれど凛と、月明かりに溶けていった。
そして少女は眠る。
誰もいなくなった廃墟。
何百年も前に死んでいった都市。
そこに残った半壊した建物。中には円柱が三本。
明るい太陽の光が、すべてを映し出すように降り注ぐ。
砂が入り込んだそこを、二匹の小さな蜘蛛が通り過ぎて行った。
初投稿です。
都市の死と再生。少年少女の死と続き。
何かを感じていただけたら幸いかな、と思います。
アドバイス等、もしよろしければお願いします。
by如月春水